あま 様より、二重帝国×ドイツ帝国
※嘔吐描写あり
ドイツ第二帝国。
彼はオーストリア=ハンガリー帝国にとって特別な国であり、かけがえのない存在である。
1914年、二重帝国から始めたような戦に同盟国として戦ってくれ、
1918年、アメリカに手を出し反撃されたことで共に負けたかの国。
そう、負けたのである。
無敵に思えたドイツ帝国でさえ、勝つことができなかった。
それまでのドイツはほとんど無敗。
簡潔に言えば、調子に乗っていたら潰されたのだ。
さて、そんな中央同盟の2人だが、ドイツ帝国は過去の栄光が失われたと錯覚するほど落ちぶれていた。
ヴェルサイユ条約によって植民地や海外領土、本土の一部を奪い取られ、軍事力もかなりの制限がかかり、正式な賠償金が決まるまでの仮として200億マルクの支払いを義務付けられ…あまりに重い戦争責任を、その身に背負わされたのである。
領土も、力も、金も、威厳も、地位も、何もかもを失ったドイツ帝国を気にかけたのは、二重帝国ただ1人。
彼もまた崩壊した身であるが、それはあくまで不死性を失っただけだ。
次に死ねば命が潰える。
つまりは、普通の生き物と遜色ない。
「…もう、またお酒を飲みましたね?しかも、こんなにたくさん!」
そのはずなのだが…ドイツ帝国は、国として役目を失って以来この調子なのだ。
毎日毎日飽きずに酒に浸り、呆れ返るほど粗悪なビールでさえ口にする。
「…きもちわるい…」
「そりゃあそうでしょうね!はぁ…いつまで二日酔いになれば気が済むのですか?ほら、ここで吐いちゃだめですよ。せめて袋とか…」
「ゔっ…むり、うごけ、ない…」
風味も何もないビールやら何やらを真っ昼間から深夜寝落ちするまで飲み続けていれば、いくら酒に強くとも当然体調を崩す。
「さわ、るな…」
「ご自分のお部屋で吐きたいのなら、どうぞご勝手に。ですが、掃除するのはあなたのご家族ですよ」
「…」
青白い顔で今にも嘔吐しそうなドイツ帝国を抱え上げ、二重帝国は慣れた手つきで袋を取り出す。
「ドイツさん。吐くならここに吐いてください」
「ん…ッぅ、ぐ… 」
袋を持ってへにゃりと座り込み、胃の中のものを吐き出そうとえずくドイツ帝国。
なんて情けない、今にも死んでしまいそうなほど弱々しい姿だ。
大勢を統治し、指揮し、あんなにかっこよかったドイツ帝国とは全く思えなかった。
「…吐けませんか?」
「うるさい…」
「吐けないなら素直に言ってくださいよ、いつも手伝ってあげているでしょう」
「いらない…」
「ずっと気持ち悪くて苦しいままですよ」
「別にいい……おい、さわるな…」
顔色の悪いドイツ帝国の側に寄り、二重帝国は袖を捲り上げて手袋を外す。
「しっかり袋を持っていてくださいね、失礼します」
「ゔッ…!お゛、ぇゔッ」
片手で頭を押さえ、もう片方の手でドイツ帝国の口へ指を突っ込む。
そのまま喉奥を刺激し、苦しそうに声を漏らすドイツ帝国が吐けるように手伝った。
「ッぐ、ぅ、お゛えぇッ!うッ、げぼッ…はッ…あ…ごぼッ…!は、はぁッ…はぁ…」
一瞬目を見開いて全身に力を込め、次にびちゃびちゃと液状の吐瀉物がドイツ帝国の小さな口から溢れる。
なんとか息を落ち着かせているドイツ帝国に対し、右手を吐瀉物で汚した二重帝国は囁いた。
「上手上手、いいこですね」
嘔吐して苦しいはずなのに。
どこかがきゅんとおかしな反応をした。
不可思議な感覚に少し困惑しながらも、言われた通り袋の中に吐いたドイツ帝国。
しかし、鼻をつく饐えた臭いがまた吐き気を誘う。
「ッ…うぇッ…ぇお゛ッ、ごぷッ…ふーッ…ふーッ…ぁ…」
またびちゃびちゃと汚い音が鼓膜をつく。
ドイツ帝国は生理的な涙で長いまつ毛を濡らし、口周りを汚したままぐったりと二重帝国に寄りかかった。
胃の中が突然空っぽになり、痛みにも似た空腹感がまた気持ち悪い。
「よしよし、ちゃんと全部吐けましたね、ドイツさんはいいこですね」
ゲロを被った右手を避け、頬擦りするようにドイツ帝国を慰む。
異臭を放つ袋の中だが、内容物は液体ばかりで、固形物はパンのかけらすら見当たらない。
ほとんど胃液であるし、長い時間普通の飲食をサボって飲酒していたことが丸わかりだ。
「ん…つかれた、ベッドに運べ…」
