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「……先生、先生が診察を再開して下さって良かったですわ」
「ありがとうございます、夫人」
「先生は、わたくし達夫婦にとってお守りのようなものですから。ねぇ、ダン」
「ああ、そうだな、ラウラ」
昨今では中々考えにくい家庭の事情で結婚したラウラ・ブランケンハイムとその夫のダニエルは、診察を再開したウーヴェに感謝の言葉を伝え、先生がここにいるというだけで安心するし不安も軽くなると夫婦で顔を見合わせて頷き合う。
デスクの上で癖のように万年筆を回していたウーヴェがその言葉に笑みを浮かべ、ありがとうございますともう一度礼を言うと、相変わらずナイフとフォークよりも重いものを持ったことがない白いたおやかな手が口元に宛がわれる。
「わたくしのお友達も、先生が戻って来られたと知って喜んでおりました」
「皆さんにはご迷惑をおかけしました」
詳しい事情は知らないがそれでも診察の再開が嬉しい、今日はその挨拶に来たと優雅に微笑まれて頷いたウーヴェは、ご夫婦の仲も前以上に良さそうで安心しましたと本心を伝え、二人の頬を僅かに赤らめさせる。
そのことから夫婦間の秘め事がまた増えた事に気付くが、藪を突いて蛇を出したくない為にそれ以上は何も言わず、またご友人にもお伝え下さいとだけ伝えると、仲の良さを示す様に二人の頭が同時に上下する。
「今日はありがとうございました、先生」
「いえ。お気を付けてお帰り下さい。こちらを受付でフラウ・オルガにお渡し下さい」
新たな薬の処方も何も書き加えられていないカルテを差し出しステッキをついて立ち上がったウーヴェに夫妻の顔が曇ってしまうが、あなた方のように私にも支えてくれる人がおりますと右手薬指を控え目に見せると、曇り空から覗く晴れ間のような笑みが二人の顔に浮かび上がる。
「それは良かった。先生が教えてくれたようにあれから外出する時はずっと手を繋いでおりますの」
彼女の診察の時、手を繋ぐだけでも顔を見て笑いかけるだけでも支えることになると伝えた事を思い出し、己の身に置き換えられるようになった今、己の言葉が誰かの支えになり不安の解消に繋がっている実感も得られ、小さな自信がウーヴェの心に芽生えてくる。
「……これからも是非そうして下さい」
「はい」
立ち上がって見送るウーヴェに少女のような笑みを浮かべた夫人と、そんな妻をしっかりと守り支えるように夫が腕を回して肩を抱き、もう一度礼を言って出ていく二人を笑顔で見送るが、程なくして書類ケースを手にしたリアが入って来る。
「お疲れ様です、先生」
「ああ、フラウ・オルガもお疲れ様」
「今日の診察はブランケンハイム夫人で最後です。先生に目を通して欲しい書類を纏めておきました。後で指示をお願いします」
「ああ、ありがとう」
再開初日が無事に終了したことに二人同時に笑みを浮かべて胸を撫で下ろすが、デスクにリアが書類を置きお茶の用意をするが何が良いと聞いてくれたため、甘さ控え目のココアが良いと伝え、己が思っていた以上に疲労していることに気付く。
「今日はレモンタルトを作ってきたわ」
「楽しみだな。じゃあココアより紅茶の方が良いか」
その楽しみの為に書類整理を急いで仕上げようと笑ってデスクに座ったウーヴェは、文字通り書類整理を大急ぎでやり遂げ、リアがお茶の用意をトレイに載せて再度入って来た時にはある程度の書類は整理されているのだった。
リアが作ってくれるタルトは相変わらず美味しくて、リオンの再就職が決まった時に祝いとして作って貰ったチーズケーキも二人の結婚パーティの時のケーキも絶品だったがやはり美味しいと、ウーヴェにしては珍しく顔中を笑み崩れさせてそれを食べ、注文通りに淹れてくれた紅茶にも満足の溜息をついていたウーヴェは、リアがニコニコしている事に気付いてどうしたと問いかけると、嬉しそうに美味しそうに食べてくれる人がいるって本当に幸せだと笑われ、確かにそうだと苦笑する。
