テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
バイトがなかなか決まらず途方に暮れていた帰り道、杠は電柱に貼られた一枚の古びたチラシに足を止めた。
「学生、未経験者大歓迎……レストラン月光で愉快な仲間と楽しく働きましょう……へぇ……って月給高っ!? ここなら……!」
思わず声に出しながら、杠は半信半疑で住所を検索する。案内された路地裏は薄暗く、どこか現実離れした空気を孕んでいた。
だが、その奥にぽつんと灯る看板には、確かにこう書かれている。
──レストラン月光。
おそるおそる扉を開けると、柔らかなランプの灯りが落ち着いた店内を照らし出した。カウンターの奥から現れたのは、両目を白い包帯で覆った女性だ。
「いらっしゃいませ。どうぞ、お好きな席へ」
不思議な容姿のはずなのに、どこか安心させる声だった。
すすめられるまま席に座り、料理を口にした瞬間、杠は言葉を失う。夢中で食べ終えると同時に、胸の奥がふっと軽くなるような感覚があった。
「えっと……僕、求人広告を見て……」
「そうでしたか。申し訳ございません。食器を片付けてまいりますので、少々お待ちください」
店長と名乗った女性は柔らかく微笑む。食器を下げると、穏やかな声で言った。
「長くなりますので、詳しいことはまた明日お話しいたします。学校終わりでよろしいので、もう一度ご来店ください」
(……あれ? 僕が高校生って言ったっけ?)
奇妙な胸騒ぎを抱えながら、杠は礼を言って店を出た。
翌日。
遊びの誘いを断り、杠は急ぎ足で月光へ向かった。
「よし……採用されるようにがんばるぞ」
気合を入れてドアを押し開けると、昨日とは打って変わって妙に騒がしい。カウンターでは痩せ型の男が椅子を回転させながら鼻歌を歌っていた。
「お客さーん? どうぞお好きな席へ〜」
にこにこした顔は人懐っこいのに、どこか底が知れない。杠は背筋を伸ばす。
──見覚えがある。
「……あ、思い出した」
春夏冬サグメ。
奇抜な感性でテレビにも頻繁に出る人気小説家だ。
本人を前に呆然とする杠をよそに、サグメは水差しを置きながら朗らかに言う。
「こちらお冷やでございまーす」
「……」
「どうしたの? 顔、青いよ?」
軽い声なのに、どこか背筋が冷える。
だって──春夏冬サグメは三年前に…
「えっと、求人募集を見て……」
「あぁ、昨日ヒカリさんが言ってた。ちょっと待ってね」
サグメが立ち上がると、厨房の奥の扉が開いた。
「やっほー!」
現れたのは中性的な子ども。手にはシャベル。
「……え? 子ども?」
「お客さん? こんにちは!」
シャベルをぶん、と振り回す。金属音が響き、杠は慌てて身を引いた。
「ちょ、ちょっと待って!? なんで武器持ってるんですか!!」
「武器じゃないよ。愉快さんって呼んで!」
「余計怖い!!」
昨日はただの隠れ家レストランだと思っていたのに。
「……やばい店に来ちゃったかも」
逃げたい気持ちを押し殺し、杠はソワソワと椅子に座る。
そのとき、サグメが戻り、伝言を伝えた。
「ヒカリさんがね、ツクヨミって人が来るまで待っててほしいって」
(ツクヨミさん……どんな人だろう。怖くないといいけど)
「ごめんね、待った?」
裏口の扉が開き、若い男が姿を見せた。左手と右足を骨折し、右手には杖。それでも隠しきれないカリスマ性がある。
「ツクヨミさん……ですか?」
「あぁ、そうだよ。こんにちは、杠さん。こちらへどうぞ」
柔らかな声。そしてこの怪我の量。杠は心の中で「いやいやいや」と三度唱えた。
コトン、と杖の音が落ちる。
「杠くん、少し話をしようか」
「は、はい」
ツクヨミはソファに腰掛け、落ち着いた笑みを浮かべた。
「ここでやってほしいことは一つ。お客さんを喜ばせること、満足させること」
「はい」
「一般の人手が足りなくて困ってたんだ。助かるよ」
(……一般? 一般って何だ?)
杠の混乱を見透かしたように、ツクヨミは優しく笑った。
「ようこそ、レストラン月光へ」
「……はい!」
そして、ふっと声色が変わる。
「ところでユズリハくん……君、戦える?」
「……は?」
杠の思考が一瞬停止する。
「ご、護身術とかってことですか……?」
「まぁ、戦えなくてもいいけどね。君は一般人でしょ? この店、結構刺激強いと思うんだ」
「へ……?」
そこへ、サグメがひょいと横から口を挟む。
「まあまあ杠くん、肩の力抜きなって。ここ、探偵事務所も兼任してるんだよ。みんなリンクスで構成されててね、戦う探偵事務所として評判いいの。探偵というより何でも屋だし、簡単簡単」
「採用後に言わないでくださいよ!!」
ツクヨミは苦笑しながら続ける。
「食事も楽しめて、依頼も解決。これが月光の仕事だよ。言い忘れててごめんね」
「今さら辞められないですし……やりますけど……」
「いい子だね」
(……なんなんだこの店……ただ働きたいだけだったのに……)
「明日からよろしくね、ユズリハくん」
「は、はい!」
普通のレストランじゃなかった事実に震えつつ、
杠はもう、うっすら辞めたいと思っていた。