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月下のティータイム

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月下のティータイム

1 - 月下のティータイム

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2025年01月11日

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静かな夜である。

住んでいる城が田舎にあるがゆえに、人通りはおろか車も滅多に通らない。 ましてや、今は真夜中といってもいいような時間帯。 吸血鬼が住まう城の近くを歩く無用心な人間など、一人としていないだろう。

自分の息づかいや鼓動さえも聞こえそうなほど、黙ると静かになる。 それが、ここでは普通のことだった。 蓄音機に円盤レコードをセットし、針を優しく落とす。 百合の花を思わせるような大きなホーンからショパン作曲の夜想曲(ノクターン)が流れる。


「少し暗い曲かな?」


蓄音機の音に耳を傾ける使い魔に尋ねると、彼は首を横に振った。


「そうかい。じゃあ、準備を続けよう」


吸血鬼は笑みを浮かべて、踵を返す。

静かな居城にクラシック音楽。

どこからか甘い香りが漂ってくる。

随分と長い間、人の血を吸っていない吸血鬼にとってテーブルを大きな窓辺に運ぶのも一苦労だった。

一つ息を吐いて窓の外に目を向けると、深い闇夜が広がっている。 空を見れば田舎らしい満天の星空、そして綺麗な三日月。 外が寒くなければテラスにテーブルを出したかもしれないが、春先とはいえまだ夜は冷える。

貧弱な自分が寒くて死んだら嫌だし、使い魔が風邪をひいたら大変だ。 だから、今日は室内にする。

庭に祖父が植えた桜の木が咲く頃には、テラスに出ることも出来るだろう。

この城に一人と一匹住まいになってから、ここでの生活はとても安穏としている。血族同士に争いに巻き込まれることもないし、跡目争いに巻き込まれて殺されかけることもない。まぁ、時々幼馴染がやってきて”結婚しろ”だの”人の血を飲め”だの口煩く言ってくるが……。


「ンニャ?」


ぼんやりと窓の外を見ていると使い魔が心配した表情でこちらを見てくる。


「ああ、今年はいつ桜が咲くかなって考えてたんだよ。桜が咲いたら、桜餅を作ってお花見をしようね」


そう言って優しく微笑むと、使い魔は全身で喜びを現した。 それを見て、吸血鬼の表情はさらに和らぐ。


「さてさて、次は……」


吸血鬼はテーブルに真っ白なクロスをひく。 そこに、ナイフとフォーク、スプーン、白磁の食器を並べる。

それはとても優雅な手付きで、迷い無く、まるでワルツを踊るようであった。


「ルティー、飲み物は何がいいかい?」


同じように食器を並べていた使い魔は、しばし考えてから「ニャーニ!」と答えた。


「ミルクティーか、いいね。そういえば昨日口煩い”あいつ”が良いアッサムティーの茶葉を持ってきてくれたから、それで作ろうか」


その言葉を聞いて使い魔は大喜びである。

広い広い厨房。 きっと大昔は多くの料理人がいて、たくさんの料理を作って賑わっていたはずである。 今は華奢な吸血鬼が一人、お湯を沸かしている間に慣れた手つきでカートの上にティーセットを並べていく。 その横で使い魔がアッサムティーの茶葉が入った袋の口を開けている。

一人と一匹しかいないと広い広い厨房が、もっと広く感じる。

オーブンが出来上がりの音を出すと、使い魔がびっくりするような速さでオーブンの前まで走る。


「さて、綺麗に焼けたかな?」


吸血鬼はミトンを手にはめて、オーブンの重厚な扉をゆっくりと開ける。 鼻先から鼻腔の奥にまで抜ける、甘く香ばしく、脳ミソを蕩けさせる香り。 それを食べない吸血鬼はニンマリと微笑む程度だが、それを食べる使い魔は口元を緩ませ、今にも涎が垂れそうだった。


「良い色に焼けたねぇ。さすが、最新のオーブンは違うなぁ」


こんがりと焼けたペストリー。 ダークチェリーの深い紫色が鮮やかである。


「よし、これでお菓子は全部焼けたね。あとは、ミルクティーだ」


沸かしたお湯に茶葉を入れ、少し濃いめに抽出する。 火を止めて、数分蒸らす。 そのあと茶漉しで濾しながら花柄のティーポットへ。 別の鍋で温めていた牛乳は白いティーポットへ注ぎ入れた。 使い魔は隣で三段のティースタンドにキュウリのサンドイッチ、スコーン、ペストリーを器用にのせていく。


「さ、テーブルに運ぼうか」


カートにティースタンド、ティーポットたちを載せてコロコロと押しながら吸血鬼と使い魔は窓辺のテーブルに向かう。 厨房を出ると、程よい音量で流れている夜想曲(ノクターン)の綺麗なピアノの旋律が聞こえてくる。

自然と足取りは軽くなる。

白いクロスの上にティースタンド、ティーポットとティーカップを二つ並べる。 ティースタンドの横にはスコーンにつける少し前に作っておいたイチゴジャムと、これまた幼馴染が買ってきたクロテッドクリームを入れた小皿を並べる。 使い魔を向かいの椅子に座らせて、目の前に置いたティーカップに濃い目に抽出したアッサムティーを、そしてそこにホットミルクを注ぎ入れ淡い色合いのミルクティーをつくる。 吸血鬼は自分のティーカップにホットミルクを注ぎ入れて椅子に座り、再度窓の外に目をやる。


「綺麗な月夜だね」


使い魔はサンドイッチに手を伸ばしながら「ニャー」と答える。


「では、真夜中のお茶会と洒落こもうか、ルティー」


「ニャッ!」


吸血鬼はホットミルクを一口飲み、使い魔はサンドイッチを頬張る。 城に広がるお菓子の甘い甘い香り。 紅茶の豊潤な香り。 蓄音機から流れるクラシック音楽。 なんと優雅な時間だろうか。

春になれば今度は桜餅を作って、テラスで夜桜もなかなか乙なものかもしれない。 こんな時間がこの先もずっと続くのだと吸血鬼も使い魔も思っていた───。



<了>

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