「雅史、お前もだ。妻と息子を幸せにできない男が、何が浮気だ!お前にかかわったその女もかわいそうに」
「いや、京香はそんな女じゃ……」
「あ?まだ馬鹿なことを言うのか!杏奈さん、こんな男とは別れなさい。慰謝料も養育費もとって、スッキリしなさい、圭太のためにもね」
離婚という言葉が、義父の口から出たことに驚いた。
「待てよ、親父!なんで勝手にそんなこと言うんだよ」
「今日の杏奈さんを見ていればわかるだろうが!圭太の誕生日もお前の誕生日も、きちんと用意してきたのはコレが最後かもしれないという意味だろうが。それくらいも読み取ってやれないのか、この馬鹿息子が!」
その場がしんと静まり返った。
「お父さん、なにもそこまで言わなくても、ね?」
義母がなだめようとする。
「そうだよ、そもそも親父、聞こえていたのに、聞こえないふりをしていたのかよ」
「はん!聞いていなかったんだよ、お前たちの会話が耳に入ると気持ちがザワザワして、精神衛生上よろしくない。いつも誰かの愚痴とつまらん噂話ばかりだろうが」
「そ、そんなことないわよ、ね、雅史」
「あ?あぁ」
「いいから、どうなんだ?道枝、杏奈さんの立場になって考えたことがあるのか?雅史が生まれて間もない頃は、朝起きるのもつらいと家事もできなかっただろうが」
「……」
「雅史、お前も家事育児すべてを杏奈さんに任せてたんだろ?なのに相手をしてくれないだの、たまに流行りのイクメンぶって圭太を遊ばせたら怪我をさせただと?それも女の相手をしてて?客観的に見てみろ、お前は恥ずかしくないのか?」
普段は穏やかでにこにこしている印象しかない義父が、私の言いたかったことを全部言ってくれていることにびっくりした。
「あの、お義父さん、ありがとうございます、私が言いたいことを言ってもらって」
「杏奈さん、すまないね、こんな馬鹿な親子で。杏奈さんはこれまで頑張ってきたんだから、これからは自分と圭太のことを考えなさい」
「はい」
「ちょっと、それは無理だろ?杏奈は専業主婦だから経済力がない、圭太をかかえては生きていけないだろう?」
「そうよ、杏奈さん、ここはまるくおさめて仲直りした方があなたたちのためよ、ね?」
「黙れ!お前たちは杏奈さんにまず言うことがあるだろ?悪いことをしたと思ったらまず謝罪だと、圭太でも知ってるぞ。大の大人が謝るということができないのか!」
「……」
「……」
黙り込む義母と雅史。先に口を開いたのは雅史。
「でっ、でも現実問題として杏奈が圭太を抱えて生きていくのは難しいだろ?」
_____え?なに、それ
パリンと私のココロが割れた音がした。
“ごめんなさい”があるのかと思っていたのに、このセリフはない。
「どうして?なんでそんなことを真っ先に言うの?私のことが好きだからとか圭太が大事だからとか、離婚したくない理由はそれじゃないの?ね!私が経済的に暮らしていけたら、雅史は離婚に応じるってこと?」
「いや、だからそれが無理だからここは元鞘でさ、以前の仲良し3人家族に戻れば済むことじゃん?」
な?と相槌を求めてくる目線まで、いやらしく不潔に感じてしまい、目を逸らした。
「……無理」
「だろ?だから、さ!」
「違う、このままもとの暮らしに戻るなんて無理ってこと。もう雅史のことを受け入れることができない、許すとか許せないとかじゃなく、受け入れられないの、夫として。無理……」
俯いて薬指のリングを外す。
「お願いです、離婚してください。私はもうあなたを夫としてみることはできません、圭太の父親としても認めたくありません」
「なっ!離婚してどうやって暮らしていくんだよ!なんの稼ぎもないくせに!」
「そっ、そうよ、杏奈さん、考え直して。ね、いつかはここで同居しましょうって雅史とも話していたのよ」
「ごめんなさい、無理です。私は妻としても嫁としても失格です。子どもが生まれても夫ときちんと向き合うことができない私の方がきっと、結婚に向いてないんだと思います。これからは圭太の母親として生きたいんです」
「圭太に貧しい暮らしをさせるつもりなのか?仕事もしてないくせに」
「だっ、だから……」
稼ぎがない私のことを、軽んじて見ていることがわかる雅史のセリフに、悲しみと悔しさと憤りとが混ざって唇が震える。
仕事は決まった、正社員じゃないけれど。
そう言おうとした時、また義父が代弁してくれる。
「雅史!潔く離婚に応じろ!払えるだけの慰謝料と養育費を出すんだ、それが夫、父親としてのお前のするべきことだ。圭太と杏奈さんが困らないようにすることがお前の責任だ」
「そんな金、あるわけ……」
雅史のお給料や我が家の貯金のだいたいは、私が把握している。
けれど今は金額の問題じゃない。
_____あえて言うなら私のプライドの問題だ
たった一言、謝ってくれたなら、もしかしたら違う未来を考えることができたかもしれないのに、もう遅い。
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