テラーノベル
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5時。夜の終わりを告げる薄明かりが、街を灰色に染め始めていた。
コンビニを辞めてから歩き続けていた二人は、休憩のために小さな公園へと立ち寄った。
ベンチに腰を下ろし、アホライダーは太いタバコ、火野は細いタバコを、儀式のように同時にくゆらせる。
公園の広場では、数人のボランティアが炊き出しの準備を始めていた。
「あら……。こんな時間に、なんてお気の毒な姿」
一人のボランティアの中年女性が、二人を見つけるなり駆け寄ってきた。その瞳には、救済の喜びに燃える特有の光が宿っている。
彼女はアホライダーの銀色の仮面と赤い複眼を直視せず、ただ「可哀想な弱者」としてカテゴリー分けした。
「さあ、これ。温かいスープよ。あなたみたいな人には、今これが必要なの。遠慮しないで」
「いらん……私は、食事ができない」
アホライダーが無機質に断るが、女性は聞く耳を持たない。
「いいから! 栄養を摂らなきゃダメよ。ほら、口を開けて!」
強引に押し付けられた紙コップから、熱いスープがアホライダーの樹脂製の口を伝い、地面へとこぼれ落ちた。
「あ……!」
女性の顔が、一瞬で怒りに歪む。
「なんてことするの! 食べ物を粗末にするなんて、せっかくの親切を何だと思ってるの!? あなたみたいな常識のない人がいるから、世の中が……」
捲し立てる説教をよそに、アホライダーはボケーっと白み始めた空を見上げていた。
「……雲が、流れているな。」
「ちょっと、聞いてるの!?」
反応のないアホライダーに痺れを切らした女性は、隣で冷たくタバコを吹かしている火野に矛先を向けた。
「あなたもよ! こんな連れと一緒にいて恥ずかしくないの!?」
火野は灰を落とし、氷のような視線で女性を射抜いた。
「……あんた、いい加減にしなよ。それは私たちを助けたいんじゃなくて、人を助けてる自分を愛したいだけでしょ。中身のない善意なんて吐き気がする」
「な、なんですって……!? 失礼ね、大体こんな場所でタバコを吸うなんて非常識よ! 公園は禁煙よ!」
女性は論点をすり替え、顔を真っ赤にして叫ぶ。
アホライダーが無言のまま、すぐ横に設置された灰皿と、古びた『喫煙可』の看板を指差した。
ぐうの音も出なくなった女性は、震える手でスマートフォンを取り出した。
「あ、そう! 録画してやるわ! この不審者がボランティアを襲って、食べ物を踏みにじったってSNSに流してやるから! 世間に晒されなさい!」
レンズを向けられた火野が、ポケットから自分のスマホを取り出し、画面を無造作に見せた。
「……残念。最初から全部録音してる。あんたがスープを無理やりこぼさせた証拠もね。拡散、やってみる?」
「……っ!」
逃げようとした女性の前に、炊き出しを待っていた一人のホームレスが立ちふさがった。
「奥さん……。いつも食わせてもらって感謝してるがな、あんたのそれは、やっぱりズレてるよ」
その一言が、女性のプライドを粉砕した。
「……もういいわよ! どいつもこいつも、恩知らずばっかり!」
女性は激昂し、足元にあった炊き出しの鍋を蹴り倒した。中身のスープが地面にぶちまけられる中、彼女は喚き散らしながら公園を走り去っていった。
静まり返った公園で、ホームレスたちが力なく頭を下げる。
「……すまねえな、あんたたち。あの人も、悪い人じゃねえんだが……」
アホライダーは、汚れた地面と、去っていった女性の背中を交互に見つめた。
「……優しさ。それは、自分を愛するための鏡。鏡が割れれば、中から獣が出てくるのか」
火野は新しいタバコに火をつけ、アホライダーの隣に座り直した。
「……さあね。少なくとも、あんたのあのボケーっとした顔は、鏡を叩き割るには十分だったみたいだけど」
二人の間に流れるのは、朝の冷気と、混ざり合う二種類の煙。
「……行くか」
「そうね。腹立たしい朝…」
二人は再び、目的地のない歩みを始めた。朝日はまだ、彼らの影を長く、淡く引きずっている。
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