午後になって、体はますます鈍くなっていった。さっきよりも背中が重くて、椅子にもたれかかるたび、内側からじわじわと熱が滲み出してくるような感覚がある。
でも、作業は止めたくなかった。
昨日の続き。音の微調整。納得のいく仕上がりまでは、あとほんの少しのはずなんだ。
それなのに、集中力が続かない。頭がふわふわして、目の焦点が合わない。
「……水、飲まなきゃ」
思い出したように立ち上がると、体が一瞬ふらついた。
慌ててテーブルに手をついて体勢を整える。
そんな大げさな話じゃない、とすぐに気を取り直してキッチンへ向かう。
コップに注いだ水を一口飲む。ぬるい。喉を通ってもすっきりしない。
熱があるのかもしれない。けど、体温計は引き出しの奥にしまったままだ。取り出そうかとも思ったけど、見たくなかった。
もし数字で“高熱”なんて突きつけられたら、僕は今日をやりきれなくなってしまう気がして。
リビングのソファに座り直して、少し目を閉じた。
ほんの数分だけでも、体が落ち着いてくれたら。
でもまぶたの裏は静かじゃなかった。じんわりと疼くような感覚があって、寝ても覚めても何かに追われている気がする。
「……はぁ」
小さく吐いたため息に、身体の熱が混じる。
気のせいだ、まだ動ける。
午前より体がきつくなっていることも、食欲が完全に失せていることも、全部見なかったことにする。僕はまだやれるって、思いたいだけだった。
部屋の時計は午後4時を指していた。
いつもなら、打ち合わせに出かける時間。でも今日はオンラインだった。パソコンの前に座って、何とか笑顔を作ってカメラをオンにする。
画面越しの声に、返事をするたびに喉がひりつく。けど、変に思われたくなかった。
少し曖昧に相槌を打って、必要最低限のやりとりだけで終わらせる。
打ち合わせが終わった瞬間、ぐったりと背もたれに身を沈めた。
呼吸が浅い。額に手を当てると、熱がこもっているのがわかる。
冷たいタオルでも取りに行こうかと思ったけど、体が言うことを聞かない。
もう少しだけ横になろう。少しだけ。
ベッドまで移動するのも億劫で、ソファに横になる。
カーテンの隙間から差し込む夕方の光が、ぼんやりと眩しかった。
こんなふうに、ただ横になっているだけなのに、全身が妙にだるくて、心細かった。
誰かに助けてほしい、なんて、思ってしまった。
けど、そんなの僕らしくない。
強がりでもいいから、一人でいなきゃって、そうやって今日までやってきたんだから。
「……寝たら、少しは良くなるかも」
願いにも似た言葉を口にして、僕はゆっくりと目を閉じた。
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