テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
それは今より少し前の物語であった。
「決して醜子の家系と仲良くしてはならない。それを頭に叩き込め」
花垣 美津子とその姉花垣 星那は幼い頃からその言葉を何十回何百回と繰り返し、聞かされた。
美津子の姉はその教育の賜物と言っていいほど醜子の家系を嫌っていた。
だが、その妹である美津子はそんなことは到底思ってもいなかった。
美津子は心優しい人物であった。
困っている人が入れば自分自身の身も安じず助けに入り、また美津子自信に危害が加えられても笑って流しているほどであった。
それ故に美津子は一部の人間から嫌悪されていた。
嫌悪するのは姉の星那も同意であった。
「あんた。また小鳥を助けたんだって。いい加減にしなよ。あんなばっちぃもの触って何がいいんだい」
その日も同様に星那に嫌味を言われていた。
だがそんなもの、美津子には平気であった。
まだ齢15の歳だった。
「あはは。ごめんなさい。姉様、どうしても可哀想で」
美津子は当然笑って過ごしていた。能天気なのか心は泣いているのかは分からない。
ただ外見だけで言えば、美津子は何とも思っていなさそうだった。
「そんなんだから殿方も見つからないのよ。私はもう許嫁決まってるのよ」
美津子の家系は古くからの名門で小さい頃から許嫁がいるのは当たり前でだった。
だが、美津子だけは未だに許嫁というものを決めてもらった記憶が無い。
それは美津子も痛い程分かっていた。
「解ってるよ姉様。私は数年後にはこの家出ていくから大丈夫だよ。あはは」
美津子は良く笑う子だった。
その明るさから外では男女問わず人気がある。
『裏表がないこ』
よく周りからはそう言われていた。
しかしそんな美津子にも1つ周りに隠していることがあった。
恋人の事だ。
「晴太くん!」
「美津子!」
柊 晴太。
美津子と同い年の男の子で、以前美津子と研究会を開いたのがきっかけで付き合うことになった男の子。
とても優しく気遣いが出来る子だった。
それでも彼を家族や友達に紹介しないのは1つの理由があった。
それは晴太が醜子の家系だと言うことだ。
そのせいで晴太も美津子も2人が交際している旨を家族や友人に話せないでいた。
「ごめんなさい…私の家系のせいで家族にも紹介することが出来なくて」
美津子が晴太に向き直って謝る。
それを晴太は慌てて止めた。
「美津子が謝ることないよ!これは家系の責任だから。俺が醜子の家系じゃなかったら…」
2人は少しの沈黙に包まれたあと、また楽しげに会話を始めた。
「そういえばこの前水族館が近くに出来たらしいよ」
「そうなの?行ってみたい!」
そんな他愛ない会話を続けていると不意に晴太が時計を見た。
夕方を伝える知らせの鐘がなったからだ。
「あぁ。もうこんな時間。長い間外に連れ出して悪かった。」
こういう所が優しくて好き。そんなことを思いながら美津子は
「いえ。とても楽しかった!また明日もお話できますか?」
そういい、尋ねた。
もちろん返事はOK。明日もこの場所で話すことが決まった。
2人はお互いにハグをして、各々の家へと帰っていった。
美津子が家へ帰り着くと家中の者たちが何やらドタバタしていた。
ちょうど通りかかった女中へ何があったのかと尋ねた。
「ああ。美津子お嬢様お帰りなさいませ。実は星那お嬢様の容態が急変したらしく、明後日辺りにお子様を産むらしいのです。それの準備でございます」
忙しなくそう言い終えた女中は「では」と言い星那が居るであろう部屋へと入っていった。
星那が出産。
それは男児が居ない美津子の家系にとって星那の産む子が男児であれば家の支配人は星那になるという暗示であった。
美津子はこの上ない恐怖を抱いた。
