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ウィルに、ロディア。そしてミアにペトラも、まだムザイのことを仲間と受け入れているわけではなかった。それどころか、フレアが認めてしまった手前、踏み込んだ意見すら言えないのは、むしろ苦痛ですらあった。
しかしその反面、どこかで興味があることも事実だった。自分より格上の冒険者であるムザイは、はたしてどんな狩りをするのだろうか。可能ならば自分の目で見てみたいと思うのが、いち冒険者の本分というものかもしれない。
「ヨソモノの奮闘ぶりを近くで見たくはないか。のけ者にするも、ギクシャクした関係性を続けるも、奴の奮闘ぶりを見てからだって遅くはない。さぁどうする、目撃する勇気はあるか?」
ロディアがゴクリと息を飲んだ。低ランク冒険者にとって、Cランクを超えるような冒険者の狩りを見られる機会など滅多にない。何より強者の狩りを肌で感じられる機会など、普通の冒険者なら望まぬはずがない。
「……見たい。できるなら、今すぐにでも」
ロディアの言葉に、ウィルやミアも同調した。フレアも当然手を挙げたが、ペトラだけは眉をひそめ、渋い表情のままイチルを睨んでいた。
「なんだペトラ。不服そうだな」
「そりゃそうだろ。別に俺は冒険者でもねぇし。どいつもこいつも、わざわざ危険なとこに行きたがるなんてどうかしてるぜ」
「お前は強くなりたいと思わないのか?」
「興味ないね。俺は苦労せず、腹いっぱい飯が食えりゃそれでいい」
「強くなれば、美味い飯も食い放題だぞ。それでも嫌か?」
「ちっ、大人はすぐそうやって話を誤魔化しやがる。俺は金持ちを騙して、奴らからふんだくった金で悠々自適生きてくって決めてんだ。まぁでも、騙すにも多少の強さは必要か。しゃーねぇ、今回だけついてってやるよ」
こうしてイチルは五人を連れて《擬態の森》に入った。フレアやペトラはダンジョンに入ること事態が未経験で、恐さから体の強張りを隠すことができず、心配したウィルとロディアは常に周囲を気にかけていた。
「だ、大丈夫です、何かあれば私たちが絶対に助けますから。で、ですが、可能な限り勝手な行動はお控えください。ですよねお兄様?!」
「そ、そうだねロディア、だ、大丈夫に決まってるじゃないか。で、でもここはCクラスのモンスターが出るんだよね、僕たちだけで大丈夫……、なんだよね?」
「当たり前じゃありませんか。わ、私たちだって日々成長しているんですもの。きっとフレアさんたちだって守ってみせます!」
ロディアの言葉に頷いたフレアの横では、私は誰を頼ればいいのですかと、ミアが瞳を潤和ませ泡を吹きながら震えていた。欠伸をしながら最後尾で眺めていたイチルは、遠足気分かよと呆れていた。
「にしてもよ、全然モンスター襲ってこねぇな。本当に敵なんかいるのかよ?」
振り返ったペトラがイチルに質問した。当然ながら、森の中にはモンスターが腐るほどいる。しかしイチルが透明で全員の姿を隠しており、モンスターの視界に五人の姿が映ることはない。説明が面倒なイチルは、「いないんじゃね」と適当に誤魔化して黙っていた。
「へへ~んだ。モンスターが出てきたところで、このペトラ様がチョチョイのチョイと倒してやるけどな。出てこいモンスターども!」
シュッシュッとパンチのふりをして調子に乗るペトラを横目に、イチルは改めて周囲の様子を探った。妙なほど落ち着き払った森は静寂そのもので、ムザイの所在はなかなか掴めなかった。
「少しは進歩したみたいじゃない。どれ、もうちぃと見晴らしのいい場所へ移動しますか」
