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家族の愛なんてものを受けたことのない自分が、芽生に家族愛を語る。
(シュール過ぎんだろ)
ひとり心のなかでごちながら、京介は自分には得られなかったものを、芽生には持っていて欲しいと希わずにはいられない。なにせ、芽生はそれを得るチャンスが与えられたのだから。
腕の中で小さく肩を震わせて泣く芽生を抱き締めながら、京介はそんなことを思う。
ふとそこでベッド上の栄蔵と目が合って、なんとなくバツが悪くなった。
今まで芽生には身内なんていないと思っていたから、自分が彼女の保護者代わりだとばかりに過保護全開で接してきた。だが、血の繋がった祖父母が見つかったとあっては、自分はお役御免ではないだろうか。
「京ちゃん?」
そんな気の迷いから腕の力が緩んで、芽生を不安にさせたらしい。すぐ間近から芽生に見上げられて、京介は一瞬だけ芽生に掛けた手指へ力を込めてから、芽生を栄蔵の方へ手放すみたいに押しやった。
「爺さんにも甘えてやれ」
むしろ今からはそうシフトチェンジしていくべきだ。
京介の言葉に栄蔵が「おいで?」と両腕を広げるのを見た芽生が、京介を振り返ってオロオロとする。京介は再度自分の傍から遠ざけるみたいに芽生の背中をトンと押して栄蔵の方へ促すと、自分は一歩後ろへ下がった。
芽生が恐る恐る「おじい、ちゃん?」と呼び掛けながら栄蔵の方へ歩み寄るのを眺めながら、京介は二人が二十数年分の時間を埋めていけばいいと願う。
栄蔵は芽生の呼び掛けに何度も何度も頷きながら、「芽生」と初めて孫のことを下の名で呼んだ。
***
先程相良京介が孫娘にさらりと『親父さんやお袋さんの命を奪った』と表現したとき、栄蔵はかなり驚かされた。思わず孫の背中越し。芽生を慰める男をじっと見つめてしまったほどだ。
だが栄蔵がハッキリ告げていなくても、芽生は話の内容からそういうことを何となく感じ取っていたんだろう。そこについては一切言及してこなかった。
それよりも芽生にとって重要だったのは、自分が母親に捨てられたのか否かということだったらしい。
芽生が泣きながらそんな不安を吐き出した時、栄蔵は不覚にも上手く慰撫することが出来なかった。孫娘と接するのが初めてだったからというのももちろんあっただろう。
だが、さすがというべきか。芽生が子供の頃から彼女を守ってきたらしい相良京介という男は、いとも簡単に芽生の不安を払拭してしまった。
本来ならば自分の口から『少なくともわたし自身はお前を心の底から大切に思っているよ』と告げるべきだったのに、それすら相良に言われてしまったことは、栄蔵にとって不甲斐なさの極みだ。
家族の愛を説くヤクザというのもおかしなものだが、恐らく相良は芽生に対して親顔負けの愛情を掛けて接してくれていたんだろう。大会社を率いてきた人間としての勘がそう囁いたのは、相良が芽生を見つめる眼差しが慈愛に満ちていたからだ。
そんな相良が芽生を自分の方へ行くよう促してくれた。彼は、どういう心境でそうしたんだろう? そんなことを考えると、栄蔵は相良京介という男のことをますます憎めない人間だと思ってしまった。
裏社会の男相手にそんなことを思ってしまう自分も、大概緩い。ひょっとしたら病気をして、死を意識したからかも知れない。
***
芽生が栄蔵のベッド縁に腰掛けて、幾分ぎこちなくはあるけれど真実血の繋がった祖父と話す姿を遠巻きに眺めながら、胸の奥が何となくモヤモヤしてしまうのは何故だろう。
今まで芽生はずっと自分を頼りにしてきてくれた。そこへ別の人間が介入してきたことへの、漠然とした不安だろうか。
(いや)
だが、それならば『陽だまり』の比田先生だって、芽生にとっては親代わりみたいな存在だったはずだ。京介を頼るほどに、芽生が比田を頼っていたかというと恐らくは否だ。けどそれにしたって、頼り先が京介一択というわけじゃなかっただろうことは推察できる。なのに――。
(ハッキリしねぇこの胸のつかえは何なんだよ?)
