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今日もレコーディング室に元貴の声が飛ぶ。
俺たちの支柱となる声。
聞くだけで背筋が伸びるような真剣さ、無意識に止めていた呼吸を思い出させてくれる優しさ。両方を持った愛おしい声は、夜になれば蕩ける程の甘い声を響かせてくれる。
休憩の合図と同時に俺の膝に頭を預ける愛おしい人。隣に座る涼ちゃんの髪を弄りながら、俺の手に擦り寄ってくる。
「2人ともあったかいね」
そう言う元貴の目はとても幸せそうで、キラキラと眩しかった。
茨の道を進もうとする元貴を俺と涼ちゃんで甘やかして蕩けさせて、3人の世界を作っていた。ずっとこのままでいたい。そう願っていた。そうであることを疑わなかった。
でも、世界は元貴に厳しかった。
気が付いたときには何もかも遅かった。
元貴は、俺たちの愛おしい人は、壊れてしまった。
あるレコーディングの日。いつまで経っても元貴が来なかった。多少の遅刻はあれど、何も言わずにすっぽかすなんて今まで一度もなかった。マネージャーの電話にも俺たちのメッセージにも反応がない。嫌な予感がした。
涼ちゃんとマネさんと急いで元貴の家に向かった。
扉を開けた先には、ぐちゃぐちゃになった部屋。脱いだ服や割れた皿が散乱して、カーテンはビリビリに引き裂かれていた。異様な部屋の中心で、元貴はじっと動かずに虚空を見つめていた。
「元貴ッ……!どうしたの、何があったの!?」
肩に手を置いて、目を合わせようとして初めて気が付いた。何も映していない真っ黒な元貴の瞳。その手には割れた皿の破片が握られていた。真っ赤に染まった手のひらと対称的に顔は真っ青だった。
涼ちゃんが刺激しないようそっと話しかける。
「元貴、手の力抜ける?……うん。そう、えらいね。じょーずだよ…」
そのまま、元貴の握りしめている破片をスッと取り除く。痛がる素振りもない。明らかに異常なことが起こっていた。
マネさんが救急車を呼んでくれたらしい。もう少しで着くと教えてくれた。
「ちょっと疲れちゃったんだね……少し休もうね、元貴」
俺はぎゅっと元気を抱きしめた。いつもなら嬉しそうに抱き返してくれる腕はだらりと床に垂れたままだった。それがなんだか泣けてきて、俺も涼ちゃんも救急車が来るまで元貴を離さなかった。