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桜が咲いた日、紫苑はベッドの上から一歩も動けなくなった。
目を覚ましたとき窓の外は明るく、鳥の声がかすかに聞こえていた。それでも、体は鉛のように重かった。
「……あれ?神夜ちゃん?」
呼び掛けても、風は来なかった。
その日は、神夜が来なかった。
紫苑の小さな胸に不安がゆっくりと積もっていく。
神夜は、社の奥に座っていた。
誰もいない風の中、彼女は自分の存在と向き合っていた。
――私は、紫苑くんの願いを叶えたい。
でも、それは神である自分にとって、禁じられたことだった。
人の命を伸ばすことはできない。
運命の流れに手を加えれば、神としての存在は崩れてしまう。
けれど、今の彼女にとって、それはもうどうでもいいことだった。
「紫苑くんの願いを叶えられないなら、私は神である意味がない。」
神夜は静かに目を閉じる。
体が少しずつ薄くなっていくのを感じていた。
存在の力を削って、ひとつの願いに全てを注ぐ。
それは、自分という存在がこの世界から消えるということ。
でも、それでいい。
「あなたが生きてくれるなら」
その夜、神夜は紫苑の夢の中に現れた。
いつもどおり、星空の下。
だけど、どこか様子が変だった。
「神夜ちゃん?なんか、透明になってるよ?」
「うん。もうすぐここからいなくなるの。」
紫苑の目が大きく見開かれる。
「なんで?!やだよ!どこにも行かないでよ!」
神夜は彼の手をとった。冷たいけど優しい手。
「紫苑くんの病気を治してあげたかった。でも、それはわたしの力じゃ叶えられなかった。だから、私の存在を使うことにしたの。」
「ダメだよ!そんなの!消えちゃうなんて!神夜ちゃんがいない世界なんて、僕、嫌だよ!」
紫苑の目に涙が溢れる。
「私の名前、つけてくれたよね?はじめて人に存在をもらったの、だからね、次は私が紫苑くんに未来をあげるよ」
「そんなのいらない!僕は君といっしょにいたいのに!!」
「ありがとう、」
「やだ、やだよ、」
紫苑は泣きじゃくる。
「なかないで、あなたは、これから生きるんだか ら」
そして彼女は光の粒となって消えていった。
目を覚ますと何かが変わった。
息が楽で痛みもなかった。
「これは、奇跡だ。」
でも、紫苑は笑わなかった。
「神夜ちゃんがくれたんだ。」
次の日
誰もいない出雲大社の奥、あの古い社に向かった紫苑。
そこにはなにもなかった。