盗賊たちのボス。馬に乗った騎士風の男は不敵な笑みを浮かべていた。
(騎士でもないこんな寄せ集めのゴロツキ共と一緒に馬車を襲撃しろと言われた時は耳を疑ったが、今のところは順調だ……。馬車の中では慌てふためいているに違いない……)
しばらくすると馬車の中から御者が顔を出し、慌てた様子で馬たちの手綱を握った。
強行突破でもするのかと思いきや、御者は手綱を握ったまま怯え震えているだけ。
次の瞬間、馬車の中から魔法だろう光が漏れた。紫色に輝くそれは抵抗の意志アリと言っているようなもの。
(情報によると、馬車の中にはゴールドプレートの冒険者が二人。|重戦士《ディフェンダー》と|魔術師《ウィザード》だが、|魔術師《ウィザード》は手負いだと聞いている)
今の光は|魔術師《ウィザード》が|重戦士《ディフェンダー》に何かしらの魔法をかけたのだろうと推測した騎士風の男は、ゴロツキたちに注意を促す。
「そろそろ出てくるぞ! 警戒を怠るな!」
それを言い終わった瞬間、馬車の後方から誰かが降りて来た。
その独特の金属音は、相手が重装備であろうことを思わせる。
「ものども! やってしまえ!!」
持っていた直剣を掲げ攻撃開始を宣言する騎士風の男。
それに呼応するかのように威勢の良い雄叫びが上がると、馬車の後方目掛けて突撃していくゴロツキたち。
「リ、リビングアーマーだあぁぁぁ!!」
何者かの声が辺りに響き、悲痛な叫び声が聞こえた刹那、馬車の後ろから何かが宙を舞った。
(あれは……なんだ?)
目を凝らすようにそれを追う。綺麗な弧を描き飛んでいくそれは、誰かの腕だ。
持っていた武器はそのままに、それは鈍い音を立てて地面へと落ちた。
「ぎゃああああああ!」
悲鳴と共に激しく打ち合う金属音。吸い寄せられるように馬車の裏側へと消えていくゴロツキたちは、誰一人として戻ってこない。
馬車の影から流れてくる血の量は、そこで何が起きているのかを安易に連想させた。
「おい、お前。よ……様子を見て来い……」
騎士風の男が手近な所にいた部下に命令するも、そいつは引きつった表情で首を横に振った。
そして辺りが静まり返ると、馬車の裏から血まみれのフルプレートアーマーが姿を現したのだ。
右手には片手用の戦斧。左手には重厚なタワーシールド。頭に被ったプレートヘルムのバイザーは開かれ、その中には誰もいなかった。
にもかかわらず、それと目が合うという感覚をハッキリ認識してしまった騎士風の男。
突如馬たちが暴れ出し、情けなくも落馬する。
「ぐえ……」
馬はそのまま走り去り、御者は暴れる馬たちを必死に抑えていた。
「クソッ……落ち着け……落ち着くんだ!」
それを横目に、ゆっくりと歩き出したリビングアーマー。
「話が違うぞ! あんなバケモノが出て来るなんて聞いてない!」
リビングアーマー。それは、ダンジョンで息絶えた冒険者の鎧に、未練と怨嗟が染みつき、魂が宿ったものだと言われている。
かつて誇り高く戦場を駆けた戦士の鎧。だが今は、主を失いながらも立ち続ける、空虚な亡骸。
中に肉体はなく、ただ鎧そのものが意志を持つかのように軋み、剣を振るう。
人の姿を模しながらも、人ではない。戦いへの渇望だけを残して蘇ったその存在は、まさしく過去に縋る亡霊の成れの果てだ。
騎士風の男が身体を起こすと、周囲には誰もいなかった。
ゴロツキたちは脱兎の如く逃げ出していて、既に残っているのは騎士風の男ただ一人。
「うわああああ!」
近づいて来るリビングアーマーを前に、騎士風の男はなんとかその場に立ち上がると、踵を返し無我夢中で走った。
逃げる以外に生き残る術はなく、一人で勝てる相手ではないのは明らか。
リビングアーマーを倒すには、外側の鎧をいくら斬り刻んでも意味がない。
あれはすでに器にすぎず、斬撃を受けても痛みすら感じない。有効なのは、内側。つまり魂そのものへの攻撃だ。
だが、問題はそこにあった。
鎧の内にあるはずの実体はなく、刃は空を切るばかり。魔力を帯びた一撃でなければ、打ち倒すことは叶わない。
騎士風の男は、走りながら何度も何度も振り返る。しかし、リビングアーマーは諦めることなく追って来ていた。
(疲れた、立ち止まって休憩したい……。鎧が重くて暑い……。足が震える……)
しっかりと力を入れなければ、よろけて転んでしまいそうなほど力なく走り続ける。
追い付かれたら確実に死ぬという恐怖を背にしながらも、顔を上げたその先には一筋の光明が見えた。
遠くの地平をかすめる砂煙の向こう、王家の紋章を掲げた馬車の姿が揺らめいていたのだ。
それを守る騎馬隊の列が、陽光を反射する鎧の煌めきとともに、ゆっくりと近づいてきていた。
(しめた! アレに助けを求めれば!)
騎士風の男は上げた両腕を必死に振りながらも、大声で叫んだ。
「おおーい! 助けてくれえ!!」
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