テラーノベル
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――遠く、潮騒が聞こえる。
目を開くと、見慣れた光景が広がっていた。
広がる浜辺、遠く波を運んでくる暗い海。
その向こうから――何かが、来る。
(……だめだ)
あれはだめだ。よくないものだ。
霊なんて信じていない自分でもわかる。あれは上がってきてはいけないものだ。しかし、それは少しずつ少しずつ、浜に……こちらに向かってきている。
同時に鼻の奥に感じ始めた――水が腐ったような臭い。
ひゅ、と喉がなった。恐怖と吐き気がせり上がる。
(夢だ。これは夢だ)
頭を抱えて念じる。夢なら早く醒めろ。あれが自分を捕まえる前に。あれがこちらに気づく前に。あれがこちらに……。
「……醒めろ、さめろさめろ、覚めろッ……!」
声が洩れた。恐怖と、臭いから来る吐き気とで、頭がおかしくなりそうだ。
あれはもう波打ち際まで来ていた。
立ちあがろうと、手をつくのが見える。
びちゃ、びち、ばちゃちゃ。
濡れた音と一緒に、むう、と臭気が迫ってくる。
それは顔を上げ、こちらを見た。
流れが止まったドブみたいな、魚が腐ったみたいな、異様な臭いが鼻をつく。
海藻みたいに貼り付いた髪の下から、光のない、濁り切った何かがのぞいた。
「――……ッ、ぁ、あ゙」
それが「目」だと気づいたその瞬間、思考が破裂する。声にならない絶叫と共に掛布を押し除けて、飛び起きた。
ひどい動悸に息があがる。苦しい。それでも、あの夢から醒められたことに、なんとか息をついた。もう怖くはない。大丈夫。もうあれはいない。いないのだ。
――むう、とまた、腐った水のような匂いがした。同時に、磯の匂いも。
吐き気と絶望感が、まるで波のように打ち寄せてくる。嘘だろう、だって今自分は目が覚めて。あれは夢の出来事で。だから。
だから、いるはずがない。ここにあれが、いるはずがない。
だが、だとしたら。
なんなのだろう。息もなく、ただただこちらを見つめている、ベッド脇の濡れた気配は。
なんなのだろう、先ほどから感じる、掛布と寝巻きがわりに履いたスウェットの湿り気は。
見てはいけないと知りつつ、自分の顔が気配の方へ向くのを止められなかった。
――そして、至近距離に迫った、水でふやけ、膨張し、崩れた顔を認識したその瞬間。
「……――ッあ゙」
ばづんッ、と音を立てて、脳の全ての機能がシャットダウンした。
コメント
1件
うわこれ、めっちゃ引き込まれた…。夢と現実の境が曖昧になる感じ、すごく生々しかった。特に「腐った水の臭い」がずっと鼻の奥にまとわりつくような描写がリアルで、読んでるこっちまで息苦しくなったわ。目を覚ましたのにベッド脇にまだ気配があって、しかも掛布が濡れてるって…その湿った恐怖、やばい。脳がシャットダウンする瞬間まで書かれてるの、本当に巧い。次が気になる!