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「……ねぇ、夕」
「なに?」
「もしさ」
少しだけ目を細める。
「俺がまた変なこと言い出したら」
「うん」
「もっと、ちゃんと繋いでね」
その言葉は、
お願いみたいで、
命令みたいで、
祈りみたいだった。
「……うん」
夕は、静かに頷く。
「任せて」
その約束が、
何よりも優しくて、
何よりも歪んでいた。
カチ、とドアの音。
「すぐ戻るね」
そう言って、夕が出ていく。
珍しいことだった。
風はベッドに座ったまま、その背中を見ていた。
「……いってら」
ドアが閉まる。
鍵の音。
足音が遠ざかる。
——静寂。
「……」
数秒。
何も変わらないはずなのに、
ふと、違和感が浮かぶ。
(……あれ)
胸の奥が、ざわつく。
さっきまでの“安心”が、
少しだけ剥がれる。
「……なんで、俺」
自分の手を見る。
手錠。
ベッドに繋がれてる。
足首にも、チェーン。
「……これ」
冷たい。
現実感が、急に増す。
「……なんで、こんなの」
心臓が速くなる。
ドク、ドク、と。
「……違う」
頭を押さえる。
何かが、ズレてる。
「これ、普通じゃない」
その言葉が、はっきり浮かぶ。
今までなかったくらい、くっきりと。
「……外、危ないって」
呟く。
でも——
「ほんとに?」
自分で疑う。
一度浮かんだ疑問は、消えない。
「俺、なんでここにいるの」
「なんで、夕しか知らないの」
呼吸が浅くなる。
「……逃げなきゃ」
ぽつりと出る。
その言葉に、自分で驚く。
でも止まらない。
「ここ、やばい」
手錠を引く。
ガチャ、と音がする。
外れない。
「くそ、」
足のチェーンも引く。
短い。
動けない。
「……っ」
焦りが強くなる。
視界が揺れる。
「夕、おかしい」
「優しいけど、なんか、違う」
「俺、閉じ込められてる」
はっきり、認識する。
その瞬間——
ガチャ、
ドアの鍵が開く音。
「っ、」
全身が凍る。
足音。
近づいてくる。
「ただいま」
いつも通りの声。
優しい声。
でも今は——
怖い。
「……ゆう、」
思わず、後ずさる。
でもチェーンがそれを止める。
夕が、部屋に入ってくる。
その瞬間、
空気が、変わる。
「……あれ」
夕の視線が、風を捉える。
一瞬で理解する。
「戻ってるね」
小さく呟く。
「……来ないで」
風が言う。
はっきりと。
さっきまでとは違う声。
「近づかないで」
夕が、少しだけ目を細める。
でも、止まらない。
ゆっくり歩み寄る。
「やだなぁ」
優しく笑う。
「どうしたの?」
「……触んな」
震える声。
でも、拒絶ははっきりしてる。
その言葉に、
夕の表情が、ほんの少しだけ歪む。
「……そっか」
ぽつりと呟く。
「、そこまで戻ったんだ」
「……なに、それ」
夕は答えない。
ただ、ベッドの前まで来て——
しゃがむ。
風の視線と同じ高さ。
「ねぇ、風」
静かな声。
「前、なんて言ったか覚えてる?」
「……知らない」
「言ったよね」
夕の指が、風の顎に触れる。
逃げられない。
「“また変なこと言い出したら、もっとちゃんと繋いでね”」
「って」
「……っ」
その言葉。
頭の奥で、何かが引っかかる。
「……言ってない」
「言ったよ」
即答。
迷いなく。
「俺にお願いした」
「……嘘」
「じゃあなんで」
夕が、少しだけ顔を近づける。
「こんなに大人しく繋がれてたの?」
「……」
言葉が詰まる。
「風、自分で望んだんだよ」
「安心するからって」
優しく、でも逃げ場なく追い詰める。
「……っ、違う」
「違わない」
被せる。
少しだけ強く。
「だから」
夕が、ゆっくり立ち上がる。
「約束守らないとね」