そんなことになれば私の命は危ない。
私のことを何よりも嫌って居る姉様が支配人になったら嫌いな人をあの姉様の性格だ、片っ端から追い出すに違いない。もちろん私も。
それではいけない。
そう心の中で美津子は思ったのだ。
そう。
美津子のことが大嫌いな星那が支配人ともなれば美津子に家の居場所はなくなり、逃げるように家を出るしか無くなる。
そんなことはあってはならない。
翌日、美津子は晴太に会って開口1番そのことを伝えた。
姉の星那が出産すること。
星那の子が男の子だったら星那が支配人になること。
星那が支配人になったら美津子は1番先に追い出されること。
晴太は時々相槌を打ちながら美津子の話を真剣に聞いてくれた。
一通り話し終えたあと、美津子は泣き出した。
初めて晴太の前で泣いたのである。
美津子は今まで5回も行かないほどしか泣いたことがなかった。
その美津子が泣いたのだ。
晴太は必死に美津子を慰めた。
「大丈夫。君の姉様も本当は君を愛しているのに違いないに決まってる。それでも追い出されるようなら俺と一緒に住もう」
そう言われた。
その言葉のおかげで美津子はいつもの解散の時間になっても涙がとまらなかった。
その時美津子の家から使いの者がやってきた
何用だろうか
美津子がそんなことを思っていると使いの者は行った。
「星那お嬢様がもう少しでお子様を産み終わります。医者の言うことだと男児だと言うことです。お早く家へ帰ってきていただきたい」
との事だった。
美津子は背筋が凍りついた。
これで正真正銘星那が花垣家の支配人。
男児が成長するまでの家の支配人なのだ。
美津子が顔を真っ青にしていると晴太が言った。
「使いの者を下げさせて」
言われた通りに美津子は「お先に帰って欲しい」と使いの者に言い渡し、晴太と2人きりになったりになった。
「どうしよう。晴太くん」
美津子の声は震えていた。
恐怖で満ちていた。
「美津子、駆け落ちしよう」
不意に晴太がそんなことを言ってきた。
最初は言っている意味が分からなかった美津子も冷静しになり、やっとの事で理解できた。
「駆け落ちって言っても…大丈夫なのかな…」
生まれ持った不安症から美津子は少し考えた。
だがそれで星那と別れることが出来るのならと承諾した。
駆け落ちする時間は星那が子供を産み終わり、次の日付が変わる前となった。
それから2人は解散し、美津子は急いで出産の峠を越えようとしている星那の元へと向かった。
美津子が着いた頃にはもうあともうひと踏ん張りの所まで赤ちゃんが出ていた。
部屋中に星那の叫び声が響き、男児が産まれた。
だがその男児を見て部屋にいた人々は、はっと息を飲んだ。
赤ちゃんに片腕が無かったのだ。
星那は勿論のこと、母親も父親も美津子でさえも絶望と不安感に押しつぶされそうになっていた。
星那の出産から4時間後、美津子は星那に呼び出された。
「何用ですか?姉様」
美津子はいつも通りの声色で声を掛けた。
だが星那はそんなことには行かなかった。
「よくもそんなにのうのうと話しかけれるね!!」
美津子はなぜ急に星那に怒鳴られたのかが分からなかった
「あ、姉様?どうかなさいましたか?」
「どうもこうも何も私の子が片腕なのは貴方のせいよ!!」
そんなことを言われても。
美津子は戸惑った。片腕がないのはただの形成が出来ていなかった細胞のせいだし、美津子がどうかして無くせるものではない。
なぜ星那は私のせいだと言うのであろうか
美津子は少し苛立った。初めての事だった。
「なぜ私のせいであの子の片腕が無くなるのでしょうか」
美津子は平然を装いそう伝えた。
「花垣家にある言い伝えがあるのは知っているか」
そんなことを星那は言った。
「知らないです」
美津子は答えた。