京介はイライラしながらそう考えずにはいられない。
(クソッ)
ここが病室であることも忘れて無意識に煙草を探ろうとスーツの胸元へ手を突っ込んだら、指先が乾いた感触に触れた。さっき芽生から取り上げた婚姻届だ。
(あー、そういうことか)
そこでやっと合点がいった京介は、再度芽生と栄蔵を見つめて小さく吐息を落とす。
お互いに相手だけが唯一家族になりうる存在だと思っていたのに、芽生にとっての京介は〝唯一〟ではなくなってしまった。それがこの感情の正体だ。
そう気付いた京介は、(俺も大概クソヤローだな)と嘆息せずにはいられなかった。
なんのことはない。芽生に誰よりも幸せになって欲しいと願う心の根っこの部分で、自分と同じように孤独な身でいて欲しいとも希っていたってことだ。
(芽生が自分にゃねぇモンを得たことで、こんなにも不安になるなんてな。俺はどんだけ自分勝手な男なんだよ)
もちろん相良組の面々のことだって、自分の身内のように大切に思っている。だが、構成員をもってしても、芽生ほどの存在にはなっていなかったということだ。
(芽生に依存してたのは俺のほうかよ)
京介は自分の身の上を今ほど忌々しく感じたことはない。
「それでね、おじいちゃん」
そんなことを一人考えていた京介に、芽生のソワソワとした、だけどどこか弾んだ声音が飛び込んできた。それと同時、不意にこちらへ視線を向けられて、「京ちゃん」と呼びかけられる。何事だろうか?
家族水入らずのところを邪魔する気なんてさらさらなかった京介は、「あ?」と努めて不機嫌そうに返事をしたのだが、そんなのお構いなし。栄蔵のベッドへ腰かけていた芽生が、そこからぴょんと飛び降りてこちらへ駆け寄ってくるのだ。
「私ね、京ちゃんと……この人と結婚しようと思っているのっ」
グイッと芽生に腕を引かれてにっこり微笑まれた京介は、思わずフリーズしてしまう。
芽生の言葉は正に青天の霹靂。まさかこのタイミングで芽生の方から婚姻の件を切り出されるとは思っていなかった京介は、思わず「はぁ!?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。
***
孫娘は最初こそしどろもどろではあったけれど、今日一日あったことを中心に――鳴矢とのことも含めて――たくさん話してくれた。
それを聞きながら、改めて芽生が無事で良かったと痛感させられた栄蔵である。
その流れ、ここへ来る前に鳴矢から害された猫を動物病院へ入院させたことまでは理解できたのだが――。
先ほどまで相良京介や、彼の幼なじみで芽生の職場の社長だという長谷川将継らとともに、芽生が十八歳になるまでを過ごした児童養護施設『陽だまり』へ出向いていたというのは、(何故このタイミングで?)と思わずにはいられない。
(何をしに行ったんだ?)
そんな疑問符だらけの自分を置いて、芽生が続ける。
「陽だまりの責任者・比田真理先生は私にとって母親のような存在なの。そんな彼女がね、実は京ちゃんにとっても、恩師だったって知って、私、すっごくすっごく驚かされたのよ!」
「相良くんも陽だまり育ちということか」
芽生の言葉に頷きながらも、(いや、それは分かったが、何故わたしのところへ来る前に陽だまりへ寄ったんだ?)
そこのところがどうにも腑に落ちない。
「実は今日陽だまりに出向いたのはね、婚姻届の証人欄を埋めてもらうためだったの」
比田と自分たち二人の縁故を興奮気味にまくし立てて心底嬉しそうに微笑んだ芽生が、栄蔵のそんな疑問へ答えるみたいにそわそわしながらそう切り出した。
「えっ?」
鳴矢に婚姻届を無理矢理書かされて、ギリギリのところで役所への提出だけは阻止できたのだと芽生から聞かされたばかりだった栄蔵は、またしても出てきた【婚姻届】という文言に、瞳を見開かずにはいられない。
今の話の流れから、その婚姻届は鳴矢とのものではないと容易に察しはついたけれど、(だったら相手は誰なんだ?)となったのは当然の流れだろう。
そんな栄蔵の心の声を置き去りに、芽生が「それでね」と照れ臭そうにはにかんだ。
「私ね、京ちゃんと……この人と結婚しようと思っているのっ」
自分のそばをすんなり離れて相良のそばへ駆け寄るなり、彼の手をグイッと引いて告げられた芽生からの衝撃告白。さすがにその言葉を聞いた瞬間、栄蔵は眩暈で倒れるかと思った。
栄蔵だって、相良京介という男が――稼業はどうあれ――芽生にとって悪い人間ではないというのは分かっているつもりだ。だが、その男と可愛い孫娘が〝結婚する〟となると話は別だ。
それに……。
あろうことか相良が、まるでそんな孫娘の告白に面食らった様子で「はぁ!?」と声を上げたのも気に入らないではないか。
(おい、相良京介! お前、うちの可愛い孫娘に何の不満があるというんだ!)
