テラーノベル
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開いたままのドア。
その向こう。
「……あれ」
立っている。
葉月夕が。
買い出しに行ったはずの、夕が。
「風」
いつもと同じ声。
でも——
どこか低い。
「なにしてるの?」
「……」
言葉が出ない。
喉が張り付く。
「こっち、外だけど」
一歩、夕が踏み出す。
ゆっくり。
逃げる隙を与えない速度で。
「……っ」
風は、後ずさる。
でも廊下は狭い。
逃げ場がない。
「……風なら、逃げないと思ってたんだけどな」
ぽつりと呟く。
少しだけ残念そうに。
「いい子にしてたから」
「……」
心臓が、嫌な音を立てる。
「……来るな」
絞り出す声。
震えている。
でも、はっきり拒絶。
夕は止まらない。
「ねぇ、風」
優しく笑う。
「なんで外出ようとしたの?」
「……逃げるため」
はっきり言う。
今度は、ちゃんと。
「ここ、おかしいから」
その言葉。
数秒、沈黙。
夕の表情が、すっと消える。
「……そっか」
静かな声。
「また、そこまで戻ったんだ」
「何回目かな」
「……は?」
理解が追いつかない。
「まぁいいや」
夕はすぐに切り替える。
にこ、と笑って。
「じゃあさ」
もう、目の前。
手が届く距離。
「約束、守らないとね」
「……っ」
その言葉で、
一瞬だけ動きが止まる。
——“また変なこと言い出したら、もっとちゃんと繋いでね”
頭の奥で、響く。
「違う、あれは——」
言い切る前に、
ぐい、と腕を掴まれる。
強い力。
逃げられない。
「遅いよ」
夕が、少しだけ笑う。
「もう一回言うけど」
顔が近い。
逃げ場がない。
「風が望んだんだよ」
「……っ」
抵抗する。
でも、力が違う。
引きずられるように、部屋へ戻される。
ドアが閉まる。
カチ、と重い鍵。
「やめろ、夕、離せ——」
「だめ」
被せる。
はっきりと。
「今回は、本気で逃げたでしょ」
その一言で、
空気が完全に変わる。
「……」
夕の目が、冷たい。
初めて見るくらいに。
「だから」
ゆっくり、拘束具を取り出す。
49
前よりも、重くて、強いもの。
「ちゃんとするね」
「……やめろ……!」
もがく。
でも意味がない。
手首に、カチ、と重い音。
二重に固定。
足も、さらに短く。
ほとんど動けない。
「……っ、やだ、いやだ……!」
「ほら」
夕が、静かに言う。
「怖かったでしょ?」
「……っ」
「外、出たらこうなる」
「違う……!」
「違わない」
即答。
「実際、俺いなかったらどうしてたの?」
逃げ場のない問い。
「……」
言葉が出ない。
「誰も助けてくれないよ」
「外は、そういう場所」
ゆっくり、刷り込むように。
「だから」
頬に触れる。
優しく。
でも、逃げられない。
「ここにいよ」
「……」
呼吸が乱れる。
思考が、崩れていく。
さっきまでの“逃げる”が、
少しずつ遠くなる。
「ねぇ、風」
「……」
「もう一回、言って」
優しく促す。
でも、強制。
「ここがいい、って」
「……」
抵抗したいのに、
言葉が出てくる。
勝手に。
「……ここ、が……いい」
夕が、満足そうに笑う。
「でしょ?」
「……うん……」
涙が落ちる。
でも止まらない。
「外、怖いもんね」
「……こわ、い……」
さっきまで違ったはずなのに。
もう、分からない。
「いい子」
頭を撫でる。
何度も、何度も。
「今度こそ」
静かに囁く。
「絶対、逃がさないから」
その言葉が、
優しくて、
決定的だった。
次の日。
部屋は、いつも通り静かだった。
「……ゆう」
風が、ベッドの上で小さく声をかける。
「なに?」
すぐに返ってくる声。
近い。
ずっと近くにいる。
「……おはよ」
少しだけ笑う。
柔らかく。