事前に目星をつけていた丘の上の巨岩に上ったイチルは、皆をそこに引っ張り上げた。こんな目立つ場所にいたら格好の餌食だと怯えて震える冒険者二人を無視し、フレアとペトラに専用の魔道具を渡したイチルは、改めて集中し、ムザイの居所を探った。
微かな魔力の揺らぎでも、青鱗亀は異変を感じて逃げてしまう。今頃はムザイもその事実に気付いているに違いない。だからこそ、極限まで自分の存在を消し、身を潜めているはずだった。
イチルは目を瞑り、視覚を遮断して周囲の動きのみに感覚を研ぎ澄ます。視覚に頼りすぎれば、微かな動きに惑わされてしまう。風の隙間に流れてくる僅かな音だけを頼り、地面の砂が擦れる中で生まれる微かな違いを感じ取った。
「―― いた」
一行のいる岩から前方約680メートルの位置。
巨木の麓、絡みつくような木の根と同化したムザイは、さらにその先で身を休めている青鱗亀を目標に、息を潜めていた。
「ここからちょうど真っ直ぐ、少し飛び出した樹があるだろ。根本をソイツで覗いてみな、野郎の動きがわかるぞ」
フレアとペトラの耳元で伝えたイチルは、未だ全員の回りをぐるぐる周回しながら警戒しているウィルとロディアを放置したまま、混乱して今にも卒倒しそうなミアを五人の真ん中に座らせた。
「ホントだ、ムザイがいる。それよりこの変な道具、木が透けて見えるんだけど?!」
「マジかよジジイ。なぁこれ俺にくれよ、こんなのあったら色々やりたい放題じゃん!」
「いいから少し黙れ。……動くぞ」
イチルの言葉をきっかけに、ムザイが地面に手を付いた。ここまでは俺と同じアプローチだなと口元を緩めたイチルは、悟られぬように手で隠し、一つ咳払いをした。
「なぁ、アイツさっきから何やってんだ。手ぇ付いたまま全然動かねぇけど……」
「上の赤いボタンを押してみな。奴から出ている微かな魔力の流れが見えるようになる」
二人が言われたとおりボタンを押すと、望遠鏡状の筒の中に映ったムザイの指先から、漏れ出たような赤いスジが動いているのが見えてくる。ペトラは明らかな変化に驚き、「うぉ」と声を漏らした。
「手から何か出てらぁ。あれなんなの?」
「お前は少し黙ってろ。さてフレア、お前はどうみる?」
「……どうだろう。あれから少しだけ青鱗亀について調べてみたけど、もし書かれていたことが本当なら、あれだと少し難しいかなって」
「そうなの?」と首を捻ったペトラと同じタイミングで、パチリと目を開けた青鱗亀が激しく首を振って周囲を警戒した。
こうなってしまうと、相当な手練でもない限り、亀を補足することは難しくなる。舌打ちしたムザイは、手にした紙に小さくバツ印を書き込んだ。どうやら様々なパターンを想定し、一つずつ可能性を試しているようだった。
「正解だ。亀は自分の体に触れた魔力を即座に読み取り反応している。隙をつくつもりならば、奴の体には何があっても絶対に触れちゃならない。ところでフレア、そんな情報をどうやって調べた?」
「お父さんのモンスター図鑑にそう書いてあった。……ふん、犬男には絶対見せてあげないもんね」
べーと舌を出したフレアは、新たな亀探しを始めたムザイの姿をレンズ越しに覗いていた。
地味にこそ見えるが、そこには冒険者の意地やプライドが集約されており、諦めるどころかさらに集中力を増していくムザイの様子に、嫌がっていたペトラまでが次第に口数を減らし、奮闘するムザイの姿にのめり込んでいるようだった。
「な、なぁ犬男。私たちにもそいつを貸してくれないか。理由はわからないが、モンスターも襲ってこないし、ならば私もムザイの姿を見てみたいのだが」
いよいよ業を煮やし、ロディアが話しかけた。適当に「二つしかないから順番な」と手払いしたイチルは、秒ごとに増していくムザイの集中力に、ニヤリと笑みを浮かべた。
