テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第2話「錆びた才能」
夜のガソリンスタンド。トオルは洗車作業を終え、店長の佐藤とカウンターで雑談している。「チューンしたいけど、金も技術もない…」とため息をつくトオルに、佐藤がふと思い出したように言う。「そういえば、昔すごいメカニックを知ってるよ。後藤トモノブって名前なんだけど…今はもうやってないらしいけどな」。トオルの目が輝き、「会わせてください!」と即座に頼み込む。佐藤は渋々ながら住所を教え、「期待しすぎるなよ」と釘を刺す。
翌日、学校帰りのトオルは教えられた住所へ向かう。そこは寂れた商店街の一角にある小さな自転車屋だった。店の看板には「ゴトーサイクル」と書かれ、シャッター半開きの店内で中年男性が自転車のチェーンをいじっている。それが後藤トモノブだ。無精ひげを生やし、作業着は油汚れでくすんでいる。トオルが「佐藤さんから聞いてきました」と切り出すと、後藤は面倒臭そうに「何だ、車か? 俺はもうメカニックはやってねえよ」と一蹴する。
諦めきれないトオルは、180SXのキーを握り締め、「お願いします! 俺の車をチューンしてほしいんです!」と頭を下げる。後藤はちらりとトオルを見た後、「高校生が何だ? 金もねえだろ。帰れ」と冷たく返す。店内の空気が重くなる中、トオルはふと「あの…昔、緑の180SXを見たんです」と話し始める。後藤の手がピタリと止まり、初めてトオルに真剣な視線を向ける。「それ、どういう車だった?」と低い声で問う。
トオルが「深夜の首都高で、家族の車を一瞬で抜いて…まるで別次元のスピードだった」と興奮気味に語ると、後藤は静かに呟く。「あの車は特別だった」。驚くトオルに、後藤は続ける。「その180SX、俺がチューンしたんだよ。エンジンから足回りまで、全部俺の手が入ってる」。さらに衝撃的な事実が明かされる。「当時のオーナーは俺の親友だった。名前は高木ケンジ。C1の『帝王』だった男だ」。トオルは息を呑む。20年前の事故でケンジが死に、車は行方不明になった話は佐藤から聞いていたが、その車にこんな深い縁があったとは。
「でもな、あの事故でケンジが死んだ時、俺はこの世界から足を洗った」と後藤は目を伏せる。事故の衝撃で即死したケンジに対し、後藤がチューンした車はほぼ無傷だった。その皮肉な結果が彼を苦しめ、「俺の手で作った車が人を殺した」と感じた後藤はメカニックを辞め、自転車屋に転身したのだ。「だからお前みたいなガキの頼みは聞かねえ。もう二度と車には触らねえよ」と吐き捨てるように言う。トオルは言葉を失い、ただ後藤の背中を見つめる。
その夜、トオルはユウジと共に再びC1を走る。フルノーマルの180SXではやはり限界があり、他の車に煽られながらもトオルは必死にアクセルを踏む。すると、遠くから聞き覚えのあるエンジン音が近づき、篠原マコトの黒いR34 GTRが再び現れる。一瞬でトオルを抜き去るその姿に、トオルは「あの緑の180SXを超えるには…後藤さんの力が必要だ」と痛感する。ユウジが「どうしたんだよ、トオル?」と心配する中、トオルの闘志が再び燃え上がる。
自転車屋の前で、トオルは再び後藤に会いに来る。「俺、あの180SXを超えたいんです。後藤さんが作った車を超える車を、後藤さんと一緒に作りたい」と真っ直ぐに訴える。後藤は無言でトオルを睨むが、その目に一瞬だけ昔の情熱がよぎる。トオルが差し出した180SXのキーを手に取らず、後藤は「考えとく」とだけ呟いて店の中へ消える。トオルは小さくガッツポーズをし、希望の光を見出す。遠くで首都高の喧騒が響き、次の展開を予感させる。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!