「今日は何事も無く診察が終わったわね、ウーヴェ」
「ああ。でも、これからだな」
「ええ、これからね」
クリニックを再開すると言うことはこれから先以前と同じように患者の診察をすることで、己の体調不良になどかまけている余裕はなくなるだろう。
二人の中に忙しければ事件の影を忘れることが出来るからありがたいという思いが同時に芽生え、それを二人とも察したものの口に出さずにただこれからも頑張ろうと頷き合う。
「……リオン、大丈夫かしら」
「そう、だな。余計な事を言って父さん達を怒らせなければ良いんだけどな」
何しろ素直に指示を聞かない癖のあるリオンの為、前職のボスであるヒンケルなどは頻繁にリオンを怒鳴っていたが、あいつはあいつなりに線引きをしているはずで流石にふざけすぎるようなことは無いだろうと希望的観測をウーヴェが口にするが、リアもそうであって欲しいと願望を口にする。
その時ウーヴェのスマホに着信があり、窓際のチェアから立ち上がってデスクに置いたスマホを手に取ると、たった今話題にしていたヒンケルからの着信だと知り慌てて耳に宛がう。
「警部? どうしました?」
『ああ、ドク、今日から診察を再開したんだってな』
聞こえてきた声が事件性を秘めているものとは思えなかったため、はい、今日から再開ですと笑顔で伝えると、先程あいつの新たなボスから連絡が入ったと苦笑されて眼鏡の下で目を瞠る。
「え? 父から、ですか?」
『ああ。あまりに口答えが酷い時はどう対応していたか教えろと言われた』
「……」
新旧の上司によってリオンの言動への対処方法が相談された事がおかしいやらなにやらで一瞬戸惑ってしまったウーヴェだったが、悪いと思いつつつい吹き出してしまう。
『ドク?』
「ああ、すみません。それで、なんと答えたのですか?」
『クランプスが苦手だから悪いことをすればクランプスを呼びつけるぞと脅せば良いと言っておいた』
そんな子ども騙しが通用するとは思えないと返されたが騙されたと思って実行してみろと伝えた事を教えられ、何とも言えない顔で首を左右に振ったウーヴェは、本題はそれではないと苦笑されて小首を傾げる。
『近いうちにリオンの再就職とドクのクリニックの再開の祝いをしようと思っている。フラウ・オルガも一緒に参加してくれ』
刑事を辞めたリオンの再就職とその伴侶の仕事の再開を祝う会を開いてくれる事に驚きつつリオンが愉快な仲間達と称した意味を理解したウーヴェは、本当にありがとうございますと礼を言い、フラウ・オルガにも伝えておきますと返して通話を終えると、己の名前が出てきたことに緊張を覚えた顔でリアが見つめて来る。
「リオンの再就職とクリニックの再開の祝いをしてくれるそうだ。リアも来てくれと言っていた」
刑事を辞めた仲間の再出発を祝ってくれるなど本当に暖かな人達だなとチェアに座りながら感心の声を上げたウーヴェにリアも同じ思いで頷き、どれだけリオンが刑事仲間から信頼され愛されていたかが分かると笑みを浮かべると、リオンを手放しで褒められたことと尊敬している人達から褒められている事を間接的に感じ取ったウーヴェも穏やかな顔になる。
「そうだな。……あいつは本当に誰にとっても太陽なんだな」
「そうね」
自分一人の太陽だと思っていたが独り占めしてはいけないものかも知れないと苦笑したウーヴェは、それでもあいつが選んだのは俺だと胸の奥で小さな矜持が声を上げたことに気付き、その通りだと目を伏せて頷くと、羞恥を誤魔化すように二重窓の外へと顔を向ける。
「……仕事が終われば連絡をすると言っていたが何時頃になるだろうな」
