テラーノベル
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次の日、大学の門を潜った途端、チラチラと視線を感じる。
一限目は大教室で一般教養の私法概論だ。
高校生までの私はインターハイにも出てたし、それなりにモテて学校で目立つことに慣れていた。
しかし、結婚生活一年で虐げられた事で人目が怖くなっている。
(やっぱり、私の格好がダサいのかも)
茨城の近所の服屋で二千円以下で上下を揃えている。
一見、流行を意識したデザインになっているが、周りの子のブランド物の服と比べるとバッタ物みたいで恥ずかしい。
もしかしたら、脇田マリは私に忠告をしてくれてたのかもしれない。
大学の中央にあるガラス張りの大きな建物の中に入り、大教室の扉を開けると一斉に皆が私を見た。
(ダメだ。注目に耐えられなくなってる)
私はそっと端の後ろの席に座る。
すると、私が座ったのを見計らうように派手な女の子たちが三人も集まってきた。
「昨日、芹沢さんの車に乗ってたけど、もしかして恋人だったりする? 名前、高杉さんだっけ」
サラサラ艶々のストレートヘアーを弄りながら、マツエクバッチリの女の子の爪を思わず見た。
ジェルネイルというやつだろうか、長い爪はキラキラと飾られている。
それに比べて自分は切りっぱなしの爪で、何の手入れもしていない。
(甘皮の処理とか、ネイルケアくらいすべきなのかも⋯⋯)
「ねえ、聞いてる? というか、その服って何処で売ってるの?」
少し小馬鹿にしたように尋ねられ、私はスカートの裾を掴む。
今年の春流行の大花柄のスカートだが、周りの子たちが着ているものとは明らかに違う。
他の子の服はスタイルが良く見えるようにラインが綺麗だったり、ウエストがゴムじゃなかったりする。
「茨城の服屋で⋯⋯」
「なんだ。高杉さんって地方出身者なんだね」
女の子たちは顔を見合わせて笑った。
地方出身者の何がおかしいのだろうか。
そして、水戸まで行けば茨城も彼女たちのような服が買えるのに私が茨城の品位を下げたようで気分が悪くなる。
「やっぱり、芹沢さんは優しいから酔い潰れてる子を送ってあげただけなんじゃない?」
巻き髪の明るい茶髪をしたお人形のような子が口にした言葉に周りが納得したような気がした。
芹沢慎也とはみんなのアイドル的な存在なのだろうか。
そういった目立つ存在とは極力関わらない方が良いかもしれない。
「ちょっと待って、若菜ちゃんのフォトスタに載ってるの高杉さんじゃない?」
涙袋が不自然な程に膨れたボブ髪の女の子がスマホの画面を見せてきた。
『新しい家庭教師の先生は、結婚しているのに大学で学び直すような意識の高い人。私も頑張らなきゃ』
メッセージの下に私の顔はハートマークで隠してあるものの、昨夜、リムジンの中で撮った写真がある。
顔は隠してあっても、髪型や雰囲気で私を知っている人なら私だと分かるだろう。
「家庭教師って何?」
「えっと、待って整理させて。高杉さんいくつ? 十代で結婚するなんて実はヤンキー?」
「清楚系に見せて、随分早熟なんだね。私たちとは世界が違うかも」
三人が敵意と軽蔑に満ちた視線で私を見つめてくる。
どうして、こんなに舐められるのかは分かっていた。
私が地方出身だとか、ダサいとか以前に、私がオドオドしているからだ。
一年間の高杉家の生活は私は臆病にしていた。
その時、私の隣にドンとブランド物のロゴの入ったピンク色のバッグが置かれる。
私はふと隣を見ると、脇田マリがニヤリと私を見て笑った。
「席に戻ったら? 既婚者なら芹沢さんの恋人にはならないんだから良いでしょ。それと、ヤンキーじゃなくても田舎は美人は結婚早くなりがちだよ」
脇田マリの言葉に三人の女の子たちが席に戻る。
「助けてくれてありがとう。昨日はごめんね」
私が頭を下げると彼女は私の頭をあげさせた。
「何に対して謝ってるの?」
「えっと⋯⋯」
「とりあえず、謝って、この場をおさめようとしてるだけでしょ。そう言うのやめな。謝ったもん勝ちと思ってるかもしれないいけど、ここは舐められたら負けな場所だよ」
