歩美は、松村と尚人を探しに、廊下に出た。
「どこにいるの?」
長く奇妙に明るい廊下を走っていた時、スマホを持って歩いている私服の、黒いパーカーで、中に白いシャツ、下にジーパンをはいている、見覚えある男がいた。
その男が真横に来たあたりで、歩美は、彼を呼び止めた。
「ねえ、ちょっと」
「……」
男は呼ばれたことに気づき、振り返った。
「俺か?」
真っ直ぐに切られた、前髪が揺れた。
「ねえ、君、皐月君だよね?なんでここにいるの?」
「君に教える義務はない」
皐月がスマホを片手に言うと、歩美は冷静に彼の肩を掴んで言った。
「ちょっと。義務とかそう言う問題じゃない。理由を聞いてるの。何か言えないわけでもあるの?」
歩美が聞くと、皐月は顔を逸らし、歩美に向かって言った。
「守秘義務だ。教えないんじゃない。教えられないんだ」
「……ねえ」
「君、探偵だよな。だったら、当ててみろよ。ヒントを教えてやる。俺の仕事は、死ぬのと、秘密が義務だ」
「待って、なんで私が探偵だって知ってるの!?」
歩美が強引に聞き出そうと、肩を掴むと、皐月は肩を後ろに回し、歩美の手を払った。
「その理由を突き止めるのが、君の仕事だろ」
皐月は無表情のまま歩美に言った。
「ちょっと」
歩美は呼び止めたが、皐月は止まらなかった。
「なんだ今の?そうだ。それよりも先に、冴香ちゃんを見つけないと」
歩美は再び廊下を走った。
水滴の落ちる音。いや、水滴か?
「……あ」
私は目が覚めた。
暗い。
ほとんど何も見えない。両手は手錠をかけられ、身動きが取れない。足は何もついていないから、立てるが、立ったところで、どうしようもない。
ポケットの中に入れていた拳銃も抜き取られていた。
マスターがまだ来てなかったから、先に店で待ってたんだけど、マスターが海を連れてきたときに突然米秀学園の奴らが来て……
……あんまり思い出せない。
「誰なの?アイツらは……海はどこに……うぅ、動けないから、どうしようもない」
私は絶望に駆られて座り込んだ。
誰も助けに来ない。
そう思った時、奥の方から光が差し込んだ。
オレンジ色の光だ。
ドアの前には男が立っていた。
その男の髪は、黒に青が混ざったようで、前髪が綺麗に揃えて切られていた。
「誰?」
男は懐中電灯を持っていた。その白い光を私に向けてきた。
私はその光が眩しくて顔を逸らした。
男は人差し指を立てて、私に言った。
「秘密だ。教えられない。君と同じ立場だ」
「……同じ、立場?」
彼は立ち上がると、私に言った。
「名前は教えてあげよう。俺の名前は、加織皐月」
「さつき?」
私は子供みたいな声を出してしまった。
座ったままの私に話しかける彼は一度も笑顔を見せない。
気味が悪い。
最初はそうとしか思わなかった。
彼が、着ている黒いパーカーの内ポケットから取り出した拳銃を私に向けたとき、私は彼がただ者ではないと思った。
「君は何者だ?」
「……」
私が動揺しているのは自分でも分かった。鎖の擦れる音が聞こえたからだ。
「自分の正体は言わないくせに、私に正体を聞いてくるのね!!」
私がそう言い返した時、彼は冷静なまま言った。
「名前は教えただろ」
「名前だけで何が分かるっていうのよ!!」
柄にもなく声を荒げた。彼は拳銃を持つ力を強くした。
「君なら俺の正体を割り出せるはずだ。だって君は公安警察だろ」
「な、なんで私の事……」
「さあ、なんでだろうな。簡単に君のことが割り出せる職業だ。ちょっと考えればわかるだろ。ところで、君にいくつか質問したいことがある」
「何?」
私が彼を睨み返しても、彼は平静だった。
「君はなんで、サジェスの仲間なんだ?」
「……さあ、何のことでしょう?」
彼は先ほど拳銃を取り出したパーカーの内ポケットからスマホを取り出した。
「見ろ。これお前だろ?」
彼が私に見せたのは一枚の写真。
銃口でスマホの画面でトントンしたところは私の顔。カウンターを挟んだ先にはマスターの顔。
「この写真をどこで?」
彼はスマホをしまうと、拳銃を私の額に向けなおした。
「俺の部下だ」
「へえ」
私は平静を装って言った。
「いやあ。似てるな。君は俺に」
彼はしゃがむと、強く額に銃口を向けた。
「ひどく混乱して、冷静でいられず、恐怖と憎しみで叫びたくなるのを必死で我慢して、表情を無くし、平静を装って影に生きるところが」
「……」
「まあ、俺と違うのは、表情がまだあるところかな」
私は彼の顔を見た。
「君と俺は、冷静でいなくちゃ、いつか、自分の命だけでなく、大事な人の命を無くすことになる。君が一番分かってるはずだ」
彼にそう言われた時、数年前に死んだ、相棒、いや、親友を思い出した。
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