何もなかったみたいに。
「おはよ」
夕も、同じように笑う。
いつも通りの空気。
「……昨日、ごめん」
風が目を伏せる。
「ちょっと変だった」
「うん」
「もう、大丈夫」
ゆっくり顔を上げる。
ちゃんとした目。
迷いのない、落ち着いた顔。
「ここにいる」
「夕と」
完璧な答え。
“正解”みたいな言葉。
「……」
夕は、何も言わない。
ただ、じっと見てる。
「……ほんとだよ?」
風が、少しだけ首を傾げる。
「もう変なこと言わない」
「……そっか」
夕が、ぽつりと呟く。
そのまま、ゆっくり立ち上がる。
「じゃあさ」
机の引き出しに手をかける。
カチャ、と音。
「証明して?」
「……え?」
振り返った夕の手にあるものを見て、
風の表情が、一瞬だけ固まる。
「それ……」
見覚えがある。
見たくなかったやつ。
「うん」
さらっと頷く。
「これなら安心でしょ」
ベッドに近づいてくる。
「待って、夕」
反射的に、少し体を引く。
でもすぐに、作り直す。
「あ、いや……別に、いいけど」
「……」
夕の目が、細くなる。
「嫌いだよね、これ」
静かに言う。
逃げ場をなくす言い方。
「……そんなことないよ」
笑う。
少しだけ無理に。
「平気」
「ふーん」
夕は、それ以上何も言わない。
ただ、手首を取る。
カチ、と音。
ベッドのフレームに固定される。
もう片方も。
足も。
順番に。
丁寧に。
逃げられない形に。
「……っ」
ほんの一瞬だけ、息が詰まる。
でも、
「……大丈夫」
自分で言う。
「夕、…いるし」
「……」
最後の拘束が閉まる。
完全固定。
身動きが取れない。
「ほら」
夕が、ベッドの横に座る。
「安心でしょ?」
「……うん」
即答。
少しだけ笑う。
「安心する」
その言葉。
数秒、沈黙。
「……そっか」
夕が、小さく頷く。
そのまま、
風の顔をじっと見る。
「じゃあさ」
静かな声。
「なんでさっき、ちょっと引いたの?」
「……」
空気が、一気に冷える。
「え、別に——」
「“それ”見た時」
被せる。
「一瞬、顔変わったよ」
逃げ道がない。
「……気のせいだよ」
「気のせいじゃない」
即答。
「ずっと見てるから分かる」
「……」
喉が詰まる。
「ねぇ、風」
夕が、少しだけ顔を近づける。
「どっち?」
優しい声。
でも、選択はない。
「まだ、戻ってない?」
「それとも」
指が、頬に触れる。
ゆっくりなぞる。
「演じてる?」
「……」
2つ、選択肢が出されたはずなのに、実質、一つ。
心臓が、強く鳴る。
ドク、ドク、と。
「……なんのこと?」
とぼける。
最後の抵抗。
夕は、少しだけ笑う。
「そっか」
あっさり引く。
「じゃあ、いいや」
「……」
一瞬、拍子抜けする。
でも次の言葉で、凍る。
「じゃあ、このままでいいね」
「え……?」
「だって安心なんでしょ?」
にこ、と笑う。
「外も行かないし、変なことも言わないし」
「……」
「じゃあ、ずっとこれでいい」
さらっと言う。
まるで当然みたいに。
「……待って、それは——」
思わず声が出る。
その瞬間、
夕の目が、わずかに鋭くなる。
「ほら」
静かに言う。
「今、嫌そうだった」
「……っ」
言葉が詰まる。
「やっぱり、戻ってないじゃん」
「……違う」
「違わない」
被せる。
でも怒鳴らない。
静かに、確実に追い詰める。
「ねぇ」
夕が、ゆっくり撫でる。
いつもの優しい手つき。
でも意味が違う。
「どっちにする?」
「……」
「自分で言う?」
「それとも」
少しだけ微笑む。
「俺がもう一回堕とそっか?」
「……っ」
逃げられない。
体も、言葉も。
「俺、待てるよ」
さらっと言う。
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