「わかりました。その前に私の手とドイツさんのお口周りを綺麗にしなくてはなりません から、苦しいでしょうけれど、もう少し我慢してくださいね」
「…ふん」
ドイツ帝国の手を取り立ち上がらせ、二重帝国はまだ気分が悪そうなドイツ帝国と洗面所へ向かう。
汚れひとつない洗面台の鏡には、顔色の悪い痩せた男が写っている。
すぐ側に控える二重帝国と違い、見るからに不健康な容貌だ。
かつては凛々しい目つきで自信に満ちた顔をしていたとは思えない。
今となっては、一族の面汚しである。
「さあどうぞ、お顔を洗ってください。うがいもしてくださいね、胃液で喉が荒れてしまいますから」
「わかってる…俺に指図するな」
「では、そう言われるようなことをなさらないでください 」
「……」
正論を言われ、黙って居心地が悪そうに流水で顔を洗い始めたドイツ帝国。
少し睨まれはしたが、今の彼にそうされたところで怖くはない。
にこにこと優しく微笑みながら、二重帝国はそっと自身の手を舐めた。
双方身を綺麗にして部屋に戻ると、ドイツ帝国はそそくさとベッドに倒れ込む。
運べと言っていたが、歩かされたのでそのまま寝入ることにしたらしい。
「ちゃんと布団を掛けてください、風邪を引きますよ」
「…構わん…それより、薬をくれ…頭痛が酷くなってきた…」
「死にたいのか死にたくないのかわからない人ですね…ほら、もう準備していますから、ゆっくり飲んでくださいね」
返事をすることも億劫なのだろう、ドイツ帝国は何も言わずにアスピリンと飲み水を受け取り、ざっと口の中に放り込んだ。
二日酔いのピークは酒を飲んで半日後。
そろそろ本格的に辛くなってくる頃であるので、二重帝国はつきっきりで看病する。
寝ている間に吐いてしまったら、吐瀉物が喉に詰まってしまうかもしれない。
起きた時誰もいなかったら、ドイツ帝国を更に不安定にさせるかもしれない。
頭痛が酷いままだったら、動けなくて長時間苦しませてしまうかもしれない。
あらゆる可能性を加味した上で、二重帝国はドイツ帝国の側から離れることはしなかった。
薬と水を飲んで落ち着いてきたのだろう、何かぐずぐず言っていたが、瞼の重みに負けて美しいルビーを隠していく。
優しく頭を撫で、起こさないようにそっと布団を被せた。
「おやすみなさい、ドイツさん」
恋焦がれた美しさは、どんなに落ちぶれても損なわれていない。
「…まずは、お部屋を片付けませんとね」
酒瓶だらけの汚い部屋を眺め、二重帝国はため息をついた。
以前は生活感のないほど綺麗な部屋だったのに、人はこうも変わるのか。
「ひとーつ、ふたーつ、みーっつ…って、本当にどれだけ飲んでいるんだか。私、1週間前にも来たはずなのですけど。明らかに飲酒量が増えていますね…」
ドイツ帝国は死にたいのだろうか。
彼の世話をするようになってからというもの、その考えが頭の隅から蝕んでくる。
元々ある程度酒を嗜む人ではあった。
だが、こんな身を破滅させるような飲み方をすることはなかったのだ。
どこまでも一緒に行こうとは思っていたが、まさからこんな姿まで見ることになるとは思っていなかった。
「…そのうち立ち直って、元気になってくださればいいのに… まあ、その前に死にそうなくらいお酒を飲んでいますから、私が気を配らなくっちゃ」
掃除も終えて、更なる暇つぶしに本でも読もうと、ドイツ帝国の部屋にある壁一面の大きな本棚から一冊取り出す。
『悪魔の霊液』
それは、エルンスト・テーオドーア・アマデーウス・ホフマンの書いた長編小説であった。
合計二部作であるが、両方揃っている。
これなら、しばしの暇を潰せるに違いない。
「…これもまた、酒をきっかけに堕ちる話でしたかね」
正確に言えば、ドイツ帝国とはまた経緯が違うけれど。
聖者が隠した悪魔の飲み物を、後年に青年僧メダルドゥスがふとした機会に一口飲んで魔力の虜となり、毎夜みだらな夢に苛まれるようになる。
やがて夢に出てくる未知の女性に恋をしたメダルドゥスは、女性を探すため僧院の脱出をしようとしたところ、ローマへの出張を命じられ…
と、そんな内容である。
確かに、ドイツ帝国はこういった話が好きだ。
頭が良いから、考察のしがいがありそうな小説は何でもかんでも収集している。
自分なりに答えを見つけ、もう一度読み返す。
そんな楽しみ方をするらしい。
