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石を削る鑿と鑿を打つ槌の音が響いている。鈍重で迷いのある調子の悪い響きだ。天窓から差す光の中で一人の彫刻家働く人は大理石の塊と向き合い、一心不乱に槌を振り続けていた。
既に粗削りに形を成していて、それは槍を構える英雄の姿だと分かる。タズルは徐々に鑿と槌を小さく細くし、細かな作業を進めていく。直に英雄が具体性を帯びてその場に姿を現し始める。筋肉が盛り上がり、骨と腱が浮き上がり、何かに向かって槍を投擲せんとする勇士が現れつつある。
しかし彫刻家タズルはその手を止め、英雄を想像の靄の向こうへと押し戻す。
「こんなもの!」
孤独な叫びは誰にも届かなかったが、石像が倒され、閉め切った工房はタズルを責めるように石が砕かれる破滅的な音を反響する。まるで他愛もない空想のように英雄は弾けて消える。
槌と鑿を床に叩きつけようと振り上げたタズルの腕は、しかしゆっくりと下ろされ、彫刻家の精髄たる道具はあるべき箱に丁寧に戻される。
責めるような反響が収まり、タズルは新鮮な空気を吸おうと扉へ足を向けるが、取っ手を握って躊躇う。工房の外には目に入れたくない光景が広がっており、だからこの工房の天窓以外の全ての窓が塞がれているのだ。
とはいえ外に出ずに生活などできない。いい加減慣れる他ないのだと分かっていてもタズルの足は水を満たしたかのように重くなる。
扉を押し開くと一人の女が慌てた様子で退く。
「ちょっと! 危ないわね!」と女が甲高い声で怒鳴る。「開けるなら開けると言いなさいよ」
丁度扉を叩こうとしていたところらしい。
「一々そんなこと言ってられませんよ」客らしいと分かっても愛想良くはできなかった。「何の用だか知りませんが仕事なら請けませんよ」
「まだ何も言ってないでしょ。あたしが何するかをあんた如きが勝手に決めつけないで」
美しい女だがタズルの記憶にはない。だが何か違和感は覚えた。化粧が濃すぎるのか、素朴な衣服が似合っていないのか。
「何の用です?」
「仕事よ」と女は自信に満ちた圧の強い笑みで応える。
「請けないっつってんでしょうが。他を当たってください」
「他って、もうこの街に彫刻家はあんたしかいないはずよ」
「はあ? 彫る者がいるじゃないですか。そして彼女がいればそれで十分だ。違いますか?」
そうだ、とタズルは思い当たる。この女はケーベーにどこか似ている。顔を見れば明らかに別人で、タズル自身、前に遠目に見ただけなのだが、身に纏う雰囲気が同じだ。
「彼女にはできない仕事なのよ」と女は断言する。
「まさか」タズルは咄嗟に否定した。「……そうだとしても、それはこの世の誰にもできない仕事ってことではありませんか?」
「そうかもしれないわ。でもそうであって欲しくない。ね? 良いでしょ? 試しに一つやってみるだけでも。いえ、話を聞くだけでも。あんたにとっても悪くない話じゃない? ケーベーにもできなかった仕事ができたなら。お願い!」
タズルは見せつけるように大きく溜息をつく。工房を振り返って、無慈悲にも破壊された罪なき像を見つめる。
いずれにせよ働かなければ生きてはいかれず、そのうえ暇には違いない。
「報酬はいかほどで?」
「もしも成し遂げたなら一生の面倒を見てやってもいいわ」
タズルは目玉が転げ落ちそうなほどに見開く。
「つまり後援者になってくれるってことですか?」
「あんたが望むなら働かなくたっていいわ。さあ、どうするの?」
ほぼ趨勢が傾いていることを分かっていながら女はタズルに問いかけたのだった。
「むしろ上手い話すぎて怪しくなってきましたね。しかし詐欺にしては大胆に過ぎる。ともかく、話だけでも聞かせてください」