「そうね、バルツァーの会長は忙しいでしょうし」
今までのようにはいかないでしょうと紅茶を飲みながらウーヴェと同じように窓の外へと顔を向けたリアだったが、今日は診察も終わったことだしそろそろ閉めようかとの言葉に顔を戻して頷き、明日の診察リストを作ってあるので確認しておいて下さいと仕事の顔でウーヴェに向き合うと、ウーヴェも優秀な事務員に全幅の信頼を置いている事を教えるようにフラウ・オルガが用意してくれているのなら大丈夫と目を伏せる。
「今日も一日お疲れ様でした」
「ああ、フラウ・オルガもお疲れ様。明日またよろしく」
約8ヶ月ぶりに交わすその挨拶に二人が面映ゆいと言いたげな顔になるが習慣になっていることを今更止める事も出来ずにやり終えると、リアがコーヒーテーブルの上を片付けてくれる。
それを見守りつつゆっくり立ち上がったウーヴェはステッキをついてデスクに向かうと、尻をデスクに乗せて足をゆらゆらさせながら二重窓の外へと再度顔を向ける。
秋の色が上空から急速に街を駆け抜けていったおかげで街路樹は色づき始め、広場の周辺にあるカフェで出されるものも夏の涼しさを連想させるものから実りの秋を教えてくれる色合いのものへと変化していた。
レモンタルトも美味しかったがそろそろ栗が出回り始めるかと想像し、これからも以前のように食べられるデザートに自然と顔がほころんでしまうが、奇妙な淋しさも秋は引き連れてくることを知っていて、無意識に右手薬指のリングを触りながら溜息を吐く。
今日が初出勤のリオンは父に定時で帰るつもりがあればそこから小一時間程で帰ってくるだろうが、会議だの出張だのがあれば当然帰宅の時間は遅くなるだろう。
ウーヴェが幼い頃は父がまだ社長で日々忙しく働いていた筈だったが、夕食の時間には必ず家にいた記憶があり、いつも父と母の三人で食事をしていた事を思い出すが、そこに時折早く帰ってきたギュンター・ノルベルトやアリーセ・エリザベスも加わる時は本当に嬉しくて楽しかったことも思い出す。
その時間に必ず父が家にいたと言う事は定時になれば仕事を終えて帰宅していたことになるのだが、今もその習慣はあるのだろうかとぼんやりと思案していると、デスクに置いたスマホから映画音楽が流れ出す。
「ハロ」
『ハロ、オーヴェ。もう診察は終わったか?』
「ああ、今日はもう閉めた」
聞こえてくる声にウーヴェの目元が和らぎリアや友人達が見ればへそを曲げかねないほどの甘さに染まるが、幸いなことに今診察室にいるのはウーヴェだけで、誰に見られる事もない安堵感からもう仕事は終わったのかと優しく問いかける。
『ああ、うん、終わった。今そっちに向かってる』
「分かった。こっちに着いたらクリニックにまで来てくれるか?」
『もちろん。もうちょっと待っててくれよ、ダーリン』
クリニック再開前には確認したい事があるから駐車場で待っていてくれと伝えていたが、それを乗り越えた今は素直に来て欲しいと伝え、スマホの向こうでもちろんという絶対の信頼を置ける声が聞こえてくる。
お前が来るのを待っている、気をつけて来てくれと伝えてキスも送るとキスだけが返ってくるが、スマホを片手に再度ぼんやりと窓の外を見ていると、そのスマホが着信音を三度鳴らし画面を見て驚きに目を瞠る。
「は、い……」
『おお、ウーヴェ、今は電話に出られるのか?』
「え? あ、ああ、うん、大丈夫だけど……」
どうしたんだと戸惑いつつ問いかけたウーヴェに父が苦笑した気配が伝わってくるが、あいつと一日一緒にいると本当に退屈しないなと笑われ、誰の事なのかを気付いて微苦笑する。
「そう、か?」
『ああ。ヒンケル警部から聞いていたがまさかあそこまで子どもっぽいとは思わなかったな』
