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「俺は、お前に似た女の子が欲しいな」
蓮がうとうとしていると、寝室の暗い照明の中、渚はそんなことを言ってくる。
「男だったら、いろいろ遊びに連れていってやれると思ってたが。
娘もいいよな。
お前に似た可愛い娘とか」
そう言い笑う渚の顔にどきりとしながらも、
「……後継ぎが居るんじゃなかったんですか?」
と訊いてみた。
「二、三人産めばいいじゃないか」
と軽く言ってくる渚に、
「一人もできなかったらどうするんですか?」
と問うと、あっさり、
「じゃあ、養子でももらおう」
と言ってくる。
「いやあの……そもそも、これ、私に後継ぎを産ませようって話じゃなかったんですか?」
どんどん話がずれてってるような、と思いながら言うと、渚は笑い、
「……そういえば、そうだったな」
と言って、蓮の頬にかかっている髪を払ってくれた。
こういう顔は好きだな、とその瞳を見つめていると、相変わらずの軽さで、
「ま、なんでもいいから俺と結婚しろ」
と言ってくる。
「……はい」
と言うと、ちょっとだけ驚いたような顔したが、渚はすぐに微笑み、キスしてきた。
朝、渚は一度自宅に帰ったので、蓮はひとり、クローゼットの鏡の前で、支度をしていた。
偉く本末転倒な相手じゃない?
という未来の言葉が頭をよぎった。
確かにな、と朝の光の中、目をしばたたき、鏡に映る自分の姿を見る。
『なにかこう、初めて見たときから、しっくりくるものがあったのよ。
何処か似てるところがあるって言うか』
と言った葉子の言葉を思い出していた。
彼女がなにを言いたいのかわかる気はしていた。
なにが、渚と自分で似ているのか。
滅多に鳴らない家の電話が鳴っている。
取らずにそのまま眺めていた。
「おはようございます」
と秘書室に行くと、葉子が、
「あらー、蓮ちゃん。
お肌つやつや、お目目キラキラ。
恋の始まりは、どんなコラーゲンより、よっぽど効果あるわね」
と言ってくる。
「あーあ、私も一回別れてやり直そうかしら」
ええっ、と苦笑いしたあとで、給湯室に行ったのだが。
戻ってきたら、脇田が渚に怒られていた。
「ど、どうしたんですか?」
そっと葉子に近づき、小声で訊くと、
「脇田さん、ミスしちゃったみたいなの。
ダブルブッキング。
珍し」
と言う。
「申し訳ありません。
今すぐ、なんとかします」
と言う脇田に、渚は、
「いい。
俺が……」
と言いかけ、
「わかった。
お前がなんとかしろ」
と言った。
「蓮、お茶」
と言って、社長室に戻っていく。
はい、と慌てて支度をし、デスクに戻って電話をかけ始める脇田をチラと見ながら、社長室の扉をノックした。
中に入ると、渚は、もう普通に仕事をしていた。
お茶を置いて出て行こうとすると、
「蓮」
と呼びかけてくる。
「なんですか?」
「お前、秘書辞めるか?」
「……はい?」
いや、と渚は背もたれに背を預け、
「脇田の気が散る」
と言い出す。
「なるほど。
なんで気が散るのか知りませんが。
私が邪魔なら、切るのもありかもしれませんね」
と言うと、こちらの表情を見、
「不満か」
と笑う。
「不満ですよ。
今、総務に戻されたら、一週間くらいで戻されるなんて、こいつ、どんだけ使えなかったんだって思われそうでしょ。
でも、まあ、脇田さんの方が私より大事ですから。
そうされても仕方ないんじゃないですか」
「……冷静すぎて面白くないな」
と言われ、はい? と渚の顔を見る。
ちょっと来い、と手招きされ、側に行くと、無理やり膝に座らされた。
後ろから顔を覗き込み、
「言わないのか。
渚さんの側に居られなくなって寂しいですとか」
と言ってくる。
「そっ、そんな恥ずかしいこと言えませんっ」
「なにを照れることがあるんだ。
恋人同士なのに」
「……恋人同士なんですかね?」
ちょっと疑問に思って訊くと、
「お前、あそこまでしておいて、恋人じゃないとか。
どんな淫乱女だ」
と渚は呆れたように言う。
「いや、だって……っ」
なんだか、なし崩し的に、こうなった感があって、はっきり付き合うとか付き合わないとか、そういうあれでもなかったような、と思っていると、渚が言った。
「だって、よく考えたら、此処にお前を置いておいたら、俺より、脇田と居る時間の方が長いんだよ」
まあ、それはそうですけど。
だから、それがなにか? と思っていると、
「脇田を切るわけにはいかないから、お前を切るしかないよな」
とあっさり言ってくる。
「……簡単に切られるとか、派遣社員の宿命ですね」
と呟くと、
「派遣社員関係ないだろ。
浦島でも脇田の邪魔になるなら、秘書から出すぞ」
と渚は言う。
まあ、もうちょっと脇田の様子を見よう、と言ってくる。
考えに耽っているらしく、手が緩んだので、立ち上がった。
少し離れて振り返る。
「いいですね、脇田さんは」
と言うと、ん? と渚はこちらを見た。
「貴方にそこまで必要とされて」
「そりゃそうだろ。
俺が嫌がるのを無理やり引きずってきた程の男だぞ」
……そんなに嫌がってたのか。
可哀想じゃないですか。
いるようでいらないな、渚さんの信頼、と思ってしまった。
「蓮」
「はい?」
「俺の信頼を得たかったら、まず、きちんと宿題を終わらせろ」
「宿題?」
渚は、くいくい、とおのれを指差し、
「自分から俺にキスするか。
『愛してます、渚さん』と言うか、どっちかやれって言っただろ」
と言ってくる。
「えーっ。
昨日、好きだって言ったじゃないですかっ」
「いや、いまいち、愛が感じられなかった」
なんでだっ。
「好きと愛してるじゃ、好きの方が軽い感じがするだろ」
偏見だ……と思ったが、
「お前もそう思ってるから、好きなら軽く言えたんだろ」
と渚は言う。
まあ、そうかもしれないが。
「もういいじゃないですか」
このままだと無理やり言わされそうだ、と恥ずかしさから視線を逸らして出て行こうとすると、渚は溜息をつき、
「こんな強情な女の何処がいいんだろうな、脇田は」
と言い出した。
いや、貴方が言いますか……。
っていうか、脇田さん、別に私をいいとか言ってないし。
そんなことを考えながら、ノブに手をかけた瞬間、もう書類に目を落としているらしい渚が、
「一般的に言ったら、浦島の方がいい女だと思うんだけどな」
と不思議そうに呟くのが聞こえてきた。
「……失礼します」
と静かに言い、そっと扉を開けて閉める。
「あら、蓮ちゃん、どうだった?」
と笑いかけてきた葉子に向かい、いきなり、
「浦島さんっ、呪いますーっ!」
と叫んだ。
ええっ? なにっ!? と葉子は叫ぶ。
「なんだかわかんないけど、巻き込まないでーっ」
何処へ行ったのか、脇田の姿はもうなかった。