「花垣の子断じて醜子の子と交際してはならぬ。
交際したならばその家族、片腕ない子産むであろう。」
「花垣家には代々親から子へ子からその子へと伝わる伝承がある。これはそのうちの1つ。
花垣家は決して醜子の家系と交際してはいけない。交際したならその子の家族から片腕がない子が生まれるであろう。という意味よ」
美津子はハッとした。
醜子と交際。
それはわたしだ。晴太そのものだ。
美津子のちょっとした変化を逃さず星那は追い打ちを掛けた。
「やはりお前なんでしょ!醜子と交際しているのは!私は前々から気付いていた!ふざけるなよ!」
星那の怒号が部屋中に響き渡った。
時刻は午後0時の5分前だった。
美津子は星那に何も言わず踵を翻し、扉の取っ手へ手を掛けた。
そこで美津子はある不審なところへ気づいた。
「ちょっと待って姉様。なんで前々から気付いていたのにお父様とお母様に報告しなかったの?」
そうだ。
醜子の家系と付き合っていたのを知っていたなら両親に真っ先に報告するはずである。
でも星那はそれをしなかった。
星那は少し気恥しそうに頭をかき、そっぽを向いてから答えた。
「私だって根っからこの家の掟を守ってる訳じゃないわよ。大切な妹を危険に晒す真似はしないわ」
美津子はとても驚いた。
初めて星那が美津子へ不器用だが愛情表現をしたのだ。
だが、それでも片腕ない子で怒鳴ったことを美津子はまだ許していない
「悪かったと思ってるわ…あなた…晴太と駆け落ちするんでしょ」
「え…」
なぜ星那がその事を知っているの。
そう思った。
晴太と駆け落ちすることは美津子と晴太の2人っきりの約束で、決して他の人には言っていない。
「なぜ姉様がしっているの?」
「いつも貴方と晴太が会うとき、会話を覚えて私に伝えるよう使いの者を出していたの。あなたになにか危害が加わらないように」
そんな前から星那は自分のことを思って行動してくれていたのか。
美津子は幸福感に浸りながらそれを聞いていた。
「美津子が晴太のことを心から愛しているのは知っているわ。痛いほどね。でも駆け落ちは辞めておきなさい。」
唐突に星那がそのような事を言った。
美津子には到底理解出来ないないようだった。
「ど、どうしてですか姉様。今さっきまで応援してくれていたのに…!」
美津子のいうことはご尤もだ。
自身の身を愛し、恋人との恋愛も認めているのに駆け落ちは許さい。そんなおかしな話があるものか。美津子はこの上ない焦燥感に駆られた。このままでは晴太と共にできないと思ったのだ。
「花垣家にはね、今さっきの伝承に続きがあるの。
花垣の子醜子の子と駈落するならば醜子の子泡となり海へと消えよう。」
翻訳すると花垣家の子孫が醜子の子孫と駆け落ちしようならば醜子の子が泡となり海へと消え去るだろう、ということだった。
美津子は頭の中に瞬時に晴太の姿が思い浮かんだ。
晴太と駆け落ちをすれば晴太は間違いなく泡となり海へと消えていく。
それでも駆け落ちを辞めればもう美津子に居場所はなくなる。
美津子は考えて考えて考え抜いた結果。晴太にこのことを話し、もし嫌だと言われたらやめようと心に誓った。
その姿を姉の星那は哀愁漂う姿で見つめていた。
「やっぱり…行くの」
星那の声は今にも泣き出しそうなくらい震えていた。
「ええ、行きます」
反対に美津子の声は覚悟を決めたように芯を貫いていた。
美津子は星那に抱きついた。
今まで心の底でそっと愛してくれていた星那に感謝を伝えるために。別れを伝えるために。
星那も自ずと美津子の背中に手を回し、力いっぱい抱きしめた。
「いつでもかえってきていいから。私だけは貴方の味方よ。今までのようにはもうしない。頑張ってらっしゃい」
星那は今までの人生の中で1番優しかった。
その様子に美津子も感化され、ぽろりと1粒涙が落ちた。
