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「なんでも手に入れられる渚を人みたいに、うらやんだりはしなかった。
僕は僕だから。
僕と渚は、全然違う場所に立ってるから関係ないって思ってたのに。
君のせいで、同じ土俵に立って、自分と渚を見比べなきゃいけなくなったんだ。
……ねえ、なんで、今、僕を家に入れちゃったの?」
と脇田が頬から手を離さないまま、訊いてくる。
「すぐに渚が来ると思ってた?
残念だったね。
僕が出る前、渚に、会長から電話があったんだ。
長引きそうだったよ。
君のことかもね」
「……でも、渚さんは来ますよ」
脇田の目を見据えて、蓮は言い切った。
「なんで?」
「めちゃくちゃ間のいい人だからです」
「……うん、まあ、それは」
と長く側に居るからこそ、よくわかっている脇田は、頷きそうになる。
「あのとき、駐車場で煙草を吸ってたことだって、単に間がよかっただけだよね。
いつもあそこなわけじゃないし、君がお使いに出ることもそうなかったんだろうに」
そう納得しかけたらしい脇田だったが、すぐに、いやいやいや、と言う。
「危うく、君のペースにまた引っ張り込まれるところだったよ。
さっきの和博さんみたいに」
君はそういうところ、渚とよく似てるよね、と言う。
そうだ。
だから、このやり方は、ずっと渚と居た脇田には、いまいち効かない。
「このまま君を襲って、渚に殺されようかな。
……それもいいかもね」
と脇田は、いつもの冷静な口調で言い出す。
いやいやいや、待ってください、と思った。
昨夜の渚の、俺を殺人犯にする気か、というセリフを思い出していた。
「あのっ、私にそんな価値はないですよっ」
と蓮は訴える。
実際のところ、経営者の立場から見ても、脇田という人間の代わりはなかなか見つからないだろうと思う。
自分などと引き換えに、渚が失うには大きすぎる損害だと思っていた。
「第一、脇田さん、本当に私のこと好きなんですか?
脇田さんほどの人がそんな、信じられないです」
「まあ、僕も信じられないんだけどね」
好きだと言っておいて、脇田はそんなことを言い出す。
「僕が渚を裏切ろうとするなんて」
でも、無理、と脇田は言った。
「君を諦めるなんて、やっぱり出来ないみたいだよ」
そう言いながら、脇田は蓮の腰に手をやり、抱き寄せ、口づけてくる。
強引な渚と違って、何事もスマートな人だが、今日はさすがに、ちょっと違っていた。
感情が先走って、力の加減が効かないようだ。
離れた脇田は、蓮を見つめて言う。
「生まれて初めて、渚を裏切ってまで欲しいと思ったんだ。
僕のものになってよ、秋津さん」
「……いいですよ」
蓮がその目を見つめ返して言うと、脇田は目を見開く。
「それで脇田さんの気が済むのなら」
脇田がなにか言いかける。
「でも、私、脇田さんのこと、嫌いになりますけどね。
渚さんも黙ってても気づきますよ。
なにかこう……ケモノに近い人だから」
異常に勘がいいもんな、と思っていた。
「いや……それでもいい」
と脇田は言った。
「じゃあ、どうぞ」
と言いながら、自分で、どうぞってのもなー、と思っていたが。
その間に、脇田に廊下に倒される。
そのまま、上になった脇田が口づけてきた。
だが、何度目かの口づけのあと、脇田は迷うように動きを止めた。
床に手をつき、蓮から身を離すと、目をそらして言う。
「やっぱり、駄目だ……。
僕は、なんて根性なしなんだ」
「いや、逆だと思いますけど」
と言いながら、蓮は起き上がる。
「全然抑えの効かない渚さんの方が問題ありありですよ」
でも、そういえば、日々、せっせと薔薇だの、菊だの、しきみだの……、貢いでくれたあとだったな、とは思う。
脇田は、こちらを恨みがましく見て言ってきた。
「こうなるとわかってたんだね?」
「貴方は渚さんを裏切れないと思ってましたよ。
そういう人だからこそ、渚さんが無理矢理にでも、貴方を自分の会社に入れたんでしょうから」
「それって、結局、渚を信頼してるってことだよね」
渚の人を見る目を、と言う。
「……私、渚さんのお爺様にお会いしたことがあるんですよ。
少しご挨拶しただけですけど。
人を見誤るような方ではなかったですね。
あの方が渚さんを後取りにと思っているのなら、渚さんはそれ相応の人だろうと、最初からそれだけは思ってましたよ」
脇田は溜息をついて言った。
「君は渚のいい奥さんになるよ。
その身を呈して、僕の離反を防いだんだから」
「いえ。
単に、脇田さんを信頼してただけですよ。
そうでなければ、もっと早くに呼んでます。
未来」
と脇田の後ろに向かい言うと、さっき、咄嗟に靴を蹴って、突っ込み、薄く開いていた玄関から、未来が顔を出す。
「あのさあ。
そう何度も都合よく僕が現れると思わないでよ」
「来ると思ってたのよ。
だって、和博さんがウロウロしてたから、貴方が見張ってるはずだと思って」