それでだろう。ヤクザ者と孫が夫婦になるなんてあり得ないと思っているくせに、心裏腹。相良が芽生のことを気に入らないみたいな態度を取ったことを腹立たしく思ってしまったのは。
「芽生、わたしには何の相談もしてくれてないのに、それは決定事項なのかい?」
栄蔵は自分から呆気なく離れて、相良の手に嬉しそうに腕を絡めてこちらを見詰めてくる芽生にも、非難がましい口調でそう問いかけずにはいられない。
そもそも、さっきまで自分の存在を知らなかった芽生はともかくとして、相良京介は栄蔵が彼女の祖父であることを知っていたはずだ。
なのに、芽生のことを気に入らないみたいな雰囲気を醸し出しておきながら、まるで外堀を固めるみたいに栄蔵をすっ飛ばして、孤児院の恩師と友人に大切な孫娘との婚姻届の証人欄を埋めさせるとか、わざとやったとしか思えないではないか。
「わ、わたしは反対だ!」
それで、当然というべきか、気が付けばそんな言葉が口をついていた。
***
正直過去に芽生から渡された婚姻届を未練がましく持っていたこと自体、京介にとっては有り得ないことだった。
それを細波鳴矢のことにかこつけて引っぱり出したのは、その件が自分の気持ちに踏ん切りをつけるためのきっかけに過ぎなかったことを、京介だけはイヤになるくらい知っている。
『YURIKA』の放火をきっかけに捕まえた細波鳴海に自白させた、一連の放火に関する動機。それを千崎経由で聞かされ、その絡みで芽生の身内が大企業の社長・田畑栄蔵だと知った時には強い焦燥感に駆られたのを覚えている。
千崎に命じて鳴海が持っていたというDNA鑑定の書類をスマートフォンへ送らせた京介は、それを栄蔵宛に芽生の写真とともに転送して孫娘を連れて行くと連絡しておきながら、芽生を奪われたくない一心。
本来ならば栄蔵に書いてもらうのが筋だと分かっていて、あえて比田と長谷川に証人欄を埋めさせた。それだって、今みたいに芽生の本当の身内から反対された時、強硬手段に出られる保険みたいなものが欲しかったからに他ならない。
だがそう思うのと裏腹。こんな自分が本当に芽生をもらい受けてもいいのだろうか? という躊躇いが捨て切れなかったのもまた事実で……やたら祝福モードの比田や長谷川に素直になれなかったのも、照れ以上に後ろめたさがあったからだ。
そのくせそんな自分の態度に芽生が不安を覚えて離れそうになれば、繋ぎ留めたいみたいに彼女を好きだという気持ちを垣間見せずにはいられなかった。
ならば心の赴くまま。すぐにでも役所へ婚姻届を提出すればよかったものを、そうすることも出来ず先にここへ来てしまったのは、芽生の肉親である栄蔵を蔑ろにすることへ負い目を感じたからだ。
芽生にとって栄蔵が掛け替えのない存在になると分かっていながら会わせておいて、そのことを後悔している自分がいるのは何とも情けない話ではないか。京介にとっては芽生だけが唯一無二の身内となり得る存在だと確信しているのに、彼女にとっての自分が無双ではないのだとまざまざと実感させられることは、想像以上に堪えた。
それは、芽生に〝婚姻届を提出する前〟という逃げ道を用意したことを口惜しく感じるほどのことだったのに、頭の片隅。『芽生を手放してやれる可能性を残しておいて良かったじゃねぇか』と自嘲気味に囁く自分もいて、京介は己の感情を持て余してイライラした。
矛盾だらけにもほどがあるそういう諸々の想いたちに翻弄されて、こんなドロドロとした気持ちを抱えたままの自分が芽生を妻にすれば、きっと今以上にガチガチに囲い込みたくなることだけは断言できると痛感させられた京介である。
自分の身内にすることで、芽生が物理的に命を狙われ易くなることは本当だ。それらから芽生を守らねばならないというのももちろん事実。
そう説明すれば、芽生はある程度京介の作った鳥かごの中にいてくれるだろう。
だが、そんなのはハッキリいって大義名分に過ぎない。
