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ニソシ
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私は愛情が嫌いだ。
木々の影に月明かりが差す。
疲弊した身体を使い、草むらへと投げる。何かを考える気も起きない。寝そべって空を見つめる。
どれ程の時間が経ったか。肌寒い森。烏の声が聞こえる道を辿る。汚れた手が不快だ。濡れた足を引きずりながら家に帰る。
土などで汚れた体を洗い流し、寝室へ向かう。照明もつけずにベッドへ寝転ぶ。
3年間前から変わらなかった、少し甘ったるい恋人の香水を思い出す。
今ではもう、彼女は戻らない。
この前、恋人から他の男と行為している動画が送られてきた。怒りという名が背負うには重すぎて、絶望という言葉も生優しくみえるような感情が渦巻いた。不思議と涙は出なかった。
「私、彼のモノになったから。」
喘ぎながら発する彼女の言葉を、何も考えず咀嚼し飲み込んだ。水音がやけに大きく聞こえていた。
そんな夜を思い出しながら眠りにつく。
ブラインドの隙間から、私には到底似合わない清々しい光がさす。
前までは恋人が隣で寝ていて、起きてキスをして、一緒に朝食の準備をしていた。沢山食べる彼女が好きで、より一層ご飯が美味しく感じられた。今はもう、どれほど美味しい物も食べる気はない。2日ほど食べ物は食べていない。
「ピコン」
大学からのメール通知。単位が危ないだとか、そういう話だろう。通知を消し、ゆっくりと起き上がる。
いつも通りネットで練炭を探してから、リビングへ移動する。まあ、狭いアパートに住んでいるため、移動するという程でもない。
水場で昨日の洗い物を片付ける。カチャカチャと鳴る音が、妙に気に障る。冷たくて手が赤くなる。ついた跡やガタガタの爪を見て、毎回醜いと思う。
一息つこうと煙草を探す。あるのは空箱だけだった。 溜息を吐き、仕方なく外に出る。
朝、天気も良い。だが何故か気持ちは上がらない。上がるはずがないと言えば、そうだろう。
「ピーンポーン」
入店音が鳴る。いつも通り水を取り、ブロックタイプの軽い栄養調整食品を持ってレジに向かう。
「149番で」
店の前で煙草を加熱する。煙が揺れ、溶ける。
別に煙草の味や匂いが好きなわけではない。もはや嫌いの方が近い。気を紛らわせるため。その為だけに吸うのだ。
吸い終わる頃
「すみません、もしかして…。」
声をかけられる。この女性の顔は記憶にある。
「あー!やっぱり後輩くんだ!」
大学の先輩だ。そこそこモテていると聞く。私も先輩の顔が整っているとは思う。
「煙草なんて吸うようになっちゃって、しかもどうしたの?そのボサボサで伸びきった髪。」
久しぶりに人と会話する。思考が詰まり、言葉が出てこない。
「…特になにも。そんなことより、大学に向かわなくて大丈夫なんですか?」
「今日は講義ないからね〜。そうだ!!」
いきなりの大声に反応して体が震えた。肩をすくめる私。
「久々に会ったし、その辺の喫茶店で話そうよ。色々聞きたいこともあるし。」
微笑みながら手を取る先輩。半ば強引に連れていかれる。
「お待たせしました。アイスカフェラテとホットコーヒーです。」
誰かと出かけるなんて何ヶ月ぶりか。
先輩が氷をストローで回す。カラカラという音は、どこか心地がいい。
「で、どうしたの?最近大学にも来てないけど。」
その時何を考えていたか、自分でも分からない。だが何故か、全てを晒け出して話してしまった。
先輩は黙り込み、何故か涙ぐんでいた。
「どうして貴方が泣くんですか。」
「こんなのないよ。あっちゃダメ。」
あまり理解はできなかったが、私に共感してくれることが嬉しかった。先輩を落ち着かせながら話し続ける。
帰り際
「私じゃ君の傷を埋められるか分かんないけど、そばにいたい。」
いきなりだった。自分の耳を疑う。私はもちろん受け入れた。もう一度愛を信じようと思った。
帰り道は日が沈みはじめていた。しかし私の視界は、朝より明るく、色鮮やかな美しい世界が映っていた。
先輩はそばに居てくれた。夜に愛も確かめあった。大学にも通えるようになった。練炭の検索を見つけられ、泣きながら叱ってくれた。私はこのまま、将来もこの人と幸せになるのだろう。
私は愛情が好きだ。
ある晩、大学の友人と食事をしに、繁華街にいた。ガヤガヤとしている街。露出の多い女性達が客引きを行う。そんな風景が前までは気に食わなかったが、今では楽しそうだと感じる。
歩いていると、人混みの中の先輩を見つけた。
「先輩だ。お前らちょっと待っててくれ!」
話しかけようと駆け寄る。人混みが避け、先輩がはっきり見えたその時、先輩は他の男を抱きしめていた。力強く、胸に頭を引き寄せている。手を繋ぎながらホテルに入っていく2人。
何も聞こえなくなった。「そばにいたい」その言葉が頭の中で反響する。カラフルな繁華街の色が消える。 何も考えられず家に戻る。少し時間が経って、スマホを開く。友人からの着信履歴が何件もあったが、そんなことはもういい。先輩に明日会う約束を取り付け、私は準備を始める。どうか間違いであってくれ。私の勘違いであってくれ。醜い手を握りしめる。
笑顔の先輩を車に乗せ、昨日のことについて話す。意外と先輩は驚かず、淡々と、
「あの子も君と同じように苦しんでたんだ。だから君にしてあげたことをしてあげた。私苦しんでいる人は見捨てられなくてさ。」
あの時間を過ごしていたのは、あの幸せな時間は、私だけのものではなかったのだ。私の中で何かが切れる。いや、結ばれていたものが解けたという表現が正しいだろう。
「先輩、どうせならその人も連れてドライブしませんか?私も同じ境遇の人と会ってみたいです。」
私は笑顔でそう言う。
「いいね!一緒に行こう。」
住所を教えてもらい、迎えに行った。相手は多少困惑したようだが、先輩を見て、喜んで車に乗ってきた。
夜まで遊んで、山を通って帰る。
木々の影に月明かりが差す。
疲弊した身体を使い、草むらへと投げる。何かを考える気も起きない。寝そべって空を見つめる。
どれ程の時間が経ったか。肌寒い森。