そう笑う父の声に籠もるのは好意的な感情だった為にあいつらしいだろうと笑み混じりに返すと、確かにあいつらしいが、副社長や他の重役に紹介したが俺と重役への接し方がかなり違っていて面白かったと笑われ、ウーヴェも驚きつつ問い返すと、あいつなりに軽口を叩ける相手とそうではない相手を見抜いているらしいと笑う父にウーヴェが溜息を吐く。
「確かに、あいつは人を見て話し方を選ぶ事が、ある」
リオンと初めてここで出会った時、ウーヴェが皮肉な態度を取れば己は鏡だと言いたげに同じく冷たい皮肉な態度で返してきたが、笑顔で接すれば同じく笑顔で接していたことを伝えると、ならばあいつの軽口は認められている証拠と思って良いのかと父が半ば本気で心配しているように呟いたため、ウーヴェがデスクから降りたって窓に手をつき広場を見下ろしながらうんと頷く。
「リオンは、今まで尊敬する人がいなかったと言ってた。だから……父さんが尊敬出来る人だと知った時、すごく嬉しそうだった」
ただ嬉しいからと言ってそれを子犬のように正直に表現するような男ではないと苦笑し、だからそんな心配をしないで良いと伝えると満足そうな溜息が返ってくる。
『もうすぐあいつがそっちに行くだろう。今日は疲れているかも知れないから美味いものでも食わせてやれ、ウーヴェ』
口では悪く言おうともやはりリオンが可愛いのか、その身体を気遣う言葉を父から伝えられてもう一度素直に頷いたウーヴェは、家にチョコを用意してあること、今日はこれからベルトランの店で食事をして帰る事を伝えると安堵の溜息がまた聞こえてくる。
「今日は、ムリだけど……近いうちに四人で店に行こう、父、さん」
『おお、そうだな、俺の夜の予定ならリオンが分かるから便利だな』
ウーヴェの誘いに父が一瞬だけ遅れて返事をするが誘いが嬉しいと言うように声を少しだけ高くし、リッドにも伝えておく楽しみにしていると伝えると通話を終える。
父とこうして話が出来るようになったのもリオンのおかげだったが、先程リアに告げた様に本当にあいつは俺の太陽だと再度呟くと、その太陽の輝きが己の元に帰ってくるのも間もなくだとの思いを抱きながら秋の空を見上げるのだった。
どれぐらい外を見ていただろうか、診察室のドアがノックされた音に気付いて振り返りつつ声を掛けるといつもとは違って静かにドアを開けたリオンが立っていて、以前ならばノックと呼べないそれをドアにぶつけていたはずなのにと苦笑すると一つ肩を竦めて同じく苦笑するが、ウーヴェの前に大股でやって来きてその痩躯に腕を回して首筋に顔を押しつけるように身を寄せる。
「リーオ?」
「……やっぱり、さ、オーヴェにはこの部屋が似合ってるなぁって」
クリニックの腕の良いドクターとしてここで患者に接している時を簡単に想像させる姿が見られて本当に嬉しいと囁かれてリオンの背中に腕を回すと、再開おめでとうと祝福の声が耳に流れ込む。
「……うん、ありがとう、リーオ」
「俺も頑張ったけどオーヴェも頑張ったよな」
お互い今日が再出発の日だがどちらも頑張ったよなと額と額を重ねて子どものように笑うリオンに唇を一度だけ噛み締めたウーヴェだったが、頭を抱えるように腕を回し背中を優しく抱きしめられた安堵に小さく吐息を零す。
リオンの言葉通りに再出発を上手く行えたがどんな言葉でも上手く伝えられない気がし、何があっても支えてくれるリオンにしがみつくように腕に力を込めると、背中の傷を労りながらも力を込めて同じように抱き返される。
「……お疲れ様、お帰り、リーオ」
「うん。オーヴェもお疲れ」
以前と同じように同じ言葉を少しだけ違う気持ちで伝えあった二人は労いのキスをして小さく笑い合い、この後はゲートルートで美味いものを食べよう、ベルトランと気の良いスタッフが待ってくれているとウーヴェがリオンに告げ、リオンの口から歓喜の鼻歌が流れ出す。
「クリニックを閉めるから少し待ってくれ」
