テラーノベル
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土日だけの勤務──そう決まった翌週。ユズリハの初出勤の朝がやってきた。
扉を押し開けると、まだ開店前の静かな店内に、くるくると回転イスを回しながら遊んでいるサグメの姿があった。
「お……おはようございまーす……」
緊張気味に声をかけると、サグメは回転の勢いのまま軽く手を上げた。
「やぁ、おはようユズリハくん。今日からよろしくね」
「よ……よろしくお願いします……! 先輩……!」
「あはっ、先輩だって〜。聞いたヒカリさん? 僕、先輩呼ばわりされちゃったよ」
「素敵なことでございます」
カウンターの片付けをしていたヒカリがふわりと微笑む。整った所作は、月光の空気そのものを穏やかにする力があった。
「ユズリハ様にはしばらく通常業務をご担当いただきます。教育係としてサグメ様がつきますので、不明点があればお二人にお尋ねくださいませ」
「よーっしユズリハくん! 早速仕事だよ!」
「はい!……って、まだ開店してないですけど……?」
サグメは胸を張る。
「今日の業務は街歩き! およびパトロールだよ! ユズリハくん!」
「え……ええ、そんな適当な……ひ、ヒカリさーーん……」
「承知しております。店内は他の従業員に任せますので、どうぞごゆっくり」
「えぇ~~……」
半ば押し出されるようにして、二人はご近所探索へ向かうことになった。
土曜の市街地は、まだ朝の静けさが残っている。アーケードの影を踏みながら、二人はのそのそと歩いた。
「……あの、月光ってどんな場所なんですか?」
「そういえばちゃんと説明してなかったね」
サグメは歩きながら指でリズムを刻むように話し始めた。
「月光は表向きは普通のレストラン。でも実は探偵事務所も兼任してて、依頼目的のお客さんも来る……ってとこまでは前に話したよね」
「質問なんですけど……普通のお客さんと依頼の人って、どうやって見分けるんですか?」
「オムライスとメロンソーダをセットで頼んだら依頼人。あれ、メニューにないから」
「へぇ……」
「あと従業員の話もしておこうかな。みんなリンクスなんだ。リンクを使って依頼を解決するのが月光の売りでね。遠くまで見える奴とか、動物が人間に変身しちゃうのとか、いろいろいるよ」
「リンクス……初めて関わったかも」
ユズリハは胸の前で手を組む。未知の世界へ足を踏み入れた実感がようやく湧いてきた。
<リンクの解説>
神から与えられた力の共有、それを「リンク」と呼び、使える者は「リンクス」と呼ばれる。
信仰する人が多ければ多いほど神への負担は増え、使える力は弱くなる。
政府の役職に就くことを義務づけられていた時代もあったが、近年は一般に混ざって暮らすリンクスも増えた。
しかし、偏見を持つ一般人もいまだ少なくない──。
「まぁリンクスあるあるというか、その分個性的な人が多いんだよね〜」
(お前も十分個性的……と思ったけど黙っておこう)
ユズリハはそっと心の中でツッコむ。
「そうだ、月光の“掟”も紹介しないとね!」
「掟なんてあるんですか?」
「暗黙のルールってやつ。その1──ツクヨミさんが歩くときは必ず誰かが近くで見ておく」
「たしかに……杖ついてたし、あれ以上怪我したら危ないですよね」
「その2──何かやらかしたら隠さずすぐ言う!」
「小学生か!!」
「ヒカリさん怒らせたら月光ごと吹き飛ぶって噂だよ?」
「……確かに怒らせたら怖そう……」
「その3──奥の扉は絶対に開けない」
「突然のホラー!?」
「その4──空白ちゃんを外に出さない」
「……空白ちゃん?」
「ほら、この前後ろの扉から出てきた子供。あの子だよ」
「あぁ……あの子。でもどうして? ほぼ監禁じゃ……」
「月光の切り札だからね〜。盗まれでもしたら世界が終わるレベル」
「とんでもない……」
そんな他愛ない会話を交わしていた時だった。
──ドンッ!!
遠くから怒号と悲鳴が聞こえた。
「おや、何かあったみたいだ。行ってみようか!」
「えぇええ!? そういうのは逃げましょうよ!!」
「おもしろいことには首どころか全身で突っ込むタイプでね♪」
「えええええ……」
騒ぎの方向に向かうと、ヤンキーの集団が道路を占拠し、街灯を殴ったり物を蹴り飛ばしたりして暴れていた。
「おいどけババア!!!」
「わっ……!」
お婆さんが乱暴に突き飛ばされる。
「大丈夫ですか!? こちらへ!」
ユズリハは思わず駆け寄り、背中にお婆さんを背負ってその場から遠ざけた。
一方サグメは、ヤンキーたちの前に歩み出る。
「ごっめーん、どいてくれる? 用があるんだ」
「うるせぇっ、邪魔だ!!」
怒鳴った瞬間、ヤンキーの体がみるみる膨れ上がり、岩のような質感へ変わっていく。
「岩のリンクス・長谷部様になんて口きいてんだコラァ!!」
ユズリハは息を呑んだ。
「……野良リンクスか」
サグメの目つきがわずかに鋭くなる。
「ユズリハくん、周りの人を避難させてあげて」
「あ、はい! 皆さん危険です! 離れてください!!」
周囲の人が悲鳴をあげながら走り去る。
「さ、どうぞ好きに暴れてくださいな」
「舐めた口聞いてんじゃねぇ!」
巨大化した拳が唸りを上げて振り下ろされる──が、サグメの姿は煙のように消えた。拳はコンクリートにめり込み、破片が飛び散る。
「どうなってやがる……!?」
「ここだよ〜♪」
声は背後。振り返るとそこにサグメが立っていた。
再び殴りかかるが、またもや空振り。
ヤンキーは苛立ちで顔を真っ赤にする。
「くそっ!! なんだこいつ!!」
その時サグメはふっと笑い、地面に映る自分の影へ手を触れた。
「じゃあね」
瞬間、ヤンキーの影が盛り上がり、まるで巨大な手のように彼の身体を掴み──
ドンッ!
天高く放り投げ、地面へ叩きつけた。
リンクが解け、ヤンキーの体は元の姿に戻る。
「よしっと」
サグメは軽く手を払った。
「す……すごい……」
「ありがとうございます……命の恩人です……」
お婆さんは深々と頭を下げ、去っていった。
「さて、そろそろ帰ろっか」
歩き出すサグメの背中を見ながら、ユズリハはぽつりとつぶやく。
「……僕も、あんなふうに戦う日が来るんですかね」
「大丈夫! ユズリハくんは戦えないでしょ。みんなが守ってくれるよ」
(……さらっと失礼なこと言ったなこの人)
「あ……ありがとうございます……」
苦笑しながら、ユズリハは月光へ戻っていった。
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