コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
皐月というこの男に言われて、私は考えた。
大事な人。
それは、果たして存在する者だろうか。
私はそうは思わない。
じゃあ、大事な人の定義は?なんなんだろう。
命に代えても守る人。
もしそんな人が死んだら、声がかれるまで泣き叫ぶことができる自信がある。
目の前にいるこの男も、果たしてそうなのだろうか。
大事な人が死んで、心の底から泣いたことがあるんだろうか。
それとも、大事にしたい人がいないんだろうか。
どちらにせよ気の毒な人だ。
私は酷く震えた口を開いた。
「あなたは、感情が無いのか?」
「職務に私情を持ち込むべきではない。それはもちろん、自身の感情もだ」
彼は冷静に言った。私はそれに対抗するように、静かに言った。
「だから、さっきから笑わないの?」
「……」
私が聞くと、彼は黙ったまま、私の額に当てた銃口の力を強くした。
「まだあるわ。あなたは私を殺す気ないでしょ?」
「何故分かった?」
「もし本当に私を殺したいなら、こんな無駄話しないで、頭を撃ちぬけばいいのものを。わざわざ、長々と話をするとは、何か企んでる?それとも時間稼ぎ?」
「……後者だな。時間稼ぎに近いよ」
彼は私の額から銃口を離すと、ゆっくり立ち上がった。
「どちらにせよ、君に用はない」
「あっそ。じゃ、解放してくれない?」
「悪いが、君を助けるほど、俺は善人じゃない。まあ助け船なら出してやる。それに乗るかは、君次第だ」
「あ、ちょっと……」
私が呼び止めたが、彼は部屋を出て行ってしまった。
再び真っ暗な部屋に閉じ込められた私は、体力を温存しようと、俯いた。
雪と美菜。二人は部屋の中に居たままだった。
美菜は携帯を片手で持ち余裕の表情で雪の方を見た。
もう片方の手、右手は拳銃を持っていて、銃口は雪の方を向いていた。
雪は両手で構えた銃の銃口を下に向けていた
美菜がスマホに目を移した時、雪は両手で拳銃を構えた。
今なら撃てる。
雪がそう確信して引き金を引こうとした時、美菜が右手で構えた拳銃の引き金を引き、雪の持っていた拳銃を跳ね飛ばした。
「うっ」
雪は反動で震えている左手をグッと抑えた。
「動くな。殺すぞ」
「……美菜。もう、やめろよ。らしくねえな」
雪がそう言った時、美菜は笑った。
「両手を上げて、助けが来るまでそうしなさい」
美菜はそう言ってスマホの画面に目を移した時、ドアの開く音が聞こえた。
「歩美!!松村も……」
雪はかなり大きな声で、ドアの先にいる彼らに言った。
「誰だ!!」
美菜が銃口の方向をドアに向けたとき、雪は片方の口角を持ち上げ、彼女に近づいた。
そして、彼女の手首を掴んだ。
「いっ……」
「油断したな!!美菜」
「雪……」
美菜は雪の手を振り払うと、廊下へ飛び出した。
「待て!」
松村が彼女を追いかけるように廊下を走って行った。
「雪ちゃん。無事でよかった……」
歩美は笑顔で雪を抱きしめた。
「心配すんな。それより、海は?それと尚も」
「海くんなら紗季ちゃんのとこ。尚くんは、今探してたところだよ。まあ、分かるよ。全部の部屋調べたし。そのうち出てくるって」
「そうだな」
複雑な笑顔を見せると、雪は松村の走った後を眺めた。
雪は歩美の隣を歩いた。
「戻ったよ」
「おお!!雪!生きてたか!!」
海が期待通りというような表情で雪の顔を見た。
「あとは、冴香ちゃんだけだね」
「ベルの奴、どこ行ったんだよ?」
さっき紗季と海の居た部屋には松村も戻ってきていた。
「さっきの女取り逃がしちまった。冴香も居ないし……尚とかどこに……」
ガチャ。
先ほどまで閉まっていたドアが突然勢いよく開いた。
「はぁはぁ……うっ……うぅ……」
ドアには横の柱に寄りかかる冴香が立っていた。
「ベル!!」
雪が彼女に駆け寄り、身体を支えた。
「大丈夫?何があったの?」
「……突然、何人か、の、男が、入って、来て……撃たれそうになったから、とっさに、男の手首を噛んだの。そしたら、鍵、みたいなのを落としたから……それ使って、手錠を外したの」
冴香は息切れしていて、うまく状況を話せていないようだった。
「いや、びっくりしたよ、冴香を探してたら、本当にいたんだからな」
「尚……」
ドアを隔てた先には尚が立っていた。
「俺らで全員か?」
「え、ええ」
冴香と尚が部屋に入った時、全員が安心したような顔で二人の顔を見た。
「ねえ早く出よう。全員揃ったから」
「そうね」
「松村、冴香をおぶってくれ」
「はあ?なんで俺が」
「だって一番身長高いだろ、皆小柄で、冴香より身長低いし」
「……ったく……」
松村は不満げな顔で、冴香の方に背中を向け、しゃがんだ。
冴香は松村の背中に寄りかかると、糸が切れたように眠った。
「疲れてたんだな」
「寝顔もきれいだな……」
「……とにかく早く行こうぜ」
全員部屋を出て左の外へ続くくらい廊下を見た。
「……」
そんな彼らの様子を、皐月は無表情で見ていた。
「……逃げられましたね……」
美菜と、彼女の部下たちは冴香の居た暗い部屋に集まった。
「いや、さっきカルムから連絡があったの、逃がしても構わない。どうせ顔も見られていないからってね」
「いや、しかし、このままでは、我々の情報を握られたままです。ボスが仕事でいない今、此処の責任者はあなたですよ。逃がしたんなら責任を――」
「その必要はない」
「えっ……」
美菜の予想外の言葉に部下は戸惑いを隠せなかった。
すると、彼女の周りで、逃げた痕跡を探していた一人の部下が、彼女にある紙を渡してきた。
「カルム様からの伝言です」
「ありがと」
美菜はそれを受け取ると、まじまじとその中身を見た。
「……フッ。幹部メンバーの団結により、あの探偵共を泳がせることに成功した」
「あの、美菜さんは一体、何が目的で……」
「それは極秘だけど、利用できるものは利用しないとね」
美菜は外された手錠を拾い上げると、不気味に笑った。