宿屋に戻って、購入した素材で初級ポーションを作っていく。
ユニークスキル『工程省略<錬金術>』のおかげで、作業時間は1時間も掛からない。
そのため、元の世界で考えると時給10万円を軽く稼げるようになってしまっている。
……そう考えると、末恐ろしいものがあるね。
3時間も働けば、ひと月分のお給料が稼げちゃうよ……。
初級ポーションを50個作ると、私は日を改めてから冒険者ギルドに向かうことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アイナさん、おはようございます!
今日は何のご用でしょうか」
「おはようございます!
初級ポーションを50個、買い取ってもらいたいのですが」
「ありがとうございます。
検品担当者に渡しますが、あの……また全部S+級ですか?」
「はい、すいません。全部……」
今回も全てのポーションを鑑定済みだ。
結果としては、ひとつ残らずS+級だった。
「やっぱりすごいですね……。
買い取り金額は昨日と同じになりますが、大丈夫ですか?」
「大丈夫です!
それじゃ、向こうの扉で待たせて頂きますね」
「あ、すいません……。アイナさんに、別のお願いがあるんですが……。
お時間はありますか?」
うん? お願い、とな?
「時間なら大丈夫ですけど、何でしょう」
「アイナさんは、この街を治めていらっしゃるアルデンヌ伯爵はご存知ですか?」
「いいえ?」
今まで気にしていなかったけど、そういえば貴族というのがいるんだっけ。
「そうですよね、アイナさんは先日この街に来たばかりですし。
アルデンヌ伯爵には一人娘のお嬢様がいらっしゃるのですが、錬金術を学ばれているんです」
「へぇ……。貴族のお嬢様も、錬金術をやるんですね」
貴族の令嬢なんて、社交パーティにドレスを着ていって『オホホホホホ~』なんて言ってるイメージしか湧かない。
あとは優雅に紅茶を飲んでいる、とか?
……いや、偏見なのは分かっているんだけど。
「錬金術の腕もかなりのもので、こちらにも色々と納品してもらっているんです。
稼いだお金は孤児院に寄付していらして、とても立派な方……なんですよ」
貴族の令嬢がアイテムを売ってお金稼ぎ……というのであれば、貴族のメンツが許さないかもしれない。
しかし孤児院に寄付しているとなれば、一気に美談になりそうだ。
「はぁ、立派な方なんですね。
それで、私にお願いとは?」
「そのお嬢様がですね、アイナさんの作ったS+級の初級ポーションをご覧になりまして。
一度お会いしたいと、伝言を頼まれたんです」
「え……?
……あの、会わないとダメですか?」
神様からもらったスキルのおかげで、私は錬金術が得意な状態になっている。
そんな状態で誰かに何かを教えるというのは……正直、勘弁してもらいたいところだ。
「お願いできませんか!?」
ケアリーさんは目を潤ませながら、必死に懇願してくる。
いつもの私ならその勢いに圧されて同意してしまうところだが――
「すいません、お断りさせてください!」
「…………」
ケアリーさんは絶句した。
とても申し訳ない、居た堪れない気持ちが込み上げてくる。
ケアリーさんはしばらく動かなかったが、椅子から立ち上がって、私に近付いて小声で話してきた。
「……ここだけの話、私、あのお嬢様が苦手なんです……。
アイナさんに断られたら、あの、私、また……」
目をさらに潤ませて、再び懇願してくる。
……何だろう?
嫌がらせを受けていたり、辛く当たられていたり、何かされているのかな?
ケアリーさんは受付嬢だから、苦手だからといって話さないわけにもいかないだろうし……。
しばらく涙目で見つめられて、私はもう諦めざるを得なかった。
「……ああもう、分かりました!