「そうよね」女は満足そうに頷く。「じゃあ、あたしの屋敷にいらっしゃい。その方が話が早いから」
タズルは餌を貰えることを覚えた野良犬のように女の後をついていく。
多くの彫刻工房が並ぶ、通称槌音通りを二人は行く。女は大股で歩き、タズルは速く歩く。そして通りに沿って美しい彫像の立ち並ぶ様を見せつけられる。
これが見たくなかったのだ。この景色から目をそらしている時だけは、己の才能不足から目をそらせるのに、今やどこを見ても天の才能がタズルをなじる。なぜ、凡夫がこの通りにいるのか、と。
彫像はどれもが神の手業に他ならない無二の傑作で、題材もまた彫刻家だ。大いなる神の創世を手助けしたとされる小さき神々、天上の彫刻家たちだ。伝説においては七柱とも二十一柱とも、更に沢山の神々だとも伝えられる個別性の薄い存在だが、そこに立ち並んで思い思いの格好をしている彫刻家たちは一目見れば二度と忘れることのない強い個性を有しながら、誰一人例外なく疑問の挟む余地のない美男子たちだ。
そして今度もまた、その制作者とタズルの間にある手腕の絶望的な差を目の当たりにし、眩暈を感じるのだった。
何の予告も前兆もなく、この街にその天才は現れた。その腕前に市井の誰もが噂をしたが、確かなことは何一つ分からない。ケーベーは突如現れ、そして彫り始めたのだ。
じきに街の有力者の耳に天才彫刻家の噂は届いた。彼らも初めは己の耳を疑い、街に溢れる噂を疑い、しかし己の目を疑うことはなかった。
天才が現れた時、少なからぬ者たちが否を唱えるものだ。あるいは見る目のない者であり、あるいは嘘つきであり、あるいは理に蒙いかだ。しかし神の業を持つケーベーにかかれば見る目のない者の目を開き、嘘つきの口を閉じさせ、道理を知らない者の蒙を啓く。
無抵抗主義者の国のように、瞬く間にケーベー作の彫像が街を埋め尽くした。それに対してもやはり誰も否を唱えない。街は美しくなるばかりで、さらにはケーベーの作を買うために、ケーベーの作を観るために人々がやって来て市の財政が潤った。
他の彫刻家たちにしても誰も文句を言えなかった。価格競争を仕掛けられたわけでもない。石を買い占められたわけでもない。ただ純粋に才が比較されたのだ。他の彫刻家たちに需要がなかったわけでもない。ケーベーの手は速いがそれでも限界はあり、何年も先まで待てない者は多くいた。
しかし各々己が代替物に成り下がった事実はすぐに知れ渡り、若き彫刻家たちに最後まで残された誇りが砕けた。ある者は鑿と槌を捨てて別の人生を選んだ。彫刻を捨てられない者はケーベーの名声の届かない遥か彼方まで去った。ケーベーを除けばただ一人、タズルだけが彫刻家のままこの街に残ったのだった。
タズルが抱いていた嫌な予感はすぐに確信へと変じた。槌音通りの西の端、女に案内されてやってきたのはケーベーの工房だった。
「つまりケーベー氏からの依頼ですか?」
「そういうこと。そして言い忘れてたけど、あたしがそのケーベーよ」
そんなはずはない、と確信を持つほどに目の前の女はタズルの知っているケーベーとは別の顔だったが、口には出さないことにした。化粧も得意なのかもしれない。
ケーベーの屋敷を取り囲む高い壁と門を抜けると鮮やかな庭園が広がっていた。まるで魔法の園に足を踏み入れたような美しさを感じ、魂だけが異界に迷い込んでしまったような違和感に襲われる。
一見すると、庶民にとっては豪勢だが今を時めく天才彫刻家の住居としては平凡に思える。屋敷まで続く煉瓦敷の小道に青々とした芝生、細やかな噴水と屋敷の目隠しにもなっている背の高い木立、素朴で爽やかで小ざっぱりとしているが、それだけだ。
タズルはむしろ屋敷に併設されている工房らしき建物に目を惹かれる。工房の外観もやはり世間並だが、そこで数多の美の神髄が大理石の奥から掘り出されたのだと思うと彫刻家の魂を掴んで離さない魔力を感じる。
