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後日談|静かな回復、にぎやかな日常
復帰から数週間。
りつの配信は、以前よりも少しだけ短く、少しだけゆっくりになった。
開始前に深呼吸をする癖。
喉が渇いたら、素直に水を飲む。
コメントに「大丈夫?」と流れれば、冗談で返す。
「今日はちゃんと大丈夫。ダメだったら切る」
その一言が、リスナーの安心材料になっていた。
病院では、健屋花那と同じフロアで働く日常が戻ってきている。
白衣の袖を整えながら、健屋がちらりと見る。
「今日は、無理しないシフトよね?」
「はい。確認済みです」
医師としての腕は、変わらない。
判断は早く、処置も正確。
患者からの信頼も厚い。
「……相変わらず上手ね」
「ありがとうございます」
ただ一つ違うのは、“異変を隠さない”ことだった。
ある日、病院にやってきた患者が、やけに見覚えのある人物だった。
「……え?」
「……あ」
ローレン・イロアスは、診察室で固まった。
「りつ?」
「患者さんは、静かにしてください」
結果は大事に至らない軽い怪我だったが、
ローレンは帰り際、ぽつりと言った。
「……配信で倒れたって聞いてたから」
りつは、穏やかに答える。
「今は、ちゃんと休みながらやってます」
それは、医者としても、ライバーとしても、同じ意味だった。
夜。
久しぶりの、三人コラボ。
「今日は、雑談だけな」
葛葉が念押しする。
「りつ、無理したら即終了だから」
叶も念を押す。
「了解。今日は“平和枠”で」
配信が始まると、空気は一気に緩んだ。
ゲームの話、最近の失敗談、どうでもいい言い合い。
「お前さ、入院中に俺の切り抜き全部見たらしいな」
「暇だったんだよ」
「正直でよろしい」
敬語は、もう使わない。
「なあ、りつ」
葛葉が少し真面目な声になる。
「前より、顔つき違くね?」
りつは少し考えてから答えた。
「……多分、隠すのやめたから」
叶が小さく笑う。
「それ、いい変化」
コメント欄が流れる。
〈空気が家族〉
〈安心して見れる〉
配信の終わり際、りつは言った。
「次も、こんな感じでやります。
無理しない、でも、消えない」
「それでいい」
二人は同時に言う。
配信後。
通話は切らず、そのまま雑談が続く。
「明日、飯行く?」
「病院明けだから、早めなら」
「了解」
画面はもう回っていない。
それでも、笑い声は続く。
りつは思う。
――回復って、完治じゃない。
――続けられる形を見つけること。
今は、それができている。
胸に手を当てる。
鼓動は、確かにここにある。
静かで、にぎやかな日常が、また動き始めていた。