テラーノベル

テラーノベル

テレビCM放送中!!
テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

ただいま

一覧ページ

「ただいま」のメインビジュアル

ただいま

1 - 第1話

♥

38

2025年04月07日

シェアするシェアする
報告する

目が覚めた瞬間、喉に違和感があった。なんだろう。乾燥してるのか……。

起き抜けに咳が出るわけでもないし、そこまで気にしなくてもいいはずなのに、どこか引っかかる感覚だけが喉の奥に残っていた。


布団の中からゆっくり体を起こすと、重力がぐっとのしかかるような、妙なだるさが肩から腰にかけてまとわりついてきた。


「……寝不足かな」


呟きながら、頭を軽く振ってベッドを抜け出す。今に始まったことではないが、最近は特に夜遅くまで作業が続いていたせいで、睡眠時間が不規則になっていた。こんな朝が来てもおかしくない。


窓の外は晴れていて、風も穏やかだった。

カーテンを開けて、まだ少し眠そうな街の風景をぼんやり眺めながら深呼吸をする。

冷たい空気が肺に入るたび、少しだけ喉がひりつくけど、そんなのよくあることだと、心の奥で言い聞かせた。


キッチンでお湯を沸かしながら、昨日の作業データを思い返す。

あと少し詰めたい部分があった気がする。修正メモをスマホで確認しながら、温かい紅茶を淹れてマグカップを両手で包んだ。

この、朝の静けさの中で紅茶を飲む時間がけっこう好きだ。思考が整理されて、落ち着く。


……でも、今日は少し違った。

紅茶を一口飲んでも、香りや味がはっきりしない。


「気のせいだよな」


口の中に残るぬるい感覚に、なんとなく落ち着かなくなる。味覚までおかしく感じるなんて、きっと神経質になってるだけだ。


洗面所に行き、鏡の前に立つ。

髪は寝癖で跳ねていたけど、それよりも肌の色が少し悪い気がした。


「照明のせいだってば」


そう言って、水を顔にかける。冷たい水が一瞬気持ちよかったけど、すぐに頭の奥がきゅっと痛んで顔をしかめた。


着替えてPCを立ち上げ、ルーティンのように作業を始める。

作業自体はできる。音も聴けるし、キーボードも打てる。でも、集中力が少しずつ削られている気がした。

体の奥に小さなノイズみたいなものがあって、それが思考の合間にひっそり入り込んでくる。


「……これくらい、なんてことない」


それでも、やらなきゃいけないことは進めないと。

自分に言い聞かせるようにして、手を止めない。

喉の違和感も、頭の重さも、気にしなければ大丈夫なレベル。作業を止める理由にはならない。


昼頃になっても空腹感はあまりなかったけど、何か食べないとと思って冷蔵庫を開けた。

食パンと、昨日の残りのスープ。

パンをトーストして食べてみたけど、やっぱり味が薄く感じる。スープも飲みきれなかった。無理やり口に押し込んで、飲み込んで、「食べた」という事実だけを残す。


ふぅ、と小さく息を吐く。

頭がじんわりと重く、肩から背中にかけて妙に汗ばんでいる。熱があるのかもしれない。けど、測るのはやめておいた。数値で出されると、きっと安心できなくなるから。


僕は、弱音を吐くのが下手だ。

体調が悪いと認めた途端、心も崩れてしまいそうで。

誰かに連絡するのも、病院へ行くのも、どれも大げさに思えてできなかった。


「……大丈夫、大丈夫だって」


誰にも聞こえないような声で呟いて、僕は再び椅子に座り直す。

画面の向こうでは、昨日の自分が作った音が変わらずそこにあって、だからこそ今日の僕も、それを止めずにいようと思った。


大丈夫。

僕はまだ、やれる。


この作品はいかがでしたか?

38

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