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皐月というこの男に言われて、私は考えた。

大事な人。

それは、果たして存在する者だろうか。

私はそうは思わない。

じゃあ、大事な人の定義は?なんなんだろう。

命に代えても守る人。

もしそんな人が死んだら、声がかれるまで泣き叫ぶことができる自信がある。

目の前にいるこの男も、果たしてそうなのだろうか。

大事な人が死んで、心の底から泣いたことがあるんだろうか。

それとも、大事にしたい人がいないんだろうか。

どちらにせよ気の毒な人だ。

私は酷く震えた口を開いた。

「あなたは、感情が無いのか?」

「職務に私情を持ち込むべきではない。それはもちろん、自身の感情もだ」

彼は冷静に言った。私はそれに対抗するように、静かに言った。

「だから、さっきから笑わないの?」

「……」

私が聞くと、彼は黙ったまま、私の額に当てた銃口の力を強くした。

「まだあるわ。あなたは私を殺す気ないでしょ?」

「何故分かった?」

「もし本当に私を殺したいなら、こんな無駄話しないで、頭を撃ちぬけばいいのものを。わざわざ、長々と話をするとは、何か企んでる?それとも時間稼ぎ?」

「……後者だな。時間稼ぎに近いよ」

彼は私の額から銃口を離すと、ゆっくり立ち上がった。

「どちらにせよ、君に用はない」

「あっそ。じゃ、解放してくれない?」

「悪いが、君を助けるほど、俺は善人じゃない。まあ助け船なら出してやる。それに乗るかは、君次第だ」

「あ、ちょっと……」

私が呼び止めたが、彼は部屋を出て行ってしまった。

再び真っ暗な部屋に閉じ込められた私は、体力を温存しようと、俯いた。


雪と美菜。二人は部屋の中に居たままだった。

美菜は携帯を片手で持ち余裕の表情で雪の方を見た。

もう片方の手、右手は拳銃を持っていて、銃口は雪の方を向いていた。

雪は両手で構えた銃の銃口を下に向けていた

美菜がスマホに目を移した時、雪は両手で拳銃を構えた。

今なら撃てる。

雪がそう確信して引き金を引こうとした時、美菜が右手で構えた拳銃の引き金を引き、雪の持っていた拳銃を跳ね飛ばした。

「うっ」

雪は反動で震えている左手をグッと抑えた。

「動くな。殺すぞ」

「……美菜。もう、やめろよ。らしくねえな」

雪がそう言った時、美菜は笑った。

「両手を上げて、助けが来るまでそうしなさい」

美菜はそう言ってスマホの画面に目を移した時、ドアの開く音が聞こえた。

「歩美!!松村も……」

雪はかなり大きな声で、ドアの先にいる彼らに言った。

「誰だ!!」

美菜が銃口の方向をドアに向けたとき、雪は片方の口角を持ち上げ、彼女に近づいた。

そして、彼女の手首を掴んだ。

「いっ……」

「油断したな!!美菜」

「雪……」

美菜は雪の手を振り払うと、廊下へ飛び出した。

「待て!」

松村が彼女を追いかけるように廊下を走って行った。

「雪ちゃん。無事でよかった……」

歩美は笑顔で雪を抱きしめた。

「心配すんな。それより、海は?それと尚も」

「海くんなら紗季ちゃんのとこ。尚くんは、今探してたところだよ。まあ、分かるよ。全部の部屋調べたし。そのうち出てくるって」

「そうだな」

複雑な笑顔を見せると、雪は松村の走った後を眺めた。

雪は歩美の隣を歩いた。


「戻ったよ」

「おお!!雪!生きてたか!!」

海が期待通りというような表情で雪の顔を見た。

「あとは、冴香ちゃんだけだね」

「ベルの奴、どこ行ったんだよ?」

さっき紗季と海の居た部屋には松村も戻ってきていた。

「さっきの女取り逃がしちまった。冴香も居ないし……尚とかどこに……」

ガチャ。

先ほどまで閉まっていたドアが突然勢いよく開いた。

「はぁはぁ……うっ……うぅ……」

ドアには横の柱に寄りかかる冴香が立っていた。

「ベル!!」

雪が彼女に駆け寄り、身体を支えた。

「大丈夫?何があったの?」

「……突然、何人か、の、男が、入って、来て……撃たれそうになったから、とっさに、男の手首を噛んだの。そしたら、鍵、みたいなのを落としたから……それ使って、手錠を外したの」

冴香は息切れしていて、うまく状況を話せていないようだった。

「いや、びっくりしたよ、冴香を探してたら、本当にいたんだからな」

「尚……」

ドアを隔てた先には尚が立っていた。

「俺らで全員か?」

「え、ええ」

冴香と尚が部屋に入った時、全員が安心したような顔で二人の顔を見た。

「ねえ早く出よう。全員揃ったから」

「そうね」

「松村、冴香をおぶってくれ」

「はあ?なんで俺が」

「だって一番身長高いだろ、皆小柄で、冴香より身長低いし」

「……ったく……」

松村は不満げな顔で、冴香の方に背中を向け、しゃがんだ。

冴香は松村の背中に寄りかかると、糸が切れたように眠った。

「疲れてたんだな」

「寝顔もきれいだな……」

「……とにかく早く行こうぜ」

全員部屋を出て左の外へ続くくらい廊下を見た。

「……」

そんな彼らの様子を、皐月は無表情で見ていた。


「……逃げられましたね……」

美菜と、彼女の部下たちは冴香の居た暗い部屋に集まった。

「いや、さっきカルムから連絡があったの、逃がしても構わない。どうせ顔も見られていないからってね」

「いや、しかし、このままでは、我々の情報を握られたままです。ボスが仕事でいない今、此処の責任者はあなたですよ。逃がしたんなら責任を――」

「その必要はない」

「えっ……」

美菜の予想外の言葉に部下は戸惑いを隠せなかった。

すると、彼女の周りで、逃げた痕跡を探していた一人の部下が、彼女にある紙を渡してきた。

「カルム様からの伝言です」

「ありがと」

美菜はそれを受け取ると、まじまじとその中身を見た。

「……フッ。幹部メンバーの団結により、あの探偵共を泳がせることに成功した」

「あの、美菜さんは一体、何が目的で……」

「それは極秘だけど、利用できるものは利用しないとね」

美菜は外された手錠を拾い上げると、不気味に笑った。

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