「良いじゃない、なかなか良いじゃない。いつでもその集中力を引き出せるようにしておけ、未熟者」
男の怪しげな笑みに、ゾゾと引きつったウィルとロディアが一歩仰け反った。完全に放心状態で気絶してしまったミアは、どうやら遠い眠りについたらしく、白目を剥いたまま動かなくなっていた。
「いけ、……そこだ、オラァ!」
「ああ、惜しい、もう少しでいけたよ!」
子供たちの声援が続く中、数時間が経過していた。いよいよ退屈を持て余したウィルは、崖っぺりでぷらぷら両足を揺らしながら、遠く空を飛ぶ鳥へ向け、何の気無しに凝視を使った。すると意図せずズームされた鳥の姿に驚き、ビクビクビクと仰け反り、思い切り岩に頭を打ち付けた。
「な、なんだこれ?! ぼ、僕の凝視にこんな機能はなかったはず……」
「凝視スキルのレベルが上がったんだろ。というか、なぜ気付かない。普通気付くだろバカ」
「ぼ、僕のことをバカと呼ぶな。そのうちお前のことだって倒してやるんだからな。イマニミテイロ!」
しばし空飛ぶ鳥の姿を嬉しそうに見ていたウィルは、隣でムザイを応援している二人と同じ方向を試しに覗いてみた。すると静かに敵と相対するムザイの姿が見事に映し出された。
「ホヘッ?! 見える、見えるぞ。あの生意気な女の姿が、これでもかってほど鮮明に見えるじゃないか。ははは、おい犬男、僕は貴様の道具などなくとも、自分で見られるんだからな。どうだ、まいったか!」
一瞥もせずバカを無視したイチルは、いよいよ一人になったロディアを意地悪く見つめた。ハラハラしてムザイを見守る他三名の様子に拳を握った彼女は、「私も見たい!」と縋った。
「頭を使ってみろ。そもそもお前、なんのためにソイツら連れてきたんだ?」
振り向いた先には、ロディアがテイムした小型モンスターたちが綺麗に整列していた。中には新たに増えた土蜂や高台蟻の姿もあり、今か今かとロディアの指示を待ち侘びていた。
「そういえば、ビーちゃんやアントちゃんにはどんな能力があるのかしら。説明できる?」
モンスターたちと念話で話したロディアは、思わず「え?」と聞き直した。ロディアは改めてブラックバットを呼び寄せ、ビーに言われたとおり、スプリントラビットの背中に跨がらせた。
「じゃあラビちゃんは、そのまま角を上に向けておいて。ビーちゃん、行っておいで!」
羽音を立てて飛んでいった土蜂は、攻撃が届かないギリギリの範囲でホバリングすると、無数の目でムザイの姿を映像として捉えた。そしてデータを尻尾に付いた針から流し、今度はラビットの角でデータを受信した。
今度は受け取った情報を背中に乗ったバットが視覚情報へと変換し、超音波に乗せて直接ロディアの脳とコンタクトを取ってやる。すると数秒後、脳裏にビーが見ているリアルタイムの映像がくっきりと映し出された。
「え、凄い?! あなたたち、こんな能力があったのね。全然知らなかった……」
えっへんと誇らしげなモンスターたちに小さく拍手したイチルは、ようやくこれで全員揃ったなと頷いた。
日が傾き、夜が近付いていた。ミアを除く面々の身体がムザイの動きと重なり、前のめりに数度傾いた。
どうやら全員が、次の攻防が最後になることを本能的に感じ取っていた。自然と強張る皆の肩にイチルがポンポンと指先をバウンドさせた。
「いよいよタイムリミットだな。お前ら、奴の動きの一挙手一投足を目に焼き付けろ。格上の冒険者がどれほどのものか、自分の目で確かめるんだ」
一番乗り気でなかったペトラが、思わず息を飲んだ。
あれほど喧しかった声援も消え、今はもう固唾を飲んで見守るだけだった。
決着のときが、いよいよ目前に迫っていた――