テラーノベル
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「……ずるいの、そっちじゃん」
ぽつりと呟いてから、まさこ__いや、仁人は小さく息を吐いた。
勇斗は本当にずるい。
まっすぐで。
素直で。
優しくて。
だから困る。
まさことして向けられる好意が、思った以上に心地よくなってしまっていた。
「はぁ……」
店へ戻ると、店長がにやにやしながら寄ってくる。
「送ってもらったの〜?」
「配達手伝ってもらっただけです」
「絶対それだけじゃないじゃん」
「……」
「えっ、図星?」
仁人はエプロンを付け直しながら誤魔化す。
「仕事します」
「逃げた」
その日、閉店までずっと勇斗の顔が頭から離れなかった。
それから数日。
勇斗は相変わらず花屋へ来ていた。
「こんにちは〜」
「また来た」
「その反応ひどくない?」
「週四ですよもう」
「増えた」
「自覚あるんだ……」
まさこは笑いながら花を整える。
勇斗はカウンターに頬杖をついた。
「ねぇ、今日仕事何時まで?」
「聞き方が完全にナンパなんですよ」
「好きな人誘ってるだけ」
「堂々としてるなぁ」
「隠す意味なくない?」
まさこは困ったように笑う。
こんなふうに言われるたび、胸が変にざわつく。
でも。
同時に怖かった。
もし。
もし勇斗が、本当を知ったら。
今みたいに笑うだろうか。
「まさこさん?」
「……え?」
「ぼーっとしてる」
「あ、ごめんなさい」
勇斗はじっと見る。
「疲れてる?」
「ちょっとだけ」
「大丈夫?」
その声が優しい。
仁人は視線を逸らした。
「……勇斗さんって」
「ん?」
「なんでそんな優しいんですか」
「え、普通じゃない?」
「普通じゃないです」
「そう?」
勇斗は首を傾げる。
「好きな人には優しくしたいし」
さらっと言う。
まさこは思わず笑ってしまった。
「ほんと、恥ずかしい人」
「でも顔赤い」
「気のせいです」
「赤いよ」
「うるさい」
勇斗は楽しそうに笑った。
その時。
店長が奥から声をかける。
「まさこちゃーん! ゴミ出しお願い〜!」
「はーい」
まさこは店の裏口へ向かう。
勇斗はなんとなく、その背中を眺めていた。
ひらりと揺れるロングスカート。
細い肩。
長い髪。
綺麗なお姉さん、という言葉が本当に似合う。
(……好きだなぁ)
自覚すると、ちょっと笑えてくる。
ここまで誰かにハマったの、初めてかもしれない。
その時だった。
裏口の方から、店長の声が聞こえる。
「仁人くーん! それこっち!」
勇斗の動きが止まる。
――仁人?
続けて。
「はいはい、今持ってきますー」
聞こえてきた声。
低かった。
いや。
いつもより、少しだけ。
勇斗の脳が、一瞬理解を拒否する。
「……え?」
裏口から出てきたまさこは、重そうな段ボールを抱えていた。
そして。
髪。
――ウィッグを外していた。
さらりと現れた短めの黒髪。
いつもよりはっきりした輪郭。
中性的だった顔立ちが、一気に男に近づく。
勇斗は固まった。
まさこ――仁人も、ぴたりと止まる。
「あ」
店長が「あっ」という顔をした。
最悪な沈黙。
数秒。
いや、数十秒に感じた。
勇斗がゆっくり口を開く。
「……え」
仁人が固まる。
「……その」
「え?」
勇斗の頭が追いついていない。
「え、待って」
仁人が慌ててウィッグを抱える。
「ちが、あの、これは」
「……え?」
「いや、違わないんですけど」
「え?」
「その」
勇斗は瞬きもしない。
仁人の顔を見る。
短い黒髪。
低めの声。
そして。
「……男?」
店内が静まり返った。
仁人は観念したように、小さく肩を落とす。
「……はい」
勇斗、停止。
店長が気まずそうに奥へ消える。
仁人は恐る恐る勇斗を見る。
「……怒りました?」
勇斗はまだ停止中だった。
「……勇斗さん?」
数秒後。
勇斗がゆっくり両手で顔を覆った。
「待って待って待って」
「ご、ごめんなさい……」
「いやごめんじゃなくて」
勇斗は混乱した顔のまま仁人を見る。
「え、え? じゃあ何? まさこさん……男?」
「……はい」
「え、でも俺」
「……はい」
「めちゃくちゃ好きって言った」
「……言ってましたね」
「えぇ!?」
勇斗が頭を抱える。
仁人は申し訳なさそうに小さくなる。
「隠すつもりでは……」
「いや隠してたでしょ!」
「タイミングが……」
「いや待って」
勇斗は混乱したまま仁人を見た。
見れば見るほど綺麗だった。
男と言われても、やっぱり綺麗だった。
しかも。
今の少し困った顔が、普通に可愛い。
(いや何考えてんだ俺!?)
勇斗はさらに頭を抱えた。
仁人がおそるおそる聞く。
「……帰ります?」
「それ聞く!?」
「だって気まずいし……」
「いや、まぁ、気まずいけど……」
勇斗は深呼吸した。
そして。
もう一度、仁人を見る。
「……ちなみに」
「はい」
「本名、仁人なの」
「……吉田仁人です」
「うわ本当に仁人だった」
勇斗はふらつきながら近くの椅子に座った。
仁人は完全にしょんぼりしている。
「……引きましたよね」
その声が、思ったより不安そうで。
勇斗は反射的に顔を上げた。
「……いや」
「え」
「その……びっくりはした」
「……はい」
「めちゃくちゃ混乱してる」
「はい……」
「でも」
勇斗は困ったように笑った。
「好きだった理由、なんか分かったかも」
仁人が目を丸くする。
「え?」
勇斗は耳まで赤くなりながら呟く。
「いやほんと意味分かんないんだけど……」
そして。
「……今も普通に可愛いし」
仁人の顔が、一気に真っ赤になった。
𝓉ℴ 𝒷ℯ 𝒸ℴ𝓃𝓉𝒾𝓃𝓊ℯ𝒹
#ご本人様には関係ありません
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