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(な、なんで!?)
聞かれてしまった!と、弾かれるように立ち上がった真衣香は、二人の方に向かってくる坪井を避けるように走り出そうとした。
が、もちろん坪井はそれを許さない。
逃げようとする真衣香の腕を掴んで引き止める。
「待って!立花ストップ」
「は、離して、ごめん、笹尾さんの方に……」
真衣香の要求を拒否するかのように、触れる手に力が込められた。その感触は痛みというよりも、甘く暖かく、身体を痺れさせた。
そんな真衣香から力が抜けたことを確認した坪井は、次にその視線を笹尾に向け早口で話し出す。
「笹尾さん、ごめん!ちょっと下で待ってて、川口さんなら気にしなくて大丈夫。帰ってきた部長に突き出してきたし。当分戻らないから!俺もすぐ降りるし、それから話そう」
慌てている坪井は珍しい。
それは真衣香にも、笹尾にも共通の認識であった。
笹尾があっけに取られた様子で。けれど「わかりました」と、最低限の返事だけを返していた。
その声を最後まで聞き終わることもなく、真衣香は坪井に手を引かれ総務のフロアを出て小走りで進む。
「い、痛いってば坪井くん!」
「あ、ごめん」
と言っても、立ち止まってくれたわけではない。
人事総務部と開発部のフロア間にある資料室という名の物置、そのドアを開けた。
ゆっくりと閉じられていくドアの動きを待たずに、坪井がドン!と拳で殴りつけるようにして勢いよく扉を閉めた。
そのままの勢いで鍵も閉め、真衣香を壁に押し付ける。
「ちょ、ちょっと坪井くん……」
デジャヴかと思いきや、あの日のように乱暴な素振りは全くない。
優しく触れながら。切羽詰まったように、張り上げたい声をなんとか押さえつけているかのように。
「なぁ、立花」
坪井は、ゆっくりと声を絞り出し、真衣香の名を呼んだ。
「俺さ。さっきの聞き逃せるほど、余裕ないんだよね、今」
言葉どおり。表情にも声にも、いつもの飄々とした読めない余裕さを感じない。
「嫌なんだ? 俺が、他の女のものになるの、嫌?」
「わ、わからない……」
小刻みに何度も、首を横に振った。
追い込まれていて、身動きが取りにくい。
(ううん、違う)
突き飛ばして逃げればいい、そう思うなら。
どうとだってできる、好きに動けるはずだ。
今の坪井は決して、無理矢理に真衣香の行動を押さえつけているわけではないから。
動けないのは、真衣香自身の問題で、判断だ。
「お前さ、そんな可愛い顔してくれるんだ? 俺の前でも、まだ」
「……え?」
「可愛いね、ほんと。お前ばっかり可愛い」
嘘をついていると思えない……思いたくない優しい声。
こんな甘い考えが、結局は酷く自分を傷つける結果になったというのに。懲りずに、真衣香の身体は急激に体温を上げ続けている。
(可愛いって、そんなの……)
実際に、今どんな顔をしているのかわからない。
わからないまま、大きな手のひらが、真衣香の……きっと熱くなってしまっている顔に。
包み込むよう、ゆっくりと触れた。とても大切そうに。
まるで、存在を、その手に刻みつけて、確認しているかのようにだ。
「まあ、あれだ。残念だけど。俺が、他の女を好きになる姿なんて。お前が見れることないよ、きっと」
坪井の手がゆっくりと下がって、顎に添えられた。
その動作の途中でさえも彼の指は真衣香から離れない。
その感触がくすぐったくて、どうしようもない。
クイッと上を向かされて。薄暗い室内でもよく見えてしまう距離で、ただ真っ直ぐに。坪井の鈍色に揺れる瞳を見つめ続ける。
「お前以外の誰にも、興味ないからさ」
「そ、そんなの……」
「ねえ、聞かせて。もう一回言って、さっきの」
“付き合っていた“と誤解していた頃より、静かに、けれどそれよりも強引に。距離が詰められていく。
「つ、坪井くん……待って、お願い、ち、近いんだってばいつも」
「だって、近くもなる。お前が思ってること聞いて、否定したいじゃん。ちゃんとね」
壁に手をついて上体を折り、真衣香と真っ直ぐに見つめ合う形で体勢を固定している。
綺麗に整った顔が至近距離、吐息まじりに囁いてくるから。
ドクドクと心臓が脈打つ音が主張して、何も考えられなくなっていく。
「わ、わからないの、私ほんとに自分が何考えてるのか全然わからない」
「うん、いいよ、それで。全然わかんないっていう、お前の今の気持ち教えてよ」
「〜〜〜〜!!」