丘を下った平原には数え切れないほどの魔核が所狭しとひしめき合っていた。
今更ながらトシ子がコユキに聞く。
「なぁ、本当に魔核はそのままで良いのかい? 直ぐ復活しちゃうんじゃぞい? 挟み撃ち、挟撃の危険もあるんじゃ無いかえ?」
コユキは迷いの欠片(かけら)も見せずに答える。
「良いのよ、アタシと善悪が消えた後で直ぐにでも協力して除染作業に入って貰わなけりゃならないんだからね! 復活して貰わなかったら逆に困るじゃない? おっ! あそこから渡れそうじゃないのん! 炎も少ないし、どうかな?」
コユキが太い指で指し示した場所は、プレゲトーンの川幅が広がっている見るからに浅くなっている場所で、言葉の通り川面を埋め尽くしている知性の青い炎も疎ら(まばら)になっている場所であった。
パズスが頷きながら説明を加えた。
「ああ、ここら辺が虚栄の浅瀬ですね、知性を求めた物の愚かな名声欲に取り憑かれたままで辿り着いた者たちが、座礁して留まっている場所ですよ、渡り切る間は黙っていて下さいね! 万が一声を発すると一斉に問答を挑んできますけど返事をしてはダメですよ、永遠に不毛な議論に付き合わされることになりますから……」
コユキは神妙な面持ちでパズスに言った。
「なるほど…… ディベートっぽいやつか…… 大丈夫よ! アタシって弁論部っぽい奴とか大嫌いだからガン無視するわ、皆もガン無視よガン無視っ! オケイ?」
『りょっ!』
「行きましょう!」
こうしてプレゲトーン川の浅瀬、虚栄の浅瀬を渡り切った面々はやや疲れた表情を浮かべていたのであった。
原因は皆に無言を強要した張本人、コユキが問い掛けられる言葉に一々反応して言い返し、その度に全員で馬鹿みたいに重い体を引っ張って離脱させる事を繰り返したせいである。
全ての討論に勝ちたかったコユキであったが、渡り切った後で川の中に戻る程の馬鹿では無かったようで、不承不承ながら先に続く平原を滑るように進んで行ったのである。
足を一歩一歩進める度に周囲の気温が徐々に下がり始めている事が分かる。
ニブルヘイムの中心、極寒のコキュートスに近付いているからなのだろうか?
さらに進む一行は、身に付けたそれぞれの上着の襟を合わせて言葉も発さず黙々と進むのであった。
平原はやがて草木の一本も生えていない荒れ地へと姿を変え、吹き付ける風の中に白い物が混ざり始め、一行が出す吐気も瞬時に凍り付き風の中をダイヤモンドダストの様に散って行ったのである。
進み続けること十数分で、単調だった景色に変化が現れるのであった。
最早、人っ子一人、いいや、悪魔っ子一柱残されていない荒れ野を越えて進んだコユキ達の一行は、暫(しばら)く歩いた先で凍り付いた河川を前に立ち竦(すく)んだのである。
「氷河? 凍てついた川ね…… なにやら恐ろしげな物を感じざるを得ないわね、パズス君、シヴァ君?! ここは何なのよ、教えて頂戴!」
「「レーテー川ですよ、物忘れの川です」」
「ふーん、物忘れね、そうなのん?」
コユキは判ってもいないのに適当に答えた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!