彼女の部屋は二階。彼女は階段の上で玄関の会話に聞き耳を立てていたようだ。
彼女は長袖のTシャツを着て、下はジャージを履いていた。熱があるのに立って僕を出迎えて、彼女に促されてベッドの上に並んで腰かけた。熱があるんだから横になりなよと言うと、このままでいいと首を振った。
「ありがとう」
「僕に風邪を移されたんだから、見舞いに来たお礼はいらないよ」
「そっちじゃない。本当の愛の方だ」
「そっちね」
「夏梅は死にたくなかったから、その場しのぎでボクの恋人になってくれたんじゃなかったのか」
「口だけじゃダメだぞ、心から私を愛せるのか、と君も念押ししてたはずだけど」
「夏梅は律儀なやつだな。口先だけじゃないと約束したから本当に恋人になろうと努力してくれているわけか」
「それだけじゃないけどね。それに努力はしていない。努力する必要もない。だって、認めたくないけど、僕は君の恋人になれてよかったと思ってる。不思議だよね。君の恋人になったって、損得で言えば損しかないのに。今日ここに来たのだって義務感じゃなくて、君に会いたいから来た。だから努力しなくても僕は自然に君の恋人らしく振る舞えるんだ」
「どうしよう。どうすればいいんだ……」
「僕には口だけじゃダメだと言いながら、君が僕を恋人にしたのは口先だけだったから今さら困ってるの?」
「そうじゃない。ボクは夏梅から、セックスが目的じゃない本当の愛があると教えられたかった。夏梅は十分にそれを教えてくれた」
「目的を達成したから僕の役割は終わった?」
「いやだ」
「何が?」
「まだ見せられただけじゃないか。これからそれをボクに与えてくれ。ボクもボクの持つすべてを夏梅に与えてもいいから。まあ、ボクの場合は陸たちにいろいろ奪われすぎて、今はまだ与えられるものがほとんど残ってないけどな」
想定外の展開になって、僕は戸惑っていた。彼女は彼女でもっと混乱しているから、僕の戸惑いにまったく気づかないようだ。
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