ミステリー小説なら、全てが判明したのちに隠された伏線なんかを探し出すのだとか。
「…ぅ、あ、や…」
「!」
本に没頭して読み耽っていると、微かにドイツ帝国の呻き声が聞こえた。
ベッドに寄りかかって床に座り込んでいた二重帝国は、すぐに本を閉じて振り返る。
「いか、な、ぃで…」
ドイツ帝国はぎゅうとシーツを握り締め、眉間に皺を寄せていた。
どうやらかなり魘されているようで、苦しげに寝言を呟いている。
行かないで、とは何のことだろう。
既に病死したオスマン帝国か、中央同盟から抜けて寝返ったイタリア王国か、あるいはその両方か。
「…ひ、とり…くる、し…や、ぁ…」
「可哀想なドイツさん…怖い夢を見ているのですね」
小説をテーブルに置き、ベッドの上に乗り上げた。
「貴方は1人ではありませんよ、この私は死んでも貴方と一緒にいますから…」
自分より一回り小さなドイツ帝国の隣に寝転び、 そっと抱きしめる。
アルコールと酸の匂いがした。
ヴェルサイユ条約を結ばれる前までは、薔薇のような香りがしていたのに。
可哀想、なんて可哀想なドイツ帝国。
自分がいなくては掃除も吐くこともなにもできない、ただ酒に溺れてその身を削り苦しんでばかり。
そのくせ無駄なプライドを誇示して、雑魚だのなんだのと罵ってきては、話しかけただけで不機嫌そうに眉を顰める。
でも気にかけてやっているのは、彼の罵る自分ただ1人。
あぁ哀れだ、今の彼を強者と置いてくれるのは自分だけだから。
だから自分を罵って突き放すのに、己は1人が怖くて魘されるだなんて。
可哀想、可哀想、可哀想!
こうやって見下した者にまでそんなことを思われていることも、ものすごく、可愛そうだ。
「…ふふ、なんて可哀想な人なんでしょう…あんな裏切り者より、私を見てくださればいいのに…いじらしくって、愚かで、本当に可愛らしい…」
胸いっぱいにじーんと染み渡るような、感動的なまでの支配欲と保護欲。
なんだか、昔大切にしていたぬいぐるみを思い出す。
父からいただいたうさぎのぬいぐるみ。
うさぎらしい長く垂れた耳と、家紋が刻まれた蝶ネクタイを結んでいたのが特徴だ。
アリスに出てくる白うさぎのような色をしていたけれど、そういえばドイツ帝国にも似ている。
あのぬいぐるみは、確か壊して捨ててしまった。
なぜ壊してしまったのだったか。
大好きな父からの大切なプレゼントだったのに。
「…あぁ、そうだそうだ」
あまりにかわいいから、大切だから。
誰の手にも渡らないよう、汚さないよう、ハサミで切ってしまったんだった。
だって、もし“私の物”でなくなったら嫌なんですもの。
「ぅ…ん…?」
「おや、起きましたかドイツさん」
いくらかマシになった頭痛と、乾く喉。
やたら掠れる声は、近頃毎日嘔吐しているからだろう。
酒に溺れてあらゆるものを飲み続けたが、無駄に頑強な身体は一向に死の兆しを見せない。
勝手に小説を読んでいたらしい二重帝国は、しおりを挟んでこちらへ来る。
「…水」
「はい、こちらに」
何の変哲もないガラスのコップを受け取り、澄んだ水を飲み干す。
乾いた喉は潤っただろうが、焼けるような痛みは継続していた。
「…何時間、寝ていた」
「ざっと5時間ほどです。まだ眠られますか?それとも、お夕飯を戴かれますか?」
「…寝る、お前は帰れ」
聞けば何でも返してくれる二重帝国は、正直便利だ。
どれだけ言動が読まれているのか気になるが、そんなことを考えることすら煩わしい。
「まあ!こんな時間まで寄り添っていた私に、酷い方」
「それはお前の意思だろう…さっさと、この場から去れ」
「でも、お一人では寂しいでしょう?もし泣いてしまっても、私が慰めることはできません。ね、もう少しだけいいでしょう」
「誰がそんな女々しいことを…大体、俺は既に孤独だ。家族にも腫れ物扱いされている、お前だってどうせ、俺の力にしか興味がない」
散々頼り散らしたくせに、コイツが招いたのは敗北の屈辱。
弱いくせに主張は一丁前。
憎きロシアが向こうについたからと言って、関わるべきではなかったのだ。
「なぜそう悲しいことを仰るのですか。少なくとも、私はそんなこと思っていませんよ。貴方が貴方だから付き添うのです」
自分より幾らか背の高い二重帝国は、バレエをするように背後へ回り、不躾にも腰を掴んでくる。
