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「今日はねー…、ここの掃除しをしよっかな!」
涼ちゃんが光の粒が漂う、崩れた石段と、見上げるほどにそびえたつ塔のようなものを指さした。
「毎日ちょっとずつ掃除していってるんだけどね、なにしろ広いからさあ、すぐたまっちゃって全然綺麗になった気しないんだよ。」
涼ちゃんはそう言うと、崩れた柱の間に散らばる光の粒を、撫でるようにそっと手で集めた。光は触れるとふわりと揺れ、まるで生きているように涼ちゃんの手のひらに寄り添う。
「これが掃除?」
「うん。この光の欠片は魂の残り香みたいなものでね、溜まっていっちゃうといつかこれでアトランティスが埋まっちゃうから。仕方ないけど集めなきゃいけないんだ。」
自分も真似して光の粒を拾ってみる。指先に触れた瞬間ひんやりとした感触が走り、胸の奥が少しだけ締めつけられた。
「…なんか、悲しい感じがするね、」
「誰かが、置いていったものだからね。誰かの悲しみが入ってしまってるんだろうね。」
ぼんやりと光を放つ欠片たちが、星のように美しくて、落ちた涙のように儚かった。
「…なにか、感じ取っちゃった?」
「…ううん、大丈夫。ちょっと見とれてただけ。」
「そっか…、じゃあこのへんのを集めていこっか。手でなでるだけで大体集まっていくから。しんどくなったらいつでも言ってね。」
言われた通りに、撫でるように手を動かしていくと、光の粒がひとりでに集まっていき、大きな光になった。
綿のような新しい感触を楽しみながら、吸い付くように集まっていく光が面白くて、夢中になって手を動かしていった。
「あはは!元貴ぴっかぴか!」
涼ちゃんの声にふと我に返り自分の体を見ると、固まって大きくなった光が何個か体に引っ付いていてどれもまばゆい光を発している。まるで太陽のような自分の見た目に思わずふき出した。
「あーおもしろ、これぐらいで終わっとこっか、めっちゃ集まったし。ありがとね、元貴。いつもと全然違ってた。めっちゃ楽しくなったよ。最後に僕のとも合わせて全部くっつけちゃおっか。」
涼ちゃんの言葉一つ一つがこそばゆい。涼ちゃんが俺の体についた光の玉を取ってくれている間も恥ずかしいような、少しだけ触れた部分が異様に熱いような、そんな気がした。
二人分の光を集めると、それは近くで見れないほどに強い光となり、神殿を照らすようになった。それを涼ちゃんと二人、抱えながら歩いて行った。
「ここにね、お供えするんだよ。」
少しだけ体にたまる疲れを感じながら、涼ちゃんが指さす方を見上げる。
青白い光が渦を巻き、まるで海そのものが呼吸しているような場所。
昨日涼ちゃんとともに来た、水の渦が立ち上る、アトランティスの最奥だった。
涼ちゃんがその渦の中に光の玉を入れると、水はまるで生き物のようにその光を飲み込み、瞬く間に消えてしまった。
涼ちゃんが顔を上げてこちらを振り返り、ゆっくりと口を開いた。
「昨日は言えなかったんだけどね、…ひとつだけ、話しておかなきゃいけないことがあるんだ。聞いてくれる…?」
その声は昨日と同じように、柔らかさの奥に深い影を落としていて怖くなってしまった。それでも聞きたくて、涼ちゃんの痛みが少しでも分かりたくて、静かにうなずいた。
立ち込める水柱がゆっくりと上っていく音が静寂を包み、際立たせていた。
「元貴、…元貴はここに一つ、一番大切なものを置いてかなくちゃいけない。ここに来る人はみんなそうなの。そうしなきゃ先に進めない。
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地上で亡くなった人は、燃やされたり、埋められたりして供養されるでしょ?海に還るには、そうしなくちゃいけないんだよ。」
