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18 - 第18話 海に沈む花火(3) side藤井香澄

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2025年07月10日

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午後の陽射しがじりじりと肌に刺さる。夏の空気がまとわりつくようだった。


七里ヶ浜の撮影候補地を一通り確認し終えると、スタッフは車で移動しながら別地点を回ることになった。


「一回ここで昼にしましょー」とディレクターが声を上げると、現場の空気がゆるやかにほどけていく。


機材を積み込んだロケ車に、順に乗り込んでいくスタッフたち。

ディレクターはまだ地図を片手に、別のスタッフと次のルートについて話し込んでいる。


そのとき、荷台のあたりからひょいと顔を出したスタッフが、岡崎に声をかけた。


「岡崎さん、このあとちょっと積み替えに時間かかるんで、藤井さんと先に昼行ってて大丈夫っすよ」


「あ、まじ? じゃあ、ありがたくご厚意に甘えときますわ」


岡崎が軽く手を上げて笑うと、

「はーい」「のちほど合流で」と、

あっさりした返事が返ってくる。



岡崎が腕時計をちらりと見て、こちらに顔を向ける


「藤井、昼どうする?なんか食いたいもんある?」


「うーん……暑いからあんまりお腹空いてないけど、軽く何か……」


「んじゃ、こっから近いとこにするか。たしか前にロケで使ったカフェがあった気がすんだよな」


スマホで検索しながら坂を下る岡崎の背を追いかけるようにして、国道沿いの通りに出る。

潮風が緩やかに流れ、遠くに小さなサーファーの影が揺れていた。

その向こうに広がる湘南の海は、

陽射しを反射して、 まるで細かなガラス片をちりばめたようにきらめいている。


青と白と光だけで構成されたようなその風景が、思わず足を止めたくなるほど、まぶしかった。



ほどなくして、ウッドデッキのある小さなカフェを見つけた。

白いパラソルが立ち並び、ランチメニューの黒板がさりげなく風に揺れている。


「あっここだ」

岡崎が振り返りながら、あごで店を指した。


前にチームでお昼の話題になったとき、岡崎はラーメン屋とか牛丼屋ばかり行ってると言っていた。

「安いし、うまいし、早いし、腹いっぱいなるから」──と、笑いながら。


だから、オシャレな店とか、そういう場所には無頓着な人なのかと思っていたけれど。

ここはとても感じがいい。



ドアをくぐると、ひんやりとした空気が全身を包みこむ。外にいたあいだにまとった熱が、すっと肌から離れていった。


コーヒーの香りにまじって、トマトソースが焼ける匂いと、とろけたチーズのあたたかい匂いがふわりと鼻をかすめる。

キッチンの奥でちょうどグリルされたサンドイッチが皿に盛られていて、昼どきの空腹をやさしく刺激してきた。


白い壁と海辺の写真、ところどころにドライフラワーや貝殻のオブジェが飾られていて、まるで海風が吹き抜けていくような、抜け感のある内装。


店内は、静かなサーフロックが流れていた。ギターの軽やかなリズムと遠くで鳴るドラムが、波の音と溶け合うように、耳にやわらかく届く。

音量は控えめで、会話の邪魔をしない。けれど確かにそこにあって、空気の一部として混じり合っている。



Tシャツにキャップ姿の男性スタッフが、「いらっしゃいませえ」と気さくな笑顔で迎えてくれた。湘南の陽射しを浴びたような、ラフで明るい雰囲気の人だった。


そのまま窓際のカウンター席に通される。大きなガラス越しに、海が正面に広がっていた。

キラキラとした波の反射が、ゆらゆらと水槽の光みたいに店内の壁に映っている。どこか現実感が薄れて、時間がすこしだけ緩む。


注文を聞きに来たスタッフに、スモークチキンとアボカドのサンドとアイスコーヒーを頼む。

岡崎は、ちょっと悩んだふりをしてから「じゃあ俺は……トマトとチーズのやつ。あとアイスラテで」と続けた。

少々お待ちくださいとスタッフが去っていく。


「やー。まじで外暑ちかったー」


岡崎は帽子もサングラスも苦手らしく、額にはびっしりと汗が吹き出していた。

腕でそれを拭いながら資料を開いて 今日の流れを確認していた。


肩の力の抜けた仕草。でもその合間に、ときどき、誰かに頼られている人だけが持つ“静けさ”が顔を出す。


──最初はただ、軽口ばかりの人だと思っていた。

でもそれは、たぶんこの人なりの空気の読み方で、人との距離の測り方なんだと、最近少しずつわかってきた。


「…今日ロケハン同行してみてどう?楽しい?」


不意に声をかけられ、顔を上げると、岡崎が片肘をついたまま、日差しが眩しいのか少しだけ目を細めてこちらを見ていた。その視線に少しドキッとしてしまう。


「え?」


「今日さ、藤井、はじめてなんでしょ?現場のロケハン。同行決まった時ちょっと緊張してたから、今はどうなんかなぁって」


「あ、うん。楽しいよ……想像してたより、ずっと」


少し笑って、水が入ったコップを持ち上げる。気にかけてくれたんだと思うと、頬が少し緩んでしまう。


「なんか、現場の空気ってもっとピリピリしてるのかと思ってたけど、みんなすごく落ち着いてて……。見てて、すごいなって思った」


「おお。いいね。そう思ってくれてるんなら良かったわ」


「あと、このお店もね、あたし、けっこう好き。連れて来てくれてありがとう」


素直な気持ちだった。


言った瞬間、岡崎が驚いたような表情をする。

一瞬だけ──不意を突かれたような、そんな顔。


「…おお。それはそれは…」


なにより…です。


隣の男はそう言いながら、右手で後ろ髪を軽く掻いた。

さっきより少しぎこちない返事。声のトーンが、ちょっとだけ照れていたような気もする。


ふいに、変な間ができた。

どちらともなく、目を逸らす。


その時 岡崎のスマホが震えた。

すぐに画面を見て、表情が少しだけ曇る。


「……うっわあ。こーれは、やな予感」


「どうしたの?」


「ロケ車組、事故で渋滞巻き込まれてるっぽい。時間おしてるって」


「え、でも午後の撮影、そんなに余裕なかった?」


「まあ、まだ巻き返せるけど……やーでも、土曜の湘南はたしかに混むんだよなぁ。ちょっと調整入れなきゃだな」


言いながら、手早くチームのグループチャットにメッセージを打ち始める。


その横顔はさっきまでの緩さを残しつつも、しっかりと仕事モードのそれに戻っていた。

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