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碧瑠(みどる)&理雨
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夏休み終盤ですね!
私は頑張って宿題終わらせたのであとはのんびり予習と部活に勤しみます!!
かんかんと照りつける八月の太陽の下、冷房の効いた図書室に中原中也の怒鳴り声が響き渡りそうになり、彼女は慌てて自分の口を手で押さえた。ここは学校の図書館だ。夏休み中も自習室として開放されており、数人の生徒が静かに机に向かっている。
中也は大きくため息をつき、目の前に広げられた手つかずの夏休みの宿題──数学のプリントの束を睨みつけた。
現在、八月も後半戦。それなのに中也の宿題は半分も終わっていない。
なぜか。理由は明確だった。
「ひどいなぁ中也。私はただ、夏休みの貴重な時間を君と一緒に有意義に過ごそうと提案しているだけだよ?」
対面に座る男、太宰治が、頬杖をつきながらひらひらと手を振る。
中也が家で宿題を始めようとするたびに、この男はどこからともなく現れるか、あるいはしつこいほどのメッセージと通話で作業を妨害してきた。ある時は「面白い入水スポットを見つけたから今すぐ来てくれ」と言い、またある時は「中也の作った唐揚げが食べたいなぁ」と部屋に転がり込んできた。
結果として、中也のペンは一向に進まなかったのだ。
「有意義もクソもあるか! お前のせいで私の提出物が絶望的になってるんだよ! そのくせお前、宿題どうなってんだよ」
「ん? 私は七月中に全部終わらせたよ。当然じゃないか」
太宰は事も無げに言って、綺麗な顔で微笑んだ。中学二年生にしては大人びた、人を食ったような笑み。
付き合って数ヶ月になる恋人だが、こういう要領の良さと底意地の悪さだけは本当に腹が立つと中也は思う。成績優秀、眉目秀麗。しかし中身は最悪の変人。それが太宰治だった。
「……チッ、天才肌はこれだから気に入らねえ。じゃあ何で今日わざわざ図書館に付いてきたんだよ。終わってんなら家で寝てろ」
「いやだな、まだ一つだけ終わっていないものがあるんだ。ほら、これだよ」
太宰が机の上にぽんと置いたのは、一冊の薄いノートだった。表紙には大きく『自由研究』と書かれている。
「自由研究? お前がそんな真面目にやるわけねえだろ。テーマは何なんだよ」
「『飼っている小狗の観察日記』さ。我が家に新しくやってきた、とても手がかかって、だけど最高に愛くるしいわんちゃんの生態をね、毎日克明に記録しているんだ」
「はあ? お前、犬なんて飼い始めたのか?」
初耳だった。太宰の家には何度か遊びに行ったことがあるが、ペットの気配など微塵もなかったはずだ。
「うん。最近ね。本当に可愛いんだよ。怒るとすぐに髪を逆立てて威嚇するし、キャンキャン吠える割には、寂しくなると自分から袖を引っぱってきたりするんだ。あ、でも主人の言うことは全然聞かない駄犬だけどね」
「なんだそりゃ。お前が犬を世話するなんて天変地異の前触れじゃねえか。どうせすぐ飽きて母さんに押し付けるんだろ」
「まさか。私一生を賭けてこの子のお世話をするつもりだよ。だからこうして、夏休みも毎日欠かさず観察しているのさ」
太宰はそう言って、どこか妖しげに目を細めて笑った。中也はその笑顔にわずかな寒気を覚えたが、「まあ、お前が何かに熱中して大人しくなるなら好都合だわ」と無理やり納得することにした。
「とにかく! 私は今日、このプリントを全部終わらせるからな! 絶対に邪魔するなよ!」
「はいはい、お邪魔虫は退散して、大人しく日記でも書いているよ」
太宰はペンを回しながら、手元のノートを開いた。
中也はふん、と鼻を鳴らし、シャーペンを握り直す。どうせ口だけで、すぐに髪を引っ張ってきたり、ノートの端に落書きをしてきたりするのだろう。中也は最大限の警戒態勢を敷きながら、最初の問題に手をつけた。
ところが。
一時間が経過しても、二時間が経過しても、太宰からの襲撃はなかった。
(……おかしい)
中也は計算式の途中で、そっと視線を上げた。
