テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
金曜の夜。
それぞれの職場で、別々の飲み会が開かれていた。
みことは片隅で、ウーロン茶のグラスを手に、朗らかに笑っていた。
約束していた。
──「他の人とは、飲まないで」──
すちに言われた一言が、何よりも愛しくて、守りたくて。
みことは心地よくノンアルで酔いながら、談笑を続けていた。
一方その頃。
すちは直属の上司に、日本酒や焼酎などの強い酒を何杯も注がれていた。
「まぁまぁ、つきあいも大事だよなぁ」「若いのに強いなあ」などと声が飛び交うなか、 すちは黙ってグラスを傾けていた。
次第に意識が薄れ、思考も鈍くなっていく。
ぼんやりと目を閉じた瞬間――
「大丈夫? すちくん、立てる?」
「送ってくよ、私たちが」
「ほら、スマホ貸して?」
数人の女性社員がすちの身体に手を伸ばし始める。
すちは目を開け、にじんだ視界の中でその手を見つけた瞬間、
一瞬にして氷のような声を発した。
「……さわんな」
酔っていても、触れてほしい相手はたったひとり。
それ以外の誰かの手は、不快でしかない。
その冷たい声音に驚いた女性たちは、手を引っ込める。
代わりに、同期の社員がスマホを開き、一番上にあった連絡先のみことの番号に発信した。
数十分後。
タクシーを飛ばして駆けつけたみことは、店の前で待っていた同期に案内され、
奥のソファ席でぐったりともたれかかっているすちを見つけた。
「すち……!」
その声に、すちは目をゆっくり開けた。
「……みこと……来てくれたの?」
「もちろんだよ。……ったくもう、飲まされすぎ」
みことは手を差し伸べ、すちの腕を肩に回した。
ふらつく体を支えながら、店の入り口へ向かう途中。
一歩、また一歩と歩くすちの足取りが少しずつしっかりしてくる。
みことのぬくもりを感じて、意識が戻ってきたのだろう。
そして、入り口まで来たところで。
「……来てくれて、ありがとね」
そう囁くと、すちはふいにみことの肩を引き寄せた。
驚くみことの唇に、自分の唇を深く重ねる。
「っ……ん……!」
一瞬で周囲が静まりかえる。
その場にいたすちの同僚たちは、まばたきもできないほどの衝撃に固まっていた。
──恋人って、男の子だったの?
──え、あのすちくんが……?
──今の……キス……!?
みことは顔を真っ赤にしながらも、抗うことなく受け止めた。
そして、唇が離れる直前、すちが低く甘く囁く。
「……その顔、ずるいくらい可愛い。……今夜、寝かせないかも」
その言葉に、みことは完全に顔を伏せて真っ赤になる。
耳まで赤い。
女性社員のうち数名が軽く悲鳴を上げ、ひとりはその場にへたり込むほど衝撃を受けていた。
すちはそんな様子を一瞥もしない。
ただ、みことの腰をしっかりと引き寄せながら、静かに店を後にした。
___
「……もぉ……なんであんなとこでキスすんの……っ」
玄関を閉めて数秒後。
靴を脱ぎながら、みことがぽつりと口にした。
その声には照れと戸惑いと、少しの怒りが滲んでいた。
すちは上着を脱ぎ、ふらつく体を支えながらも、にやけを隠さず近づいてくる。
「だって、迎えに来てくれて嬉しかったし。顔見たら……もう我慢できなかった」
「そ、そういうのは……っ、人前じゃなくていいから……」
みことは顔を真っ赤にして、ぷいっと横を向く。
そんな彼の頬に、すちは指先をそっと当てて、くすぐるようになぞった。
「赤いね、耳まで」
「すちのせい、でしょ……っ」
「ふふ。だって、みことが可愛いからさ」
不意に抱き寄せられる。
ふわりとアルコールの香りが鼻先をかすめ、みことは一瞬、肩をぴくりと震わせた。
「少し酔ってる……でしょ?」
「うん。でも、キスのときは酔ってなかった。……ちゃんと意識あったよ」
「……それでも、あんな……!」
「……可愛すぎたから、見せつけたくなった」
「みせ、つけ……?」
「俺の、みことだってこと」
その一言に、みことの心臓が跳ねる。
胸の奥で、くすぐったいような、安心するような甘い痛みが広がる。
「……ばか……」
「うん、俺はお前のことになると馬鹿になる。ずっとそう」
抱きしめられたまま、背中をなでられて、みことの力が抜けていく。
怒っていたはずなのに、気づけばすちの胸にぎゅっとしがみついていた。
「……もう。すちのせいで、おれ……みんなの前で……」
「……でも、気づいたでしょ。俺がどれだけ、みことが好きかって」
囁くような声音に、みことは何も言えなくなった。
すちの手が、ゆっくりと髪を撫で、耳元をなぞる。
さっきまで怒っていたのに、気づけば甘えるようにすちのシャツをつかんでいる自分がいる。
「ほら。おいで」
その言葉に、身体が勝手に動いた。
ソファへ連れて行かれ、膝の上に座らされる。
みことの細い腰に、すちの腕がきゅっと回された。
「今日だけ、じゃなくて。ずっと、俺のそばにいてよね」
その願いが、本音であることが分かって、胸がじんわりと温かくなった。
「……うん。おれも、そばにいたい」
すちは満足そうに目を細め、再び唇を重ねてきた。
さっきよりもゆっくりと、深く、愛しく。
すちのぬくもりと、甘い吐息に包まれながら、
みことは――
「この人の愛し方は、たまにずるい」と、心のどこかで思っていた。
でも。
ずるくても、甘くても。
その全部が“自分だけに向いている”ということが、たまらなく嬉しかった。
━━━━━━━━━━━━━━━
♡500↑ 次話公開