「なん…ですかそれ…。」
「…あのね…私…」
ゆらーっと、静かに近寄ってくる彼女に、私は身動ぎ1つ取れなかった。
そうして、お互いの息がかかりそうなくらい至近距離になる。
長い睫を間近に感じ、不覚にもドキドキしてしまう。
彼女はそんな私をくすり、と笑いながら私の頬に手を当てた。
(え…何…何なの…。)
柔らかな温もりが全身に広がるのを感じた頃、ようやく彼女は口を開く。
「女の人が…好きなの。」
艶っぽい声を耳元に当ててくる。
一瞬、思考が停止してしまった。
(…は?女の人が…好き…?え…だって雛瀬さんも女性で…え?つまり雛瀬さんは…レズ…)
――ズザザザザ!!――
本能的に感じた身の危険を察知し、私は思わず後ずさって彼女と物理的距離をとった。
勢いが良すぎてしまい、壁に背中をぶつけてしまう。
あまりの痛さに、私は顔をしかめながら背中をさすった。
「んもう。そんなに警戒しないでよ。心配しなくてもその気がない人は襲わないわ。」
不満そうな彼女の声に、少しだけ安堵し、距離を若干詰める。
しかし彼女は何故そんな話を私に?もし私が会社の人に言ったらここにはいられなくなる。
私と腹を割って話したいから…という風にも見えないし…
「まあいいから聞いてちょうだい。別にあなたを口説きたくて話したわけじゃないから。」
「それは困りますから。」
率直な感想を述べると、彼女は苦笑いをした。
「そうよね。話を続けるわね。私は他の子とは違うって分かっていたから、必死に隠したわ。男の子に興味がある振りをして、言い寄ってくる男みんなと付き合った。」
「それはそれで…まずいんじゃ…」
て、私も人のこと言えないか、と内心呟いた。
「男の子と沢山付き合えば、好きになれるかもと思ったのよ。きっとこれは勘違いだ。私は本当は男が好きなんだって言い聞かせたわ。そうして、一人の男の人と結婚した。彼はかっこよくて優しくて、私のことを大事にしてくれたわ。セックスだって嫌じゃなかった。だから子供もできたわ。この人なら好きになれる。…ううん、もうなっているかもしれないって思った。でもね…」
そこまで一気に言うと彼女は一息つき、近くにあった椅子に腰かけた。
そして、遠い目をしながら静かに吐き出す。
「出会って…しまったの。あの子に。彼女と過ごす時間は穏やかで、大切で…いつの間にかかけがえのないものになっていたわ。同時に、夫への気持ちがなくなっていったのにきづいたわ。…いいえ、夫への気持ちは最初からなかったのかも。この人が好きだと言い聞かせていたに過ぎない。彼女に会ってそれを自覚してしまったの。」
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