「工房を覗いてみたいのよね?」と自称ケーベーはにやにやと笑みを浮かべて訊く。
「可能なら」とタズルは素っ気なく答える。
たとえ競争相手の作品だとしてもタズルは見たくて仕方がなかった。彫刻家である前に彫刻を愛する者なのだ。
「どうしてもと頼むなら見せてあげてもいいわ」
タズルは吼え猛る矜持を宥めすかして頭を下げる。
「どうしても見たいです。お願いします」
「いいわ。元々見せるつもりだったし」
タズルは安堵する。槌を持っていなくて良かった。
工房に足を向けて一歩を踏み出した時、タズルはようやく気付き、しゃがみ込み、人差し指の先で慎重に芝に触れる。
それは大理石だった。芝生だけではない。庭の植物全てが石でできていた。彩色技術もまた神の領域だ。まるで芝草は太陽の光を浴びて葉脈まで透き通る緑の光を反射している、かのように見せられていた。
大理石の触れるタズルの指先から恐怖に似た感情さえ湧き上がってきた。誰より見慣れた石の隠された正体に、触れるその時まで確信を持てなかった。本当に人間がこの域にまで達することができるのだろうか。
「あら、残念。気づかれてしまったのね。あたしもまだまだわ」とケーベーは苦笑いを浮かべている。
タズルは乾いた笑いを零すばかりで言葉を口にできない。僅かな風にそよぎもしない不自然さのためにタズルは看破できたのだった。ケーベーの業に不足しているところなどないはずだ、と確信を強めるばかりだった。仮にケーベーが人間じゃなくても構わない。その手業を余すことなくこの目に収めたいという強い思いが浮かんでいる。
「一体俺に、何をさせようというんですか? 便所掃除?」
「それは彫刻家じゃなくてもできるわ」
「彫刻家にしかできない雑用なんてありましたか?」
「しつこいわね。彫刻の仕事に決まってるわ」
タズルの工房が三つは入りそうなケーベーの工房の扉が開かれる。
とても広いが特別なところは見当たらない。作業場があり、道具が整頓されている。中途の仕事が放置されているわけでもなく、癇癪を起こした彫刻家に打ち壊された石像の欠片が散らばったりもしていない。
「ここではないわよ。秘密の工房があるの。別に隠してはいないけど、他に誰も招いていない」
タズルは儀礼的に遠慮すべきかとも思ったがケーベーが気まぐれな思い付きを翻しても困るので黙ってついていく。
秘密じゃない工房を通り抜け、ケーベーがさらに奥の扉を押し開く。
その光景にタズルは圧倒されて引っ繰り返りそうになる。突然議員懇親会の会場に飛び込んでしまったのかと思うほど沢山の人々がいた。もちろん今更騙されはせず、それは全て石像なのだと分かるがそれでも今にも動き、喋りだしそうな写実的彫刻に己の目を疑う。
街角で酒でも呷っていそうな男の瞳は潤んでおり、本来なら紗の向こうに隠されるだろう高貴な容貌の女の血管が透けて見える。死神の姿まで見えそうな痩せ衰えた老人がおり、歯も生えそろっていない幼児の細い髪まで再現されている。全てが裸身像で石の衣服や装飾品を身に着けている者はいない。
老若男女の無数の石像のどれもが今までにタズルが見たすべての彫像を――ケーベーの作である町中に溢れている物も含めて――超えた出来だ。芸術として観ると題材の不明瞭な習作のような作品ばかりだが、その手練だけで鑑賞する価値が十分にあり、傑作などという言葉では表しきれない創造物だ。足りないものがあるとすれば命くらいのものだろう。
「まさか命を造れと言うんじゃないでしょうね?」
「え? 何の話?」
