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翌日、指定された時間にホテルを訪れると、フロントマンが直ちに目的の部屋まで案内してくれた。
予め東雲が根回しを済ませていたお陰で、何一つ滞ることなく室内へと足を踏み入れる。
まだ誰もいない静まり返った部屋で、理人はソファに深く腰掛け、その時が来るのを静かに待った。
室内は隠しカメラで監視されており、耳に嵌めたイヤモニからは、東雲による外の状況報告が逐一届くようになっている。
暫くして、乾いたノックの音が響いた。何も知らされていない朝倉が、期待に顔を歪ませて入室してくる。
だが、室内を一通り見渡した朝倉の視線がソファの理人を捉えた瞬間、その動きが凍りついた。
「な……っ、なんで部長が此処に!?」
「さあ、なんでだと思う? 今日は面白い話し合いがあるって聞いたもんだから、俺も混ぜて貰おうと思ってな」
理人は動揺を隠せない朝倉に、冷徹で意地の悪い笑みを向けてゆっくりと立ち上がった。
周囲には東雲の手配によって他の客の気配はない。今頃、間宮たちは外で「ひき逃げ犯」の現行犯逮捕に向けて牙を研いでいるはずだ。
理人は朝倉に音もなく近づくと、その耳元に唇を寄せた。
「――よくも、あいつを傷つけてくれたな……」
自分でも驚くほど低く、地這うようなドスの利いた声が出た。途端、朝倉がヒィッと情けない悲鳴を上げる。
その怯えた表情を視界に入れ、理人は内心で激しく舌打ちした。
今までこの卑屈な演技に何度騙されてきたことか。目の前の男は、気弱な木偶の坊などではない。
狡賢い犯罪に手を染めた、腐った悪党だ。
「いい加減、猫を被るのはやめたらどうだ? もう全部バレてるんだよ。……みっともねぇな」
理人が氷のように冷たい声で言い放つと、朝倉は震える拳を握りしめ、逆上した瞳で理人を睨み付けた。
「ハハッ、何のことだかさっぱり分かりませんね。誰かとお間違えじゃないですか、鬼塚部長?」
「……チッ。間違ってねぇよ。今日、お前が此処で会う予定だった男の名は『西谷』。……だろう?」
その名を出した瞬間、朝倉の頬が痙攣するように引きつった。
――ビンゴだ。
理人は苦々しい感情を殺して笑みを浮かべると、手に持っていたボイスレコーダーのスイッチを押した。
『……お前ら、本当に使えねぇな! 鬼塚理人を殺れと言ったんだぞ? なぜあいつはピンピンしている! 死んでも構わん、娘のデータが入ったUSBさえ手に入ればいいんだ……!』
録音された自身の呪詛を突きつけられ、朝倉の顔から見る見るうちに血の気が引いていく。
「残念だったな、俺を殺せなくて。お前が何に固執して俺や課長を狙ったのかは知らねぇが……やり方が気に入らねぇんだよ」
「……な、んで……っ」
俯いた朝倉が、絞り出すように呟いた。
「あぁ?」
「なんで、いつもアンタは僕の邪魔ばかりするんだっ!!」
朝倉は突然絶叫し、勢いよく顔を上げた。見開かれた目は濁り、表情は醜い怒りと憎悪に支配されている。
「目障りなんだよ、あんたも、課長も! お前らさえいなければ、今頃僕は出世街道を歩んでいたんだ! どうして、どうしてこんなに上手くいかないんだ!?」
顔を真っ赤にして怒鳴り散らす男を、理人は底冷えのするような視線で見下ろした。
「チッ……くだらねぇ」
「はぁっ?」
「そんな、つまらねぇ理由で、お前はあの事件を起こしたっていうのか」
理人は軽蔑を込めて目を細めた。
「そんなことだと!? 僕にとっては死活問題だ! 僕はエリートコースを歩むはずだったのに……! アンタがいたせいで、嫁は男を作って逃げ、娘はあんなことに手を出す羽目になったんだ……っ!」
「……自分を客観視できないとは、つくづく哀れだな」
こんな男の身勝手な論理のために、片桐課長や瀬名は死の淵を彷徨い、東雲は襲撃されたのだ。そう思うと、理人の内側で煮え繰り返るような怒りが静かに、けれど確実に臨界点を超えた。