いつかそういうのを全て度外視して、ただただ芽生を閉じ込めておきたい感情が暴走しかねない危険性を孕んでいることを、京介自身骨身にしみて感じている。
そんな自分に付き合わせることに、躊躇せずにいられるわけがない。
なのに――。
「おじい、ちゃん?」
祖父・栄蔵が結婚を反対すると意思表示した瞬間の、芽生の消え入りそうな声音と今にも泣き出しそうな表情に、京介はそういう諸々をすっ飛ばして、自分の中で何かがスッと定まったのを感じた。
「田畑さんよ、あんた、また息子らン時と同じ轍を踏むつもりか?」
「は?」
「俺はあんたがどんなに反対しよーがコイツ、手放す気はねぇから」
「京、ちゃん?」
京介が、自分の名を呼んでこちらを見上げてくる芽生をグイッと腕の中へ抱き寄せたら、栄蔵が思わずと言った具合にベッドから身を乗り出したのが見えた。
「だ、だが、相良さん。キミはさっきうちの孫に結婚を切り出されたとき、妙な反応をしたじゃないか」
「あ? ……ンなの当たり前だろーがよ。コイツに! あんたへの『結婚する』っつー報告、先越されちまったんだぞ? 男として有り得ねぇだろ」
言いながら、本音の部分では自分なんかが芽生を娶っても良いものか迷っていたことは否めない京介だ。栄蔵に懐く芽生を見ながら、本気で彼女の幸せを願うなら、極道モノの自分は身を引くべきなんじゃないかと心が揺らいだことも認めよう。
だが――。
(頭じゃぁ良くねぇって分かっててもな、結局ん所、俺は芽生を手放すことなんざ、出来やしねぇんだよ)
だったら開き直るしかないではないか。
「芽生、俺の愛情は重いぞ? それでも構わねぇか?」
栄蔵には孫娘を手放すつもりはないと牽制しておきながら、腕の中へ閉じ込めた芽生にだけ聞こえる声音でそう問わずにはいられなかったのは、芽生の意志で自分に囲われたいと明言して欲しかったからだ。
無意識に強い男を演じてはいるが、自分が嫌になるくらい臆病で、人の温もりに飢えている人間だということを、京介自身が一番知っている。
「京ちゃん、そんなのお互い様だよ? 私の気持ちの方が、京ちゃんよりずっとずっと重たいの、分かってるでしょう?」
だから芽生がそんな風に言って京介の腕へギュッとしがみついてくれた瞬間、京介は芽生を心底愛することを許可してもらえた気がして、今更ながらやっと……名実ともに自分の気持ちに自信が持てた。
「田畑さんよ、あんたがどんなに反対しよーが、あんたの可愛い孫娘を誰よりも幸せに出来る男は俺だけだって宣言してやるよ。だからな、色々思うところはあるだろーが、諸々諦めて、俺たちのこと、祝福してくれや。……頼む!」
京介にそう告げられてガバリと頭を下げられた瞬間、田畑栄蔵はこちらを見つめる芽生の背後に、亡き栄一郎と、沙奈の懇願するような眼差しを見た……気がした。
彼らの時と同じ轍を踏むなんてこと、出来るわけがない――。
鷹槻れん

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#極道
鷹槻れん

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月詠 涼
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コメント
2件
祝福してくれや、は反則だよ、京ちゃん!♥
ああ、もう、このエピソード本当にすごかったです……! 京介が「同じ轍を踏むつもりか」って栄蔵に問いかけるシーン、鳥肌立ちました。今までずっと芽生を手放すかどうかで揺れてたのに、芽生が泣きそうな顔を見た瞬間に覚悟が決まる感じ、めちゃくちゃ心臓掴まれました。 「俺の愛情は重いぞ?」って聞くところも、その返しで「お互い様だよ」って言う芽生ちゃんも、もうお似合いすぎて泣ける。重たい愛情同士で支え合うのが彼らの答えなんだなってじんわりきました。本当に素敵な回でした〜!🥺✨