カチャ、と音。
新しい鍵。
もう一段階、重い拘束具。
「やめろ、夕——」
「だって」
夕が、少しだけ寂しそうに笑う。
「風が望んだんでしょ?」
その一言。
逃げ場を完全に塞ぐ。
「俺は、ちゃんと応えるよ」
手首に、もう一つの拘束。
カチ、と重い音。
さっきより、明らかに動けない。
足も、さらに短く。
もう、ベッドから、動けない。
「っ、やだ、やめろ……!」
もがく。
でも意味がない。
「ほら」
夕が、そっと頬に触れる。
「怖いでしょ?」
「……っ」
「外に出たら、もっと怖いよ」
耳元で、囁く。
「俺がいないと、無理でしょ」
その言葉が、
じわじわと染み込む。
「……」
呼吸が乱れる。
思考が揺れる。
さっきまでの“逃げなきゃ”が、
少しずつ、崩れる。
「ねぇ」
夕が、優しく撫でる。
いつものリズムで。
「どっちがいい?」
「……」
「外で一人で怖い思いするのと」
「ここで、俺といるの」
「……」
答えは、分かってる。
選ばされてる。
でも——
「……ここ、」
小さく呟く。
「ここが、いい……」
夕が、満足そうに微笑む。
「でしょ?」
「……うん」
涙が少し滲む。
でも、それすら拭われる。
「大丈夫」
「ちゃんと繋いだ」
「もう逃げようなんて思わないよ」
その言葉が、
ゆっくりと、頭の中に沈んでいく。
さっきの恐怖も、
違和感も、
全部、
また、薄れていく。
「……ゆう」
「なに?」
「……ありがとう」
その言葉は、
少し震えていて、
でも確かに、依存していた。
夕が、優しく笑う。
「うん」
「いい子」
その日から、
風の“自由”は、
前より少しだけ、
狭くなった。
——そして、
その理由を、
風はもう、疑わなかった。
「やっぱり…ちょっと、緩くしよっか」
「もう戻ったもんね」
拘束を緩める。
ーーー
それから、2週間。
カチ、と小さな音。
風は、ゆっくり手首をひねる。
「……」
外れる。
あっさりと。
手錠は、もうほとんど意味をなしていなかった。
「……外れた」
ぽつりと呟く。
驚きよりも、静かな確信。
足首のチェーンも、同じ。
少し引けば、するりと抜ける。
「……」
しばらく、そのまま座っている。
逃げようと思えば、今すぐ動けるのに。
(……なんで、動かない)
胸の奥が、ざわつく。
前みたいな“違和感”じゃない。
もっとはっきりしたもの。
「……夕、いない」
部屋を見渡す。
静か。
いつも隣にいるはずの気配がない。
「……今、なら」
その言葉が、すとんと落ちる。
同時に、心臓が大きく鳴る。
ドク、ドク、と。
「……逃げれる」
立ち上がる。
足が少しふらつく。
でも、止まらない。
一歩。
また一歩。
ドアの前まで行く。
手を伸ばす。
「……」
ノブに触れる。
冷たい。
(開けたら——)
一瞬、夕の顔が浮かぶ。
“外は危ないよ”
“俺が守る”
頭の中に、いくつも声がよぎる。
「……っ」
首を振る。
「違う」
はっきり言う。
自分に。
「俺、閉じ込められてる」
その言葉が、今回は消えない。
「……逃げる」
決める。
ノブを、回す。
ガチャ、
鍵は、開いている。
ドアが、ゆっくり開く。
廊下。
静かで、暗い。
でも——
(怖く、ない)
前よりも、はっきり見える。
床の擦れた跡。
壁の古い傷。
全部、現実。
「……行ける」
一歩、外に出る。
その瞬間、
少しだけ空気が変わる。
自由。
ほんのわずかだけど、
確かに“外”の感覚。
「……」
振り返らない。
そのまま進む。
足音が、廊下に響く。
「……っ」
呼吸が速くなる。
でも、止まらない。
玄関の前に立つ。
(これ…、開ければ)
外。
自由になる。
そう思って、玄関の扉を開けた瞬間——
目の前に、人がいた。
「っ、」