穏やかなその言葉に、やっと自分は死んだという実感が急にわいてきて胸の奥がざわついた。
「大切なもの…?」
「形はなんでもいい。思い出でも、願いでも、誰かへの想いでも。でもね…本当に手放したくないものじゃないといけない。」
大切なもの、その言葉に体が震える。普通は何個か思い浮かぶもんなんだろうか、何一つとして出てこない自分が恐ろしく思えた。
「…俺に、そんなもの、あるのかな…」
「…あるよ。誰しも必ずあるんだよ。でもね…見つけるのは、とっても苦しいことだ。ここにいる間に一緒に探そう、時間はいくらでもあるんだから。ゆっくりでいいんだよ。そのための案内役だからね。」
涼ちゃんの言葉がふわりと浮いて届いた。優しい口調が嬉しくて、でもいつか終わるこの時間が不安で堪らなくて、押しつぶされそうだった。
あれからまた幾日か経ってしまった。思い返せど思い返せど≪大切なもの≫は見つからず、海の流れと同じようにゆっくりと穏やかに時間だけが過ぎていった。
家族もいる。裕福じゃあないけど貧乏でもない。まあまあ仲のいい友人がいて、学校にも行かせてもらって、一瞬だけだったけど恋人だっていた。世間一般的に言ったら幸せな人間。
でも夢はなかった。誇れるものもなかった。誰かに強く求められたこともなかった。全部普通で、手放そうと思ったら手放せる。ちょっと惜しい気もするけど。
俺は人でなしだろうか。普通に愛してもらってきたのに、足りなくなってしまう。人が好きなのに、不安で上手く信じることができなくて、結局壁を作ってしまう。
胸が苦しくなり、崩れた石段に座り込んだ。深海の静寂が、逆に心を締めつける。生きていた頃の記憶が、波のように押し寄せてきた。
家族の前で笑えなくなってしまった日、唯一の友達に友達ができて不安になった夜、そんなに好きでもなかったはずの恋人に別れようといわれてなんでか傷ついたけど、何日かしたら綺麗に忘れてたこと、なんでかずっと息がしずらかった時。
やっぱり置いていけるほどのものなんて持ってない。もともと全部捨てようと思って飛び込んでるんだから。こんな自分が嫌いだったから。
「…元貴?いる?」
涼ちゃんの声が神殿に響き、広がった。沈んでいた思考が浮上する。適当に返事をしながら立ち上がり、声のほうへ歩いていくと、笛を手にした涼ちゃんが立っていた。
「あ、元貴。今から笛吹くんだけど歌ってくれない?」
数日前、涼ちゃんの笛の音色を聞いているうちに無意識に口ずさんでいたようで、最後は二人で盛り上がって一つの曲になってしまった。涼ちゃんは歌声をひどく褒めてくれて、それから毎日のように二人でセッションのように音を重ねていた。
涼ちゃんの、海の揺らぎを突き抜けるような銀の響きに自分の音が交わり、広がり、とけていく。やわやわと漂うように心地よくて、どうしようもなく愛おしい時間。
お互いに目で合図をしあいながら、一緒に息を吸い込んで、大事に大事に、一つ音を浮かべていく。
この時間が永遠に続けばいいのに。このアトランティスのように、海の底で、ひっそりと穏やかに時間が過ぎていけばいいのに。あなたとともにいれたらいいのに。
こんなに幸せなのにずっと胸に穴が空いているみたいなんだよ。なにかを大切にしまっておきたいのに、それが見つからなくてからっぽのまま。ねえ、涼ちゃん。俺大切なもの、見つけらんないかもしれない。だって何にもないんだもん。どれもこれも俺の芯まで触れてはくれないんだもん。このまま涼ちゃんとずっと一緒にいたほうがいい。そうしたい。
胸の奥がじんと痛む。それは深海の冷たさとは違う、もっと鋭い痛みだった。