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「うわ、めっちゃ綺麗じゃん….!」
遥楓の声が、助手席の窓から入る潮風に溶け ていった。
海沿いの小さな砂浜。観光客は少なく、空も 水も、果てしない青だった。
○○はそっと風に目を細めた。 遠くに行きたい。 全部、忘れてしまえるくらいに。
「○○ちゃん、貝殻とか拾ってみる? 子ども の頃、よく母さんとやってたんだ」
「うん…..」
ふわっと微笑んだ○○を見て、遥楓は嬉しそ うに頷いた。
ほんの少しだけ、本当に少しだけ、 “普通の女の子”になれた気がした。
「…… あれ?おい、あれ○○じゃね?」
急に背後から声がした。
振り向くと、そこには見覚えのある顔が3人。 学校で○○を毎日のようにいじめている女子 たちが、偶然にも海に遊びに来ていた。
「なんでお前こんなとこにいんの? まさか男 と来てるの? キモ……」
「ちょっと来てよ、話あるから」
遥楓が貝殻を探している間に、○○は半ば強 引に裏の岩場のほうへ連れて行かれた。
「なに隠れて遊んでんの? アンタだけ幸せ そうな顔してさ」
「ムカつくんだけど、ほんと」
そして–突然、頬に平手打ちが飛んできた。 唇が切れた。
髪を引っ張られ、砂に突き飛ばされた。
その言葉と笑い声だけが、耳に残った。
遥楓のところに戻ったとき、○○は「迷子に なってた」とだけ呟いた。
唇の傷には、髪を垂らして気づかれないよう にした。
「そっか、ごめん。ちゃんと見てればよかっ
た」
遥楓はそう言って笑ったけど、○○は何も言 えなかった。
心が、音もなく割れていくのが分かった。
その夜。
部屋の引き出しの奥にしまってあった睡眠薬 を、○○は机に並べた。
病院からもらった、あの日のままの処方薬。 OD (オーバードーズ) – それは、自傷とはまた違う“終わらせ方。
「….. もう、疲れちゃった」
ぽろぽろと涙が落ちる中、○○は震える手で
薬を飲み込もうとした。
それでもどこかで思った。
–遥楓が知ったら、悲しむかな。
でも、どうせ気づいてないし、言えないし。 この痛みの意味を、誰にも知られたくない。
1錠、2錠、3錠……. 静かに、心と体が沈んでいく。