太宰は驚くほど真剣な表情で、手元のノートに文字を書き連ねていた。時折、中也の方をじっと見つめてくる。その視線があまりにも熱を帯びているので、中也は「なんだよ」と睨み返したが、太宰はただ優しく微笑むだけで、すぐにまたノートにペンを走らせるのだった。
本当に、真面目に観察日記を書いているらしい。
(あいつが真面目に課題をやってる姿なんて、授業中以外で初めて見たかもな……)
いつもふざけてばかりの恋人の、少し伏せられた睫毛の長さや、ペンを持つ細い指先に見惚れそうになり、中也は慌てて首を振った。顔が熱くなるのをごまかすように、再び数学のプリントに没頭する。
太宰が邪魔をしてこないおかげで、中也の集中力は極限に達していた。
それからさらに数時間。
西日が図書室の窓から差し込み、室内をオレンジ色に染め始めた頃。
「……終わったァ!」
中也は小さく声を上げ、机の上に突っ伏した。最後のプリントの、最後の空欄を埋めきったのだ。
指先はシャーペンのタコで少し赤くなり、肩はガチガチに凝っている。けれど、ものすごい達成感だった。これで残りの夏休みを、何の憂いもなく過ごすことができる。
「ふぅ……死ぬかと思った……」
中也がふいー、と深い息を吐き出すと、対面からクスクスと小気味よい笑い声が聞こえてきた。
「中也、お疲れ様。よく頑張ったね」
いつの間にかノートを閉じ、ペンを片付けた太宰が、両手を広げて待っていた。
中也は周囲に他の生徒がいないことを確認してから、机越しに少しだけ身を乗り出す。太宰はその細い手を伸ばし、中也の額に張り付いた前髪を優しく払ってくれた。
「お前、珍しく本当に邪魔してこなかったな……。おかげで助かったわ」
「ふふ、私は約束は守る男だよ。中也が必死に机に向かっている姿は、それはそれでとても見応えがあったしね」
「何だよ見応えって。お前の方も、その……観察日記だっけ? 終わったのか?」
「うん、今日の分はバッチリ。素晴らしいデータが取れたよ」
太宰は満足げに、大事そうにノートを鞄に仕舞った。
中也はふと思い出した疑問を、口にしてみる。
「……なあ。やっぱり不思議なんだけどさ。お前、本当に犬なんて飼ってたっけ? 太宰の叔父さんとか、誰もそんなこと言ってなかった気がするんだけど」
中也が首を傾げると、太宰は一瞬だけ、その綺麗な瞳の奥にどろりとした、深い深い愛着の色を浮かべた。
そして、含みのある極上の笑みを唇に刻む。
「飼っているとも。世界で一番、最高に可愛いわんちゃんだよ。小さくて、気が強くて、私のことが大好きでたまらない……特別なね」
太宰の手が、中也の頭へと移動する。
そのまま、よしよし、と小さな子供や動物をあやすように、優しく、丁寧に中也の髪を撫でた。
中也はその手の心地よさに、思わず目を細めてしまう。
「な、なんだよそれ。……まあ、お前が可愛がってるならいいけどさ。今度、私にも見せろよな。その犬」
「いいよ。中也には、いずれ嫌というほど会わせてあげる。……さあ、宿題も終わったことだし、今日は我が家で打ち上げといこうか。中也の大好きなアイス、買ってあげるからね」
「本当か!? よし、じゃあ片付けるわ!」
太宰の言葉に、中也の顔がぱっと明るくなる。
太宰はその様子を、どこまでも愛おしそうに見つめていた。その視線の意味に、中也が気づくはずもなかった。
*
それから数日後のこと。
夏休みも残すところあと数日となった、ある日の午後。
中也は約束通り、太宰の家に遊びにきていた。
太宰の両親は共働きで、夏休みの平日は基本的に留守だ。広い一軒家には、冷房の音だけが静かに響いている。
太宰の部屋のベッドの上で、二人は並んで座っていた。
「中也、これ食べる?」
「あ、ソーダ味。もらう」
太宰が差し出してきたカップのアイスを、中也は受け取る。
二人の距離は、ほとんどゼロに近かった。太宰の長い足が中也の足に絡みつくように配置され、太宰の片手は中也の腰に回されている。中也もそれが当たり前のように、太宰の肩に体を預けていた。
「んー、美味い。やっぱり夏はこれだな」
「中也は本当に、美味しそうにものを食べるね。見ていて飽きないよ」
