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目が覚めた瞬間、喉に違和感があった。なんだろう。乾燥してるのか……。
起き抜けに咳が出るわけでもないし、そこまで気にしなくてもいいはずなのに、どこか引っかかる感覚だけが喉の奥に残っていた。
布団の中からゆっくり体を起こすと、重力がぐっとのしかかるような、妙なだるさが肩から腰にかけてまとわりついてきた。
「……寝不足かな」
呟きながら、頭を軽く振ってベッドを抜け出す。今に始まったことではないが、最近は特に夜遅くまで作業が続いていたせいで、睡眠時間が不規則になっていた。こんな朝が来てもおかしくない。
窓の外は晴れていて、風も穏やかだった。
カーテンを開けて、まだ少し眠そうな街の風景をぼんやり眺めながら深呼吸をする。
冷たい空気が肺に入るたび、少しだけ喉がひりつくけど、そんなのよくあることだと、心の奥で言い聞かせた。
キッチンでお湯を沸かしながら、昨日の作業データを思い返す。
あと少し詰めたい部分があった気がする。修正メモをスマホで確認しながら、温かい紅茶を淹れてマグカップを両手で包んだ。
この、朝の静けさの中で紅茶を飲む時間がけっこう好きだ。思考が整理されて、落ち着く。
……でも、今日は少し違った。
紅茶を一口飲んでも、香りや味がはっきりしない。
「気のせいだよな」
口の中に残るぬるい感覚に、なんとなく落ち着かなくなる。味覚までおかしく感じるなんて、きっと神経質になってるだけだ。
洗面所に行き、鏡の前に立つ。
髪は寝癖で跳ねていたけど、それよりも肌の色が少し悪い気がした。
「照明のせいだってば」
そう言って、水を顔にかける。冷たい水が一瞬気持ちよかったけど、すぐに頭の奥がきゅっと痛んで顔をしかめた。
着替えてPCを立ち上げ、ルーティンのように作業を始める。
作業自体はできる。音も聴けるし、キーボードも打てる。でも、集中力が少しずつ削られている気がした。
体の奥に小さなノイズみたいなものがあって、それが思考の合間にひっそり入り込んでくる。
「……これくらい、なんてことない」
それでも、やらなきゃいけないことは進めないと。
自分に言い聞かせるようにして、手を止めない。
喉の違和感も、頭の重さも、気にしなければ大丈夫なレベル。作業を止める理由にはならない。
昼頃になっても空腹感はあまりなかったけど、何か食べないとと思って冷蔵庫を開けた。
食パンと、昨日の残りのスープ。
パンをトーストして食べてみたけど、やっぱり味が薄く感じる。スープも飲みきれなかった。無理やり口に押し込んで、飲み込んで、「食べた」という事実だけを残す。
ふぅ、と小さく息を吐く。
頭がじんわりと重く、肩から背中にかけて妙に汗ばんでいる。熱があるのかもしれない。けど、測るのはやめておいた。数値で出されると、きっと安心できなくなるから。
僕は、弱音を吐くのが下手だ。
体調が悪いと認めた途端、心も崩れてしまいそうで。
誰かに連絡するのも、病院へ行くのも、どれも大げさに思えてできなかった。
「……大丈夫、大丈夫だって」
誰にも聞こえないような声で呟いて、僕は再び椅子に座り直す。
画面の向こうでは、昨日の自分が作った音が変わらずそこにあって、だからこそ今日の僕も、それを止めずにいようと思った。
大丈夫。
僕はまだ、やれる。