「いえ、すみません。こちらの話です」タズルはますます自己嫌悪に陥る。彼我の才能の開きを見せつけられて、なお諦めることすらできないそれは矜持でも意地でもなく、視野狭窄に過ぎないのかもしれない。「そろそろ仕事の話をしてくれませんか? ここにいるだけで俺の人生が無意味に思えてきてしまいますよ。ああ、もしかして逆に下手な彫像が作れないだとか?」
タズルとケーベーは部屋全体を見渡せる一段高くなった作業場に移動する。
「ああ、そうね、ある意味そうかも。もちろん、あんたよりも下手な作品をあんたより上手に作れるわ。あたしが造れない彫像なんてない。けれどそれは姿形があるものだけ」
「話が見えませんね。率直にお願いします」
「あたしだって話の見せ方が分からないのよ。まずここにある彫像をどう思ったか聞かせて?」
「どうって」タズルは改めて彫像を見渡すが感想は変わらない。「人間業じゃあありませんね。生きた人間を石化したわけではないんですよね?」
「もちろんそんなことしないわ」ケーベーは何か恥じ入るように目を伏せる。「白状すると、ここにあるのは全て自刻像なのよ」
「なぞなぞですか?」
自刻像と言うには全員が別人だ。あまりに年齢の離れた像や男の像もある。念のためにケーベーの姿に近い物を探すが年齢の近い女の像の中にそれらしい物はなかった。
何度も何度もケーベーの顔と像を見比べて、不意にタズルはケーベーの頬に触れる。ケーベーは小さな悲鳴をあげて飛び退く。
「ケーベーさん。貴女は一体何者なんですか?」
「それを今から話そうとしていたのよ。それはそれとしてもしかしたら石像かもしれないからって勝手に女の肌に触れようとしないでくださる?」
「それはすみません。ほとんど無意識に手が動いてしまって」
「あたしは言うなれば幽霊のようなものなのよ」とケーベーは告白する。「物に取り憑くことで現世に干渉できるわ。幽霊と違って生前というものがないんだけど、それでもあたしはあたしの姿が欲しい」
「だから自分で造った、と。これらの像の何が不満なんですか? どれ一つとっても傑作だ。生きた人間にしか見えない。貴女の今のそれもそうですが、本物と同じならそれ以上を目指すことはできませんよ。それとも俺なんかには分からない差異があるんでしょうか? そうだとしても俺には何もできません。貴方自身が不調を克服するしかありませんよ」
「不調なんかじゃあないわ。あたしはこと彫刻に関しては不調に陥ったことなどない」
「羨ましいことで」
「でも成長したこともない。初めから、たぶん終わりまで。ずっとこうなのよ」
その悲観的な態度がタズルには気に食わなかった。
「天才の悩みってやつですか。ずっと満点だと飽きてしまうんですかね」とタズルは吐き捨てるように言う。
「芸術に正解なんてない。裏を返せばあたしは芸術などしていないということ」
「酷い侮辱だ!」タズルは激高したが、直ぐに深呼吸をして抑え込む。先に侮辱したのは自分だ。それに目の前の石像を打ち壊すわけにはいかない。「この街を去った彫刻家たちは貴女の才能を認めて、己の人生に修正を加えたのですよ」
「知ったことじゃあないわ。己の才能の始末を他人のせいにしないで。それにそれはあたしの望むところよ。お陰で己の才能に固執する貴方に出逢えたもの」
タズルは怒りを抑え込むのに苦労する。
「そのためにこの街に来たんですか? 彫刻家たちを試すために?」
「彼らが勝手に試されたのよ。誰かより下手であることが許されないなら、この世に芸術家は一人しかいらないことになってしまうのに」
「同じ彫刻家なら分からないか? 彼らの気持ちが、無念が。想像することはできるだろう?」
ケーベーはタズルの言葉に抗うように真っすぐに見つめ返す。
「分からないわ。悪いけど、あたしはあたしの才能に見合う情熱を持ち合わせていないの。欲しいのはあたしそのものと言える自分の体だけ」
「何故俺になら造れると思うんだ?」