「僕、君んちのお庭番じゃないんだからね、ほんとに」
溜息をついたあとで、未来は言う。
「あのさ、蓮。
その肉を切らせて骨を断つみたいなやり方はやめた方がいいよ。
じゃあって男が居たらどうすんだよ。
ちなみに、僕なら言うよ。
じゃあって。
あの社長に殺される前に、今生の思い出にって」
「大丈夫だ。
お前がなにかする前に、殺すから」
と未来の後ろから、声がする。
渚が顔を出した。
やはり、ケモノ……。
未来は和博を見張っていて此処に来られたのだろうが。
この人のは、やっぱり、ケモノ的勘かもな、と思っていた。
つい、笑ってしまう。
「この状況で笑うか」
呆れたように渚が言う。
脇田はまだ蓮の脚の上に座ったままだし、蓮の服も乱れている。
でも、脇田は渚を裏切らなかったし。
渚はやっぱり来てくれた。
落ち着き払っているように脇田には見えていたかもしれないが、本当はちょっと怖かった。
もしかしたら、という思いもあったからだ。
だから、渚の顔を見たとき、本当は泣きそうなくらい嬉しかったのだ。
「渚、この人、危ないよ。
無茶するよ」
と上から退いた脇田が渚に訴える。
「お前が言うな……」
「いや、渚さん。
きっと、今回のことは、脇田さんのちょっとした反抗期だったんですよ」
と言うと、脇田自身が、
「どんなフォローの入れ方?」
と文句を言ってくる。
「だって脇田さんほどの人が私をとか、おかしいです」
「じゃあなんだ。
お前に惚れてる俺は、それ以下の人間って、ことか!?」
……いや、なんでそうなる。
「蓮、お前は俺を舐めている」
と渚が言い出す。
「舐めてはいませんよ。
だって、生まれて初めて好きになった人なのに。
ああでも」
でも? と渚が訊いてきた。
「最初はなんて格好いい人だと思ってたけど。
今はそう思わないことも多いです」
「はあ!?」
「いや、渚さんて、知れば知るほど可愛いなって」
「……なんだお前、その上から目線」
男は可愛いって言われるの、嫌いなんだと赤くなって言う渚に、
「そうみたいですね」
とうっかり言うと、
「そうみたいですね?」
と渚と脇田が訊き返してくる。
「お前、それ、誰に言ったんだ」
「えーと。
課長代理に?
あの表情変わらない人が赤くなってましたけど。
怒りでですかね?
男はそういうこと言われるの、嫌いなんだとか言ってましたけど」
「未来」
と渚が呼びかける。
「なに?」
「絶対外れない手錠とかないか」
なんて危険な女だ。
閉じ込めておかねば、と渚が言い出す。
なにがだ……と思っていると、
「やっぱりお嬢様ですね」
考えがなさすぎる。無防備だし、と脇田が言った。
いや、だから、お前が言うな……。
「それにしても、毎日来るなんて、すっかり骨抜きだね、社長」
と未来が渚に言う。
「カーッと燃え上がって燃え尽きるといいよ。
人の気持ちはうつろうものだから」
そう言う未来に、渚は大真面目な顔で、
「いや、燃え尽きるとかないな。
俺はしつこいし」
と大威張りで言っていた。
「さて、蓮。
そこに直れ」
みんなが帰ったあと、いよいよ、切腹ですか、という勢いで、渚が迫ってくる。
介錯人として、徳田が現れそうだ。
「なんであんな無茶をした」
蓮は殊勝に正座をし、渚を見上げた。
「だって、渚さんにとって、脇田さんは絶対に必要な人だと思ったからです」
自分なんかのことで、仲違いをしては、今後の渚のためによくないと思ったと告げる。
腕を組んで見下ろす渚は、渋い顔をし、
「だからって、自分を犠牲にすることはないだろ」
と言ってくる。
「……いえ、まあ、実は本気で来たら、抵抗するつもりでした。
私結構、強いんですよ」
と蓮は笑ってみせた。
「そうなのか?」
まあ、護身術とかやってそうだな、と言う。
「それにしては、俺のときは、力づくで抵抗してきたりはしなかったな」
「そうですね。
なんででしょうね」
と言うと、
「すっとぼけるな。
好きだったんだろ、最初から」
と言ってくる。
いや、その勝ち誇った顔が嫌だから、言わなかったのに~。
恨みがましく渚を見上げ、
「……言わせたいんですか」
と言うと、渚は、蓮の前に片膝をつき、
「言わせたいな」
と笑う。
「ちなみに、俺も一目惚れだ。
ま……口に出すのは恥ずかしいかな」
と言っておいて、赤くなる。
「よし、来い、蓮っ」
と渚が手を広げた。
「だから、犬じゃないんですってばっ」
と照れて言いながらも、蓮は腰を上げ、膝で少し渚に近づくと、その胸にちょこんと頭を寄せた。
すぐに、なにかが聞こえてきた。
スマホの鳴る音だ。
いや、聞こえぬふりをしよう、と蓮は目を閉じる。
渚にも聞こえてたようだが、その上にクッションを投げて、素知らぬふりをしていた。
野生の勘か。
いや、いつもと違う着信音だったからか――。
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