――高橋大輝の視点――
ギターの弦を張り替えた夜は、いつも少しだけ気持ちが整う。
新しい音が鳴るようになっただけで、なんか、自分の中も一新された気がするんだ。
俺がギターを始めたのは中一のとき。
きっかけは兄貴が置いていったボロボロのアコギ。
最初は音も鳴らなかったし、コードも押さえられなくて指が痛くて、正直投げ出したくなった。
でも、その年の冬、文化祭で見た軽音部のステージが衝撃だった。
ボーカルの女の子が歌いながら泣いててさ。
その横でギターを弾く先輩が、彼女の涙を支えるみたいに音を鳴らしてた。
「ああ、音楽って、人の気持ちを支えるんだ」
そう思った。
それが、俺のはじまりだった。
__________________________________________________________
中村杏奈に出会ったのは、高一の春。
図書室の奥の窓際、陽が差し込む席で本を読んでた彼女は、どこか物語の中の人みたいだった。
静かで、でも透明感があって。
世界に溶け込むようにそこにいた。
話しかける勇気なんて、最初はなかった。
でも、ふとしたきっかけで一緒に下校することがあって、それから少しずつ、距離が縮んで。
それでも、俺は“友達”のままだった。
彼女はいつだって真っ直ぐで、でもどこか遠くを見てるような目をしていた。
俺の言葉に笑ってくれても、その笑顔の奥には、誰にも見せない何かがある気がした。
それでも俺は、好きだった。
一度も、「好き」って言えなかったけど。
言えば壊れそうで、怖かったんだ。
__________________________________________________________
最近の杏奈は、少し変わった。
誰かに恋をしてる目をしてる。
その“誰か”が、佐藤拓海だってこと、俺は気づいてた。
気づきたくなんてなかったけど、杏奈の視線がどこを向いてるかなんて、見なくても分かる。
俺の横にいるときより、
拓海を目で追ってるときのほうが、彼女は生き生きしてる。
それが、現実だった。
だけど、俺はそれを止める権利なんてない。
だって、杏奈が誰を好きになっても、彼女が笑ってるなら、それでいいと思ってしまうから。
__________________________________________________________
先週、放課後の音楽室でギターを弾いてたら、杏奈がひょこっと顔を出した。
「……大輝くんって、ほんとに、ずっと弾いてるよね」
「うん。これくらいしか、続いてるものないから」
「でも……それ、かっこいいと思うよ」
その一言が、心に沁みた。
誰かに認めてもらえることって、こんなにも嬉しいんだな。
たとえそれが、“友達として”でも。
杏奈の笑顔が見られるなら、
俺はこの恋が報われなくてもいいって、思った。
でも――
それでも、本音を言えば、
たった一度でいいから、
杏奈に俺を“特別”だと思ってほしいって思ってる自分がいる。
届かないのはわかってる。
でも、ギターの弦みたいに、何度切れても、また張り直して、音を鳴らしていく。
杏奈が、誰かに恋してるその日々も、
全部、俺はギターに閉じ込めて、音にする。
音だけは、嘘をつけないから。
「……お前のために歌ったなんて、絶対言わないけどな」
そう心でつぶやいて、また一音、指を弦に置いた。
届かなくてもいい。
でも、君を想ったこの音は、
一度きりの青春の、俺のすべてだ。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!