太宰は中也の頬についた小さなアイスの跡を、自分の指先で掬って、そのままペロリと舐めた。
「なっ……! お前、何して……っ!」
「だって、もったいないじゃないか」
「汚ねえだろ! 自分で拭くわ!」
真っ赤になって怒る中也を見て、太宰は嬉しそうに声を上げて笑う。
中也は心臓がバクバクと音を立てるのを必死に抑えながら、アイスを口に運んだ。付き合ってからというもの、太宰のスキンシップは過剰になる一方だ。最初は戸惑っていた中也も、最近ではこの、少し息が詰まるような甘い距離感に心地よさを感じてしまっている。
「あ、そうだ。太宰、お前が言ってた犬はどこにいるんだよ。今日もいねえじゃん」
中也は部屋を見回しながら言った。
犬のケージも、フードの皿も、おもちゃも見当たらない。
「ああ、我が家のわんちゃんはね、今はちょっとお出かけ中というか、私のすぐ近くにいるんだけど……気づかない?」
「は? どこにだよ。隠してんのか?」
「さあね。あ、私はちょっと下のリビングから飲み物を持ってくるよ。中也はそこで待っていて」
太宰は意味深な笑みを残し、ベッドから立ち上がって部屋を出て行った。
一人残された中也は、アイスを食べ終え、手持ち無沙汰になる。
太宰の机の上に視線をやると、いくつかの教科書やノートが乱雑に積まれていた。その中に、見覚えのある薄いノートを発見する。
(あ、これ……図書館の時の、自由研究のノートじゃん)
『飼っている小狗の観察日記』。
中也の好奇心が、むくむくと首をもたげた。
太宰が一体どんな犬を飼っていて、どんな風に観察していたのか、純粋に気になったのだ。別に悪いことをするわけじゃない。ちょっと中身を見るくらい、恋人の特権として許されるはずだ。
「……ちょっとだけな」
中也はベッドから這い出て、机の前に座り、そのノートを手に取った。
表紙をめくる。
太宰の、無駄に整った美しい文字が、びっしりと書き込まれていた。
【〇月〇日】
我が家に新しい小狗を迎えた。
名前は中也。オレンジ色の毛並みがとても美しく、体は同年代の他の個体に比べて少し小柄だ。
最初は私に対して激しく威嚇し、噛みつこうとしてきたが、お菓子(特に甘いもの)を与えると途端に大人しくなる。
非常に単純で、扱いやすい。これから毎日、この可愛い駄犬の生態を観察することにする。
中也の思考が、ピキリ、と静止した。
(……は?)
中也。オレンジ色の毛並み。小柄。お菓子。
嫌な予感が頭をよぎる。冷や汗が背中を伝う。
中也は震える手で、次のページをめくった。
【〇月〇日】
今日は、私が他の女子生徒と話しているのを見て、明らかに不機嫌そうに尾を振っていた(本人は隠しているつもりのようだが、顔に出やすいためすぐに分かる)。
放課後、二人にきりになった瞬間に、私の制服の袖をぎゅっと掴んで「……どこ行ってたんだよ」と小さな声で鳴いた。
可愛すぎる。あまりの愛らしさに、思わず頭を撫で回してしまった。
犬のくせに嫉妬深くて、本当に手がかかる。だが、そこが堪らなく愛おしい。
【〇月〇日】
今日は家に突撃した。
私が部屋に入るなり、「またお前か!」とキャンキャン吠えていたが、私が「中也に会いたかったんだ」と言うと、一瞬で顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。
その後、手作りの唐揚げ(絶品だった。この小狗は料理の才能があるらしい)を差し出してきた。
主人の胃袋を掴むとは、生意気な犬だ。
ベッドの中で少し強めに抱きしめると、心臓をトクトクと激しく波打たせて、私の胸に顔を埋めてきた。
完全に私に懐いている。
「な……な、ななな……ッ!!」
中を読み進めるにつれ、中也の顔は限界突破の赤さに染まっていった。
これは犬の観察日記などではない。
自分──中原中也という人間を犬に見立てて、太宰が日々行っている「お世話」という名の、ただの惚気とストーカーまがいの観察記録だった。
さらに、あの図書館の日のページを開く。
【○月〇日(図書館にて)】
今日は宿題を見守る日。
いつもなら私が邪魔をするとすぐに怒るのだが、今日は本当に提出物が危ういらしく、必死な顔でプリントに向かっていた。
