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篠原愛紀
ゴンザレス
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「触れて……」
触れていいよって言おうとして、その意味の気づいた。
好きになんてならない。私が触れるまで婚姻届も提出しないで。
セックスしたくない。
私のすべての条件を呑んで疑似結婚していたけれど。
愛し気に私を見る彼の顔が、くしゃくしゃに苦しそうだった。
飲み込まれそうなほど雨の音が大きくなって、視界も聞こえてくる音も全て、私の世界には彼しかいないような錯覚。
短い髪に何度も愛し気に、苦し気に口づけする彼の手を掴んで、頬を寄せた。
「いいよ」
雨で濡れた彼の手が愛おしい。
「触れていいよ」
頬擦りした大きな手に口づけし、彼を見上げた。
助手席に荒々しく手を置くと、覆いかぶさりかみつくような激しいキス。
「ン……っ」
ずるずると落ちてしまわないように、彼の胸にしがみつきながら、私も彼の舌の動きにあわせて深く侵入してみた。
いつも優しいか、クールで落ち着いた一矢くんからは想像できないほど、余裕のないキス。
ここまで求められると体中が痺れて、ぞわぞわしてくる。
「――ごめっ」
乱れたネクタイやスーツの袖を直しながら上半身を起こすと、私の髪を撫でた。
「家に帰ろう。我慢できない」
足元に放り投げていたランチを、後部座席に移動するのまではボーっと眺めていた。
でもそのあとの記憶はあいまいで、浚われるように自室に戻って、ただただ高揚していく一矢くんに私も甘く体が痺れていくことしか感じられなかった。
***
経験なんてないけれど、せめてシャワーを……。
なんて言える余裕なく、彼の寝室に連れて行かれた。
お笑いのDVDが本棚に沢山並べられ、可愛い猫の肉球クッションが机の椅子の上に乗っている。
そういえば、私、一矢くんの寝室に入るの初めてかも。
「じろじろ見ないで」
「えー、だって全然イメージと」
違うねって言うつもりが固まった。
ネクタイを解く彼の指があまりにも艶めかしくて、この先の行為を暗示ている。
ネクタイを机に放り投げ、少しだけ空いていたカーテンを閉めると、部屋は薄暗くなった。
叩きつける雨の音をバックに、上着も机に放り投げ、一矢くんが近づいてくる。
「そのぉ、やっぱシャワーに」
「うーん」
にやにや笑いながら、一矢くんは自分のシャツのボタンを器用に片手で外していく。
「ごめん。待てないや」
ベットの下にシャツを転がし、ベットの上でわたわたしている私の横に座ると抱きしめてきた。
「ずっと、ずっと、ずっとだよ」
私の首に顔をうずめると、首筋に強く吸い付いてきた。
「ずっとこうして、華怜に触れたかったんだ」
背中を抱きしめていた手が、私の腕をするりと触り、手を握った。
熱い指先が絡み合ったのと同時にベットに沈んでいく。
天井と彼の顔を見上げながら、私も手を握り返す。
首筋を甘噛みされながら服を脱がされ、火傷しそうなほど熱い彼の手が太腿を撫でると、背中が大きくしなってしまった。
何もかも初めてで、心臓が飛び出しそうなほど飛び跳ねていて。
彼の息遣いがまるで自分のように聞こえてくる距離が、たまらなく私を興奮させた。
何も知らないから、教えてほしい。
一矢くんが好きで、その気持ちを伝える以上にもっとお互いを深く知って繋がる行為を。
「ふ、あっ……っ」
自分の服は乱暴に脱いだくせに、私の服は丁寧に脱がすからくすぐったかった。
服は脱がされ、雨で濡れていた互いの肌が、はりついてそれだけでも私の頭の思考は奪われていく。
外は大雨なのはわかっていたけど、もう雨の音も雷さえも聞こえてこなかった。
彼の指が動くたびに濡れていく自分の体の変化。
今まで自分でさえ触ったことのないさらに奥を暴かれ、気づけば必死で彼にしがみついていた。
雨の音も雷も全て全て雑音にしか過ぎなくて、私はただ彼の甘く切なげな息遣いとベットのきしむ音と、優しく触れる彼の指先に翻弄されていく。
「華怜」
時折、愛し気に名前を呼ばれると、じわっと体中が甘く痺れた。
痛みは全くないと言えばウソだったのだけれども、それよりも何よりも、私は一矢くんから伝わる優しさや愛しさで満たされていった。
もっとキスして。もっと満たして。
馬鹿みたいな遠回りの中、ずっと私を好きでいてくれた一矢くんに、私も同じ気持ちだよって伝えたくて背中を抱きしめた。
今はもうただ、ただ。
全てが甘く痺れる初めての行為に酔いしれるしかなかった。
***
『劉宮の髪、すっごく綺麗だな』
涼しい風が私の長い髪をさらっていく。その先に、中学時代のまだあどけない一矢くんの姿があった。
『すっげ。サラサラ。あ、勝手に触っちゃった。悪い』
悪びれもせず微笑みつつも、まだ私の髪を触っている。
そうだった。当時、いつもクールな一矢くんが私の髪を触るたびに柔らかく笑うから、私も自分が特別なのかなって意識しちゃったんだ。
この笑顔だ。この笑顔が私の心を奪っていったんだ。
母の数万円する高級なシャンプーとトリートメント。艶を出すワックス、髪のケア。
眠る前に髪を梳く度に、教室での一矢くんの笑顔を思い出して顔がにやけていたんだ。
あの時の一矢くんを思う気持ち、忘れちゃってたね。
忘れて、一人で大人になっていた気でいたよ。大人になったつもりだった。
何もかも見ないで忘れて、成長せずに大人になっちゃってたね。
『華怜』
あの時とは違う。低く落ち着いた声で名前を呼ばれた。
苗字はもう一矢くんと一緒だから、名前を呼んでくれた。
『髪にもう一度、触れていいか』
何回も触れている。何回もあなたの手を感じているのに、わざわざ聞いてくるのね。
いいよ、って返事をする前に私の耳に外の雨の音が聞こえてきた。
夢の中の一矢くんが私の髪に手を伸ばしているのに、私は現実へ引き戻されてしまった。