テラーノベル
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スカイツリー
帰路の電車。
夜の車内は、
昼より言葉が少ない。
窓に映る自分の顔は、
どこか輪郭が曖昧で、
外の闇と溶け合っている。
菜月は、
スマートフォンを
手にしたまま、
動かない指を見ていた。
昼に届いた、
あの一文。
――好きなこと、ありますか?
答えは、
いくつも浮かぶ。
映画。
音楽。
コーヒー。
どれも、
嫌いじゃない。
むしろ、
好きだ。
でも。
同じだと、
いいなと思ってしまう。
もし、
違ったら。
もし、
話がそこで
止まってしまったら。
そんな想像が、
言葉を濁らせた。
好きなものを答えるはずなのに、
なぜか、
距離を測っている。
それは、
自分を守るための
はずだった。
電車が揺れ、
視線が窓の外へ流れる。
暗い街の向こうに、
光が立っていた。
ーーー東京スカイツリー。
夜の中で、
静かに、
でも確かに輝いている。
近づくことはできない。
触れることもできない。
それでも、
ずっと、
そこにある。
見上げるたび、
胸の奥が、
少しだけ静かになる。
――お墓みたいだ。
ふと、
そんな言葉が浮かぶ。
過去も、
諦めも、
言えなかった感情も。
全部、
あそこに
埋めてきた気がする。
だからこそ、
目を逸らせない。
スカイツリーは、
動かない。
逃げない。
ただ、
立ち続けている。
菜月は、
小さく息を吐いた。
考えすぎているのは、
分かっている。
でも、
今の自分には、
この光が、
一番正直だった。
入力欄を開く。
余計な言葉は、
足さない。
説明もしない。
――スカイツリーが、
好きなんです。
送信してから、
菜月は画面を伏せた。
思い出したのは、
昔の自分だった。
ひとりで、
スカイツリーに登っていた頃。
誰かと来たわけじゃない。
記念日でもない。
ただ、
ひとりになりたかった。
ストレス発散、
と言えば簡単だけれど。
本当は、
落ち着かせるためだった。
高い場所で、
街を見下ろすと、
自分の感情まで
小さくなる気がした。
泣いたこともある。
何も考えなかった日もある。
言葉にできないものを、
全部、
あそこに置いてきた。
だから、
今はもう、
登らない。
嫌いになったわけじゃない。
埋めてきたから。
必要だった時間を、
ちゃんと終わらせたから。
今は、
遠くから見るのが好きだ。
夜の中で光る姿を、
ただ確認するように。
あそこに、
確かに自分の一部が
あると知るために。
電車の窓に映る、
スカイツリーの光が揺れる。
近づかなくてもいい。
でも、
目を逸らすことも、
もうできなかった。
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