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「暖炉を調べろ! 燃え残った紙もすべて回収しろ!」
騎士の号令が、静まり返った伯爵邸に響き渡った。王室の捜索令状を突きつけてから、数時間。
屋敷の中は、文字どおりひっくり返したような騒ぎになっていた。
書斎。執務室。使用人部屋。
騎士団と捜査官たちが手分けをし、怪しい帳簿や証拠品を片っ端から押収していく。
「こちらに燃え残った書類があります!」
「処分しようとしたようだな。灰の中まで全部回収しろ!」
暖炉からは、焦げた帳簿の切れ端まで見つかった。
(……予想はしていたけど、証拠隠滅まで図っていたのね)
一方。
ベラドンナとナルシスは別室に一時拘束され、捜査官たちの尋問を受けている。けれど――。
「わたくしは何も存じませんわ! これは濡れ衣です!」
「ぼ、僕だって何も知らない! 本当だ!」
二人とも、まともに口を割る気はないらしい。
「バイオレッタ」
呼ばれて振り返る。
アレクが、一枚の紙を差し出していた。
「書斎の帳簿に挟まっていた」
「これは……?」
受け取って目を走らせる。そこに記載されていたのは、大量の肥料の購入記録だった。私は思わず目を見開いた。
「捜査官によると、睡眠草の製造に使う、特殊肥料らしい」
「やっぱり……この領地のどこかで、大量に栽培しているのね」
アレクが捜査官へ鋭い視線を向ける。
「離れは?」
「はっ。すでに捜索済みです」
捜査官が悔しそうに首を振った。
「公爵閣下からいただいた情報をもとに、特に念入りに調べました。しかし、それらしきものは何も」
「おかしいわね……」
(大量の肥料を運び込んで、誰にも気づかれずに栽培できるスペースなんて、敷地のどこにあるのよ……?)
私は屋敷の図面を机いっぱいに広げた。
温室。違う。
納屋。すでに捜索済み。
倉庫にもない。離れにも――。
「……あれ?」
ある一箇所で、私の指がピタリと止まった。
「どうした?」
アレクがすぐ隣から図面を覗き込む。
「この離れの地下食料庫……」
離れの地下には大きな食料庫が描かれている。私はその寸法を指でなぞった。
「図面だと、奥行きが13メートルあることになっているわ」
「ああ」
「でもね……妙なのよ」
私は、この地下室を知っている。ゲームの中で、子供のバイオレッタがベラドンナにここへ閉じ込められるイベントがあった。
けれど――。
(こんなに広かったっけ?)
「実際に測ってみましょう」
***
離れの地下へ降りる。ひんやりと湿った空気が漂う食料庫。薄暗いランプの明かりの下、壁際にはワイン樽や保存食の木箱がびっしりと積まれていた。
「端から測って」
「はっ!」
捜査官がメジャーを伸ばしていく。
壁から、反対側の壁まで。
そして――。
「……およそ10メートルです」
「やっぱり」
私は図面を見る。図面は13メートルだけど、実際は10メートル。つまり──。
「3メートル……足りないわ!」
その場にいた全員の表情が変わった。アレクが奥の壁を見る。
「この向こうか?」
「たぶんね」
私は壁際まで駆け寄った。けれど、そこには巨大なワイン樽がいくつも並んでいる。
「これを動かさないと――」
言い終わる前だった。
ひょいっ。
「……え?」
アレクが巨大なワイン樽を片手で持ち上げた。
そのまま、ドンと横へ置く。
「次はどれだ?」
「…………」
「バイオレッタ?」
「あ、いや……」
私は思わず樽とアレクを交互に見比べた。
(相変わらず人間離れした筋力ね……!)
「つ、次はその列! あと右の三つもお願い!」
「ああ」
ひょいっ、ドン。 ひょいっ、ドン。 ひょいっ、ドガァン。
あっという間に壁が露出した。私は駆け寄り、拳で壁を軽く叩いていく。
コン。コン。コン。
重く、詰まった音がする。けれど中央あたりまで来たとき――。
コォン……。
明らかに違う音が返ってきた。
「……ここよ!」
もう一度叩く。コォン……。間違いない。
「壁の向こうが空洞になってるわ!」
アレクの表情が一変する。
「下がっていろ」
「ええ」
私を背後へ下がらせると、アレクは壁のわずかな隙間へ指をかける。
ぐっと力を込めると――。
ガゴッ……!
ズズズズズズ……!
「……っ!」
壁が、音を立てながら横へ動き始めた。土埃が舞う。ランタンの明かりが、その向こう側を照らした。
「……嘘でしょ」
思わず息を呑む。そこに現れたのは――。図面には存在しない。地下深くへと続く、真っ暗な階段だった。
吹き上がってくる、氷のように冷たい風。鼻を突く、薬草の匂い。そして――。肌を刺すような、禍々しい気配。
アレクが剣の柄に手をかける。
「俺から離れるな」
「……ええ」
そのときだった。暗闇の底から――。
「……たす……け……」
かすかな声が聞こえた。
コメント
1件
ひよりさん、第106話読了です! 3メートルのズレに気づくバイオレッタの洞察力がかっこよかったですし、アレクが樽をひょいっと持ち上げる場面では思わず笑っちゃいました(笑)最後の助けを求める声で一気に不穏な空気に……続きが気になりすぎます!