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駅前広場の喧騒を抜け、五人は再び住宅街へと続く静かな道に入った。
手元のクレープはもうほとんどなくなっている。泉の頬には、さっき陸の指が触れた場所が、まだ熱を持っているような錯覚が残っていた。
「あー、食った食った! やっぱり疲れた時は甘いもんに限るな」
陸は空になった紙包みを丸めると、ゴミ箱に放り投げる真似をして快活に笑った。
彼はもう、さっき泉の頬を拭ったことなんて忘れているに違いない。陸にとって、あの距離感は「普通」なのだ。誰に対しても等しく、太陽のように。
「……本当、陸くんは無神経ね。泉、顔がまだ赤いよ?」
紗良が心配そうに泉の顔を覗き込む。
「えっ、あ、ううん! ちょっと暑いだけだよ、今日は……」
「そうかなぁ……? 瞬、どう思う?」
話を振られた瞬は、自分のクレープを丁寧に食べ終え、口元をハンカチで拭った。
「……陸のあの性格は、時として罪深いってことじゃないかな。本人は何も考えていないからこそ、タチが悪い」
「なっ、瞬! お前、さらっと酷いこと言うなよ!」
陸が笑いながら瞬の肩を小突く。
瞬は眼鏡の奥の瞳をわずかに細め、紗良にだけ聞こえるような声で付け加えた。
「……でも、君がそれを心配して、ずっと泉ちゃんの隣を離れないのは、いいことだと思うよ」
「……べ、別に。私が一緒にいたいだけよ」
紗良はふいっと視線を逸らしたが、その耳たぶが少しだけ赤くなっている。
瞬はそれを指摘することなく、ただ彼女の歩幅に合わせて、静かに横を歩き続けた。二人の間には、派手な火花こそないが、お互いの存在を当然のものとして受け入れる、確かな温度が流れていた。
「……おい、茅野」
不意に、後ろから低い声がした。
振り返ると、優が少し離れたところを、不機嫌そうに歩いている。
「あ、優くん。……クレープ、美味しかった?」
「……甘すぎた。俺には向いてねぇ」
優はそう吐き捨てると、泉の横に並び、前を歩く陸の背中に視線を向けた。
「……あいつは、ああいう奴だ。誰に対してもああなんだよ。……勘違いして振り回されるだけ無駄だぞ」
その言葉は、泉を突き放すようでいて、どこか「深入りするな」という忠告のようにも聞こえた。
優は、泉が陸に向ける視線の熱に気づいている。そして、それが陸に届かないことも、陸が無意識に誰かを傷つけてしまうことも。
「……わかってるよ。陸くんは、みんなに優しいから」
泉が小さく微笑む。その笑顔には、自嘲のような、少しだけ寂しげな色が混じっていた。
「……、……ならいいけどよ」
優はそれ以上何も言わず、またポケットに手を突っ込んだ。
彼自身、なぜ自分がこんなことを泉に言ったのか、その理由を測りかねていた。
ただ、さっき陸が泉の頬に触れた瞬間、胸の奥でチリッとした不快な火花が散ったことだけは、認めたくなかった。
陸は、前を向いて笑い続ける。
泉は、その背中を追いながら、自分の心の形を確かめている。
優は、そんな二人を、苦い表情で見つめ続ける。
踏切の警報機が鳴り響き、五人の足が止まった。
遮断機が下りるその短い間、誰も口を開かなかった。