ああ。今日はよく泣く日だな。
美津子は無言で頷き、「さようなら。姉様。お元気で」と言い残し扉の取ってを持ち、晴太の居る待合場所まで走っていった。
それを見つめる星那の顔には星那にも何か決心が出来たような表情が浮かんでいた。
美津子が待合場所に着く頃には晴太はとっくのとうに付いていた。
美津子はその晴太の姿を見ると、安堵したようにホッと息を吐いた。
そして家での出来事を伝えた。一言一句間違わないように。
晴太は黙って時々相槌を打ちながら真剣に美津子の話を聞いてくれた。
美津子が一通り話終わったあと、晴太は
「それでも構わない。僕は美津子と共に生きたいんだ」
そう言ってくれた。
美津子は泣いた。
今日何度目かも分からないほどにぐちゃぐちゃに泣いた。
その身体を晴太は優しく撫でて慰めてくれた。
美津子が思う存分泣いたあと、2人は歩き出した。
ゆっくりゆっくり、その地を踏みしめるように。
二人で歩く時間は2人にとって、何よりもかけがえのない時間だった。
数時間して海の見える浜へたどり着いた。
2人は休憩がてらそこで遊ぶことにした。
美津子は貝殻を拾い集め、晴太は海の浅瀬で生き物を観察した。
2人とも疲れ果てていた時だった。
晴太の身体に異変が起きた。
晴太の身体が1部1部泡になり始めたのだ。
恐れていたことが起きた。
美津子は瞬時にそうおもった。
「ごめんなさい」「ごめんなさい」
美津子はその1単語を永遠と繰り返し晴太に言った。
それでも晴太は「これは決まった運命だった」「君は何も悪くない」
そう美津子を慰めた。
晴太の身体がいよいよ上半身が包まれていく、というところで晴太は美津子に問いかけた。
「僕は君のことが大好きだ。今までも。これからも。例え泡になろうとだ。だから、美津子さん
また生まれ変わったら、来世でも、離れていても僕の恋人になってくれますか」と。
美津子は気持ちが高ぶった。
こんな命の瀬戸際まで私のことを愛してくれるのかと。
「ええ。喜んで」
美津子は笑顔でそう返事をした。
その返事をきいた晴太は眩しい笑顔を見せながら海へと溶けて行った、
花垣家へ伝わる伝承と同じように。
美津子は一瞬のうち絶望に駆られたあと、海の中へと入っていった。
心中をするつもりだったのだ。
最期に美津子はいつかみた小説の終わり1文を口にした。
「ほら。そうして…彼が泡になって消えてゆく…広い広い…海の……世界へ………」
美津子は深い海へと沈んで行った。
「おはようございます」
そこでハッと有村 茜は目が覚めた。
夢か。
茜は少し汗ばんだ身体を見ながらそうおもった。
ここはある喫茶店。
今の声はこの喫茶店の店長だった。
「ご気分はどうですか?良い『夢』はみれましたか?」 キオク
「ええ、…とっても良い。夢がみれました」
茜はそう返事するとグッと背を伸ばした。
机に突っ伏して寝ていたぶん腰やら肩やらが凝ってしまった。
また帰って解さねば。
そう思いながら茜は店長に代金を支払った。
カランコロン。
店のドアを開けてもう一度伸びをしてから茜は言った。
「さてと、晴太くん探しに戻りますか!」
茜が意気揚々と出ていくのを眺めながら喫茶店の店長はコーヒーカップを磨いていた。
「また彼と添い遂げることができるといいですね」
ここは喫茶店『夢心地』
この喫茶店では前世でも今世でも今”生きてきた時間”の中でいちばん大切な『夢』を見ることが出来る場所 キオク
茜は前世での大切な記憶を見ていたのだ。
「それでは」
「またのお越しをお待ちしております。」
コメント
3件
初めての読み切り短編小説書いてみました。すごく楽しかったです。またこの喫茶店シリーズで書いてみようかな。書いて欲しいキーワードなのがありましたら教えてください。キーワードから物語を練り出すので