ケーベーはタズルの思い上がりを鼻で笑う。
「他人の才能なんて保証できないわよ。貴方が駄目なら他を頼るわ。でも、彫刻家なら、それも一級の彫刻家で、なおかつ足掻き、藻掻いている者ならきっと誰よりも強く見出す力を持っているはず」
「石の中に内在する像を、か」
「あるいは魂を、ね」
タズルは努めて冷静に丁重に話す。「申し訳ありませんが、その仕事を請けることはできませんね。他を当たってください」
「申し訳ないのはこっちよ」とケーベーは答える。「他を当たるのは貴方が試みに失敗した後よ」
「俺を鎖にでも繋ぐつもりですか?」
ケーベーは無言で自身の懐をまさぐり、鑿を持つ蛭の描かれた札を取り出すと床に貼り付ける。ケーベーだった像は動かなくなり、しかしどこかからその邪悪な彫刻家の声が聞こえる。
「貴方はもうあたしの腹の中。仕事が終わるまでは決して出さないわ」
タズルが蛭の絵札に触れようと手を伸ばすと、無数の蛭で構成された腕が床から生えてきて払いのける。
「なぜ蛭なんですか?」
「知ったこっちゃないわ」
「知ってることは全て話してくださいよ。貴女の本質を、貴女の魂を彫り上げて欲しいんでしょう?」
「あたしの本性が蛭だって言いたいの!?」
「それが知りたいって言ってるんですよ。さあ、見せてください。貴女の中に内在する姿を。でなきゃ俺は鑿も槌も握らない」
悔しそうな唸り声をあげてケーベーの工房が凝縮し、タズルと石像たちは外に放り出される。目の前に現れた、あるいは表れたのは無数の蛭で構成された巨大な女だ。禍々しいという他ない姿だが、この場にあるどの石像よりも腑に落ちる姿だ。
「貴女に必要なのは今のその姿を認めることですね」とタズルは忠告する。「その後、受け入れるにしても、何か別の方法で新たな姿を得るにしても――」
「受け入れられるわけがないわ!」ケーベーは悲痛に叫び、その場にうずくまる。「こんな姿で生きていたくない」
「変わりたいにしても、変わる前のありようを認めないわけにはいきませんよ。石材よりも大きな像は彫り出せないのですから。まずはその姿を、彫ってみてはどうですか? つまり認めるか否かは向き合ってからでも遅くありませんよ」
いつの間にかタズルの中の怒りや恐れや妬みのような負の感情が鳴りを潜めていた。自身を負け犬だと思っていたが、ずっと多く、長く、負け続けた女の前で不貞腐れてはいられなかった。
結局、ケーベーは巨大な蛭群れの女像を作り上げ、その像を自身の体として絵札を貼り付けた。とはいえ生活に支障を来すので普段は人間の姿に化けているが。
ケーベーの名声はますます高まった。彫刻の街として知れ渡った結果、血気盛んな若者が訪れ、あるいは心折れて去って行った。彫刻を愛する遠国の王はケーベーを欲して遣いを寄こしたが、丁重な断りと王のための彫像一つで引き下がった。夜影に乗じた蛮族の密偵がケーベー作の英雄たちを目の当たりにして逃げ帰ったという噂もまことしやかに語られている。
タズルはケーベーに弟子入りし、その腕を磨き続けることにした。
「たまには共作でもしない?」
ある日の昼下がり、仕事の休憩の時間に薄めた葡萄酒を嗜みながらケーベーは提案した。
「ちゃんと薄めました? 俺の側の作品が霞むだけですよ」とタズルはばつの悪い表情になる。
「それも込みで作るのよ」とケーベーは自身たっぷりに説明する。「私が強くて恐ろしい巨大な怪物を作って、タズルさんは卑小なちっぽけな人間を作る。制作者の才能の差がそのまま怪物と人間の存在感の差を表現するわけね」
「嫌がらせですか? どうしたらそんな邪悪な着想が思いつくんですか?」
「でも人間は怪物に挑むし、怪物はいずれ打ち倒されるのよ」
ケーベーは小さく首を振り、寂しげに、しかし嬉しそうに微笑んでそう呟いた。