コイツは弱くてバカだから、旧き国となったドイツ帝国にまだ利用価値があるとでも思っているんだろう。
断言するが、そんなものない。
息子に擦り寄る方が、幾らか賢いくらいだ。
「嘘つきな偽善者だな、お前は。…俺の酒はどこだ」
「お元気そうで何よりですけれど、お酒は渡せません。これ以上は本当に体を壊してしまいます」
今はただ死を待つだけの厄介な身であり、だから酒を浴びてさっさと死んでやろうと気遣っているのに。
「だから飲むんだろう、バカめ」
「バカは貴方ですよ、そんなことして何になると?」
「世間が喜ぶさ。特にフランスのやつなんか、笑って新聞を配るだろう。お前だって、俺が消えればこうして媚を売る必要もない。家族は一族の汚点が消え去り、俺の私財を売って生活がマシになる。良いことしかないじゃないか」
そうだ、その通りだ。
人の為に死んでやろうとしているのだ。
もう勇気のないドイツ帝国には、こうしてジワジワと己を苦しめる方法しか取れないだけで。
「…そんなに、私は信用なりませんか?」
「ならないに決まっている。お前ら雑魚どもはいつもそうなんだ!どうせ簡単に俺を裏切るんだろう、あの王国のようにな!」
「そう、ですか…」
二重帝国はドイツ帝国から一歩離れ、悲しそうに眉を下げる。
なぜそんな顔をする、とは聞けなかった。
理由はよくわからなかったけれど、自分のせいだということだけはわかるから。
「そんなに私のことがお嫌いなのでしたら、今日はもう帰ります。お酒は控えてくださいね、それでは」
「ぁ…」
最後まで気を遣ってくれたのは、二重帝国の方だった。
待てと引き止めることも、突き放しきることも、どちらもできない1番の半端者はドイツ帝国だ。
なぜ未練を感じる、なぜ寂しいと思う、なぜ心に傷がつく。
罵ったのはこちらなのに。
傷ついたのはあちらなのに。
「…勝手にしろ」
こんな時まで素直になれないなんて、バカはどちらなんだか。
「……なんでこの俺が、あいつなんかに…」
心を乱されているのか。
一方で、部屋を出た二重帝国は屋敷を出てはいなかった。
「ふふ、泣いてる…♡あのドイツさんが…♡」
あのくらいの言葉、暴言の内にも入らない。
ここで帰ったらどうなるのだろうと思って、咄嗟に演技をした。
そうして部屋を出ただけで、まさかこんな良いものが聞けるとは。
いつものドイツ帝国なら、間違いなく部屋の外に気配があることくらいわかるはずだ。
「弱っててかわいいです…♡」
時折鼻を啜るような音が聞こえ、大の大人がしょうもないことで泣いているのが丸わかり。
「私に見捨てられたら、あの人どうなっちゃうんでしょう…きっと寂しくて寂しくて、今みたいに泣いちゃうんだ…♡」
ロココ調に加工された古めかしいローズウッドのドア越しに、ドイツ帝国が自身の名を呼ぶ声が小さく聞こえる。
「あは…♡ドイツさんったら、私のこと好きすぎですよ…♡」
自分にはとっくにバレているのに、本人はその可愛らしい思いに気がついていないあたり、本当に愛らしい。
明日も来て、少し別れを仄めかしてみよう。
ドイツ帝国は必死になってくれるか、それとも意地っ張りを続けるか…
どちらにしても、こんなかわいい人を捨てる気なんて一切ないのだけど。
駄犬の躾には相応しい飴と鞭だ。
「早く素直になってくださいね、Mein Liebster♡」
コメント
22件
あまり今まで触れてこなかったカプなのですが、やはりサカナウミさんの手にかかればこんなにも魅力的な作品に仕上がるとは…! 二重帝国くんのクレイジーさも、ドイツ帝国くんのやるせなさも可愛いです😭💕
うわ大好き、、、人生狂わされたドイツ帝国と狂わした主因なのにドイツ帝国の介抱して自身の欲求を満たす二重帝国の関係性がどストライク過ぎて、、、 この後もドイツ帝国の擦り減った精神と等価交換で二重帝国が欲を満たしていくと思うと私の中の何かが歪みそうです。もう一回ドイツちゃの喉奥に指突っ込んでニジュチャン、、、
うおおありがとうございます😊創作欲を掻き立てられました だいぶオーストリアみが強いタイプ二重帝国を久しぶりに見ました というかオーハンに別れていない二重帝国を久しぶりに見ました! 読んでいて楽しかったです(問題発言)、ありがとうございました