脇田マリに言われなくても、私は自分が謝り癖がついている事にも舐められている事にも気づいていた。
「そうなんだ。なんか、怖いね」
「もっと自分がどう見られているか気を配ったら。明らかにメイクや整形でイキってる三人組に、薄化粧の天然美人は癇に障るよ。しかも、芹沢慎也と仲良くしたら目をつけられるに決まってるでしょ」
「整形? 確かに三人ともAIみたいな顔してたね。失敗しちゃったんだ、整形⋯⋯」
私が呟いた言葉に脇田マリは目を丸くする。
「美香! あんたってマウント取られやすいけど、それ以上に自分がめちゃマウントとって人を不快にさせているのに気がついた方が良いよ。みんな少しでも可愛くなろうと必死なんだから。整形だって楽じゃないよ。お金も掛かるし痛いし⋯⋯」
実感が籠っている彼女の言葉に私は彼女の顔をまじまじ見た。
とても自然で綺麗な顔立ち、もし整形をしているなら成功だ。
でも、きっとこれは言わない方が良いのだろう。
「脇田さん、言いづらい事を言ってくれてありがとう。私、芹沢さんの妹の家庭教師引き受けたんだけど、大丈夫かな?」
私の言葉に彼女は大きくため息をつく。
「芹沢さんの妹、芹沢若菜のこと知らないの? モデルで実業家だよ。カラコンめちゃ売れてるじゃん。テレビとか雑誌とか見ないんかい!」
「ええ?」
私は先程、見せられた芹沢若菜のフォトスタグラムの画面を検索した。
フォロワー二百万人。中学生とは思えない影響力を持つ子だったようだ。
「あ、あの脇田さんは芹沢さんの事、好きじゃないの?」
「あそこまで完璧だと、遠くの芸能人を見ている感覚。同じ大学に通ってるから、身近だと勘違いして嫉妬してくる子たちもいるから気をつけな。それにしても、結婚しても大学に通わせてくれるなんて良い男と結婚したね」
「⋯⋯」
与えられた情報から見ると私は我儘な女だ。
嫁入りした家から逃げ、母親を精神病棟に入れ、自分だけ夢を追おうとしている。
昨夜は酔っていて、芹沢兄妹に洗いざらいを話してしまった。
彼らは私に同情的だったけれど、本当はどう思ったのだろう。
(芹沢さんは⋯⋯)
私が黙っていと脇田さんが困ったような顔をした。
授業が始まるとスマホがそっと震えた。
チラリと見ると、芹沢慎也からメッセージが届いている。
(そうだ、昨日連絡先を交換したんだった)
『若菜がフォトスタグラムに画像出しちゃったみたいでごめん。直ぐに削除させる。家庭教師の件だけど、昨日話した通り今日からで平気? 校門の前まで迎えに行くから、授業終わる時間教えて』
私は思わずメッセージを凝視してしまった。
家庭教師でお時給貰うのにお迎えまでしてくれるのだろうか。
私は芹沢さんの親切さに感動すると共に、目立つ人と関わり注目されるのが怖くなった。
脇田マリとは何とか仲良くなれそうな気がするが、どうやって友達を作れば良いのか分からない。
高校まではいつの間にか仲良しの子ができていたけれど、ここでうまくやっていく自信がない。
私は首を振り授業に集中する事にした。
母が私に託したお金は如月家にとっては小さな額ではない。
友達が欲しいとか甘いことを考えていないで勉学に勤しむべきだ。
放課後、昨日とは違う外車で校門の前で待っている芹沢さんがいた。
皆が明らかに彼が誰を待っているのかに注目している。
私の姿を見つけるなり、彼は手を挙げて爽やかに微笑む。
「美香さん!」
「は、はい」
一気に周りの注目を集める中、私は足早に彼の元に急いだ。
コメント
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うわー、大学の空気感がリアルでヒリヒリしました……。主人公の“謝りグセ”や“オドオド”が、元々は明るかったはずの彼女をどう変えてしまったか、その過程が痛いほど伝わってきました。脇田マリの「謝ったもん勝ちと思うな」はグサッと刺さる良い台詞ですね。整形の話で無自覚にマウント取ってる部分も、人間関係の難しさを感じさせます。慎也さんが迎えに来るラスト、周りの視線が怖いのに急いで駆け寄る心情が切ないです。