「うん、大丈夫」
リオンに待って貰いながら鍵を掛けて一息ついたウーヴェは、さあ帰ろうとリオンを振り返ると後ろからそっと抱きしめられて苦笑する。
「どうした?」
「うん。何もねぇんだけどな、急にハグしたくなった」
「そうか。じゃあ俺は……」
急にキスしたくなったと笑いリオンの腕の中で振り返ったウーヴェは、驚く蒼い双眸を間近に捉えながら薄く開く唇にそっと唇を重ねるが、意味を察したリオンの目に光が宿った事に気付きもう一度キスをする。
「……ん」
欲よりも情を感じさせるキスを交わし満足した頃には少しだけ息が上がっていたが、ゲートルートに行こうとリオンが囁いて互いの腰に腕を回すと、クリニックの入口のドアを閉めて鍵を掛ける。
「今日の仕事はどうだった?」
「んー、やっぱりバルツァーというかボスはすげぇなぁって」
「ボス?」
リオンの口から出た言葉にウーヴェが小首を傾げるが、専属のボディガードで他にも仕事がない事から俺の上司は親父一人、つまりボスとは親父の事だと教えられて苦笑する。
「前のようにおやつを奪い取ったりするなよ?」
「あ、そう言えばさ、三時になったらおやつが出てくるんだよ。親父って結構甘いもの食うんだな」
あれ、ムッティは知ってるのかと笑いながら告げるリオンにウーヴェがさぁどうだろうと、ウーヴェ自身も忘れていた事を思い出そうとエレベーターに乗り込もうとするが、ウーヴェが足を止めてクリニックを振り返り、リオンもそれに気付いて同じように振り返る。
「……帰ってこられたんだな」
「……そうだな。帰ってきて、前のように診察が出来るようになった」
復讐が目的の誘拐監禁事件を乗り越えまた以前と同じようにここで診察が出来るようになった感慨を口にしたウーヴェの頭に口を寄せたリオンは、お前も俺もあの事件で人生を大きく変えられたが、その先でもこうして一緒にいて笑っていられるんだと笑みを浮かべると、ウーヴェがリオンの肩に寄りかかるように頭を傾げて身を寄せる。
「……ああ」
「だから、これからも前以上に一緒にいて笑おうぜ、オーヴェ」
辛い事や悲しいことは今までと同じように日々自分たちの周囲で起こるだろうしそれに巻き込まれる事も多々あるだろう、でもその中でも二人一緒なら笑っていられる、通り過ぎた嵐を振り返りながら笑うことが出来るのだと今も笑顔で告げるリオンに無言で頷いたウーヴェは、腰に回していた腕を離す代わりにリオンの左手に右手を重ねてゆっくりと手を組む。
こうすることで互いを支えているのだと今日久しぶりにここに来た患者に伝えたが、いつも支えてくれてありがとう、これからもよろしくと言葉にせずに蒼い目を見つめると、そんなに見つめられたら恥ずかしいと目元を赤らめたリオンがウーヴェの頬にキスをする。
「メシ食って帰ろうぜ、オーヴェ」
「ああ」
二人で暮らすあの家に、美味しいものを食べて満腹になった身体で帰ろう、そして明日に続く今日の終わりをベッドの中で迎えようと笑い合い、エレベーターに乗り込むのだった。
約8ヶ月前、ここを現場としたウーヴェの誘拐とリアの傷害事件が発生したが時間を掛けてそれを乗り越え、以前のようにウーヴェはクリニックで診察をしそんなウーヴェを助けるようにリアが手助けをする以前と同じような日々を送り出し、事件を切っ掛けに刑事を辞めたリオンはレオポルドの専属ボディガードとして働き出してその記念すべき一日目を無事に終えた二人だったが、事件が遺したウーヴェの足の傷を気遣いながら以前よりも絆を深め、時折気配を感じさせる事件の影を寄り添いながら乗り越え、お互いが望む笑顔を忘れずに、繋いだ手を離さないで事件後の人生を今までと同じように二人肩を並べてともに歩んでいくのだった。
初秋の空がそんな二人を静かに見守るように、今日も高く澄んで晴れ渡っているのだった。