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伊織
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皇宮へ戻り、馬車から降りる。 続いて、侍従がエメラルドの入った豪奢な箱を大事そうに抱えて降りてきた。
(ふふっ。ようやく私の手元に――)
「そちらを」
私は当然のように両手を差し出した。 だが。
「恐れ入ります、妃殿下」
横からすっと侍従長が現れた。 流れるような手つきで侍従から箱を受け取る。私の差し伸べた両手の上を――エメラルドの箱が、通過していった。
「…………」
伸ばした手は、何もない空間を掴んだまま静止する。
「…………はい?」
侍従長が、深々と頭を下げた。
「妃殿下。たいへん素晴らしい宝石をご購入されたと伺いました」
「ええ。カイル殿下からの贈り物ですの♡」
(そして、私のセカンドライフ用逃走資金よ♡)
「それは何よりでございます」
侍従長は、にこりと微笑んだ。――なぜだろう。嫌な予感がする。
「それでは、宝物庫にて厳重に保管させていただきます」
「…………はい?」
私の笑顔が、ぴきりと凍りついた。
「一千万ルク以上の高額宝飾品は、皇宮防犯規定により特別管理対象となり、地下宝物庫での保管が義務づけられております」
「……ちょ、ちょっと待って?」
「なお、皇宮外への持ち出しには、皇宮財務部および近衛隊長の事前承認が必要です」
「待って」
「申請書類の審査には通常、一週間ほど――」
「待ちなさいってばっ!!」
思わず完全に素が出た。侍従長が、きょとんと目を丸くする。私は慌てて扇で口元を隠し、引きつった笑みを作った。
「こほん。……自分で手元に保管いたしますわ」
「ですが、規則ですので」
「愛するカイル殿下からいただいた大切な宝物ですもの! 片時も離さず、枕元に置いておきたいの♡」
(大嘘だけど!!)
「お気持ちは重々お察しいたします」
侍従長は穏やかな笑みを崩さない。
「ですが、規則ですので」
(鉄壁すぎる……!)
「ちょ、ちょっと!」
私の目の前で、エメラルドの箱が分厚い鋼鉄製の防犯ケースへ収められた。
ガチャンッ!
鍵がかけられる。
「…………」
さらに、完全武装した屈強な近衛兵たちがケースの周囲を固めた。
一人。二人。三人――。
(ちょっと待って)
四人。五人――。
(どれだけ厳重ガードなのよ!?)
そのままエメラルドは、兵士たちに囲まれながら地下宝物庫へ向けて運ばれていく。
「…………」
私は遠ざかっていく防犯ケースを、呆然と見送った。
(……ああ……)
(私の……)
(私の1000万ルクの逃走資金が!!)
換金どころか、皇宮の外へ一歩も持ち出せないなんて。
(こんなことなら欲張らず、10万ルクの指輪を100個買ってもらえばよかったわ!!)
その時。隣で、『万全の警備体制だな』と言わんばかりに、満足げに頷いている男が視界へ入った。
ぷつん。私の中で、何かが音を立てて切れた。
「ちょっと!!」
「な、何だ?」
「なんでそんな大事なこと、一言も言わなかったのよ!!」
「何の話だ!?」
「これじゃ何の意味もないじゃないのよ!!」
カイル殿下が、本気で狼狽え始める。
「意味がない!? なぜだ! 大切な宝物なのだから、宝物庫で厳重に保管したほうが安心だろう!」
「そういう問題じゃないのよ!!」
「なら、何が問題なのだ!?」
「~~~~っ!!」
そんなの、言えるわけないでしょうが!!
***
一方カイルは、本気で途方に暮れていた。
(な、なぜだ……?)
昨夜も。今日の1000万ルクの贈り物も。ただ、ソフィアに喜んでほしかっただけなのに。
(俺はあんなに頑張ったというのに……!)
コメント
1件
あっ!これ、めっちゃ面白かった!!😂 ソフィアの「逃走資金計画」がまさかの規則で即没収—しかもカイルが「大切な宝物なんだから厳重保管が当然」ってド天然かますところ、ギャップが最高すぎるw 「10万ルクの指輪100個」って発想、必死すぎて笑ったわ。 ただのコメディに収まらない、すれ違い夫婦劇としてもじわじわくるね。続き、どう転ぶのか気になる〜!🔥