でも、会って話して、失望されても知りませんからね!」
少し投げやりな私の返事を聞くと、それでもケアリーさんの表情はパァっと明るくなった。
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!!」
まだ潤んでいる目で、とてもまっすぐな眼差しを私に向けてくる。
「屋敷に呼ぶのも悪いからと、お嬢様がこちらを訪れると仰っていました。
これからお嬢様に使いの者をやりますので、少々お待ち頂けますか?」
私はそれに同意して、そのお嬢様が来るまでは時間を潰すことにした。
エリクサーを除けば、私はまだ初級ポーションしか作ったことがない。
だから他のアイテムも、この機会に調べておこうと思ったのだ。
……調べるとは言っても、陳列されているアイテムをユニークスキル『創造才覚<錬金術>』で確認するだけ。
次に作るアイテムは、順当に中級ポーションや上級ポーションあたりにしようかな?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
冒険者ギルドの中を物色しながら、売っている素材をいろいろと購入する。
せっかくならと奮発して、初級ポーションで稼いだ金貨3枚を全部使ってしまった。
金遣いが荒く見えるかもしれないけど、買った素材でアイテムを作れば稼げるので、無駄になることは無いはずだ。
そんな感じで時間を潰していると、ケアリーさんが高貴な服の少女を伴ってやって来た。
「アイナさん、お待たせしました。
こちらの方が――」
「はじめまして。
ヴィクトリア・ヴァン・イルリーナ・アルデンヌと申します。以後、お見知りおきを」
ケアリーさんの言葉を遮って、お嬢様は私に自己紹介をした。
「ご丁寧にありがとうございます。
私はアイナ・バートランド・クリスティア――」
……そこまで言って、ヴィクトリアの顔をしっかり見る。
そして、すぐに気付く。
私はこの少女を知っていた。
「……あら」
私の違和感を察したのか、ヴィクトリアは眉間に軽くシワを寄せて、不敵に笑う。
そして私に歩み寄り、耳元で静かに囁いた。
「――あなた、生きていたのね」
その言葉に、私の背筋を悪寒が貫いた。
この少女は、先日森で遭遇した魔物使いの少女――
「あなたも錬金術師だったのね。それも凄腕だって言うじゃない。
今日はその話を聞かせてもらいに来たんだけど――
……ねぇ? 私に技術を教える気はあるかしら?」
蔑んだ表情から紡がれる、不穏な言葉。
一方の私は、死の記憶が蘇って固まってしまう。
「わ、私から……教えることなんて――」
強いトラウマに抗おうと声を出すが、どうしても小さな震え声になってしまう。
……何とも情けない話だ。
「まぁ、私に教える気なんて湧かないわよね?
でもね、私に従わないとどうなるか……楽しみにしていなさい?」
冷たい言葉は、明らかな敵意と共に紡がれる。
「……それにしても、あんな怪我をして生きていられるなんてね。
あなたの身体、一体どうなっているのかしら。……気持ち悪い」
汚物に向けるような目を最後に見せると、彼女は冒険者ギルドの出口へと向かっていった。
ケアリーさんは一瞬ぽかんとしていたが、慌ててヴィクトリアを追い掛けていく。
――死の恐怖と、ヴィクトリアの迫力。
私からは何も言えなかった。
不本意ながら、何も言ってやれなかった――
……しかし一瞬後、私はエリクサー<超級>を飲んだときのことを思い出した。
私はあのとき思ったのだ。
なんであんな連中にやられなきゃいけないのか……と。
その思いが咄嗟に、私に鑑定スキルを使わせた。
そう、ヴィクトリアに対して――
──────────────────
【ヴィクトリア・ヴァン・イルリーナ・アルデンヌ】
種族:ヒューマン
年齢:19才
職業:貴族 錬金術師 魔物使い
一般スキル:
・社交術:Lv31
・錬金術:Lv19
・鑑定:Lv11
レアスキル:
・従魔契約:Lv13<アーデルベルト><トルトニス>
・粛清:Lv1
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……宙にウィンドウを出すわけにはいかないので、今回は自分の頭の中で認識するだけに留める。
鑑定結果を一通り確認すると、私はどこか安心してしまった。
ヴィクトリアには恐怖心を抱いているものの、彼女は正体不明の存在ではない。
言ってみれば、ただの人間だ。
そんな当たり前のことが、私を安心させた。
「……ダメだなぁ。
これが恐怖に呑まれるってやつか……」
頭を左右に振って、私は冷静さを取り戻そうと心掛ける。
どうにか落ち着くことが出来たあと、鑑定結果を細かく見ていく。
まずはお得意の錬金術を確認――
……レベルは19!
一人前くらいの実力はあるけど、私よりは遥かに下だ。
何せ、私なんてレベル99だからね。
『貰いものの力だけど!』という思いは残るが、それでも圧倒的に上回っているのだ。
そう考えると、心の負担は一気に軽くなる。
錬金術以外では……社交術がレベル31で、相当高いようだ。
レアスキルは……2つも持っているのか。
魔物を従えるのが『従魔契約』。
2体と契約しているってことは、私を攻撃した狼の魔物以外にもいるということで……。
……それにしてもその下の、『粛清』ってスキルは何なのよ。
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【粛清】
敵対する者を陥れる空気を作る。
実力行使により、私的な裁きを実行する
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……ヴィクトリアにはぴったりのスキルだけど、こんなものも存在するのか……。
異世界って怖い……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらくすると、ケアリーさんが私の元に戻ってきた。
「アイナさん、今日はありがとうございました。
あの、それで……」
「あはは、何だか疲れちゃいましたね」
「は、はい……。あの、えぇっと……」
「はい?」
「……いえ、何でも無いです。
今日は……本当に、ありがとうございました!」
ケアリーさんは何かを言いあぐねたが、大きくおじぎをしてから去っていった。
受付カウンターの中に戻っただけだから、話そうと思えば話せるんだけど――
……はぁ、それにしても精神的にめちゃくちゃ疲れた。
ケアリーさんのこともちょっと心配だけど、私も散々だったよ。
今日は早く帰って、もうのんびりしちゃおうかな……。
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