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──やがてアパートを引き払い、蓮水邸に移り住むことになった。
大型の家具や画材道具等のかさばるものを先に荷物で送らせてもらい、キャリーケースを引き、何度も訪れた邸宅の黒塗りの門の前に立つと、初めてこの家へ来た際のことが鮮明に思い出された。
あの時、ドキドキしながら見上げたこの大きなお家敷に、まさか私自身が住むことになるだなんて思いもしなかった……。
「どうぞ入っていらしてください」
インターホンから初めての訪問時と同じ華さんの声がして、門が横へ滑るように開かれると、改めて感慨深い思いが湧いた。
「よくいらしてくださいましたね。本日より、よろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそです」
玄関で迎えてくれた華さんに頭を下げて、顔を上げると、そこにいるはずの彼の姿がないことに気づいた。
「あの、蓮水さんは……?」
「陽介様は、まだおやすみ中です」
華さんに言われて、「えっ?」と思わず聞き返す。
「休日は割りとゆっくりとお休みですので、よろしければ起こしに行かれてみますか?」
「……えっ?」と、またバカみたいに繰り返す。
「ここでの生活に慣れるためにも、そういう経験は早めにされてもいいかと思いますので、どうぞ寝室の方へいらしてみてください。私は、朝食のご用意をさせてもらいますから」
「あっ、あのちょっと待ってください!」
慌てて呼び止めるけれど、聞こえていないのか、それとも聞こえていて知らないふりをしているのか、華さんは振り返る素振りもなく廊下を歩き去ってしまい、教えられた彼の寝室へ一人で向かうしかなかった……。