シャーペンを握る小さな手。難しい問題にぶつかると、眉間にシワを寄せてうなる癖。
時折、私の方を泥棒猫でも見るような目で見つめてくるのが堪らない。
数時間後、ようやく全ての課題を終えた我が家の小狗は、腑抜けた声を上げて机に頽れた。
よく頑張ったので、頭を撫でてたくさん褒めてあげた。
嬉しそうに目を細める姿は、まさに忠犬そのもの。
早く私のものだと示す首輪をつけてあげたい。
「首輪ァ!!?」
中也は叫び声を上げ、ノートを机に叩きつけた。
恥ずかしさと怒りと、そしてほんの少しの(認めたくはないが)胸の高鳴りで、頭がどうにかなりそうだった。
あの時、太宰が妙に真面目な顔をしてペンを走らせていたのは、全部自分の行動をこうして変態的に記録していたからだったのだ。
「おや、見られてしまったかい?」
背後から、楽しげな声がした。
振り返ると、両手に麦茶のグラスを持った太宰が、ドアの隙間からこちらを覗き見ていた。その表情には、焦りなど微塵もない。むしろ、見つかるのを待っていたかのような、底意地の悪い笑みを浮かべている。
「太宰……お前……ッ!!」
「どうだった? 私の自由研究。なかなかの大作だろう? 提出したら、きっと先生も驚くよ」
「提出するなバカ!! こんなもん出せるか!! というか、何が『飼っている小狗』だ! 誰が犬だコラァ!」
中也はノートをひったくり、太宰に詰め寄った。
太宰は麦茶を机に置くと、一歩も引かずに、中也の腰にそっと両手を回した。そのまま、ぐい、と自分の方へ引き寄せる。
「だって、中也は私の可愛いわんちゃんだろう?」
「違うわ! 私は人間だ!」
「じゃあ、どうして私がこうして近づくだけで、そんなに赤くなって、心臓をバクバクさせているの?」
太宰の顔が、至近距離まで近づいてくる。
彼の心地よい体温と、微かに香る洗剤の匂いが、中也の思考を麻痺させていく。
太宰は中也の耳元に口を寄せ、低く、甘い声で囁いた。
「怒るとすぐに噛みついてくるのに、私が抱きしめると大人しくなる。……ほら、日記に書いた通りだ」
「それは……お前が、ずるいから……」
中也は太宰の胸に両手を押し当てて抵抗しようとしたが、その手には全く力が入らなかった。
太宰は優しく、しかし拒絶を許さない強さで、中也の唇に自分のそれを重ねた。
夏休みの終わりの、気だるい午後の空気の中で、何度も、何度も、深くリップ音を響かせながら口づける。
「ん……っ、は……た、だざ……」
「中也、大好きだよ。これからもずっと、私のお世話になってね」
太宰は中也の耳たぶを甘噛みし、それからまた、満足そうに彼女のオレンジ色の髪を優しく、優しく撫で回すのだった。
中也はもう、彼を突き放すことができなかった。
自分が太宰の言う通りの「駄犬」になってしまっていることを自覚しながら、ただ、その甘い檻の中で、彼の腕に抱かれ続けることしかできなかった。
太宰の自由研究は、おそらく、この先も一生終わることはないのだろう。
・・・最後のほう性癖出ちゃった泣
純愛で行きたかったのに
コメント
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自由研究(課題)で、“中也♀のことを観察する”というテーマを選ぶほどに、中也♀が大好きなんだなと太宰さんの想いが伝わってきました!! 何より、愛おしそうに中也♀の頭を撫でる姿がエモすぎました。 最終的には、課題のテーマに選んだあった中也♀本人に、観察日記を見られたという結果が最高でした!! 勝手な考察だけど、太宰さんの事だから態と日記を見るよう仕向けたのかなと思いました!!

やっぱり太中は愛おしい‼︎‼︎ ……惚気だらけの自由研究、先生はどんな反応をするんでしょうね。
太宰の「自由研究」、まさか中也の観察日記だったとは……! 図書館で真面目にペンを走らせてたのも、全部それかあ、って思うと、もうずるいですね(笑)。でも、宿題を終えた中也を撫でるシーンとか、あの優しい距離感がすごく甘くて、ついニヤニヤしちゃいました。最後の作者さんの「性癖出ちゃった泣」にも共感です……! 純愛だけど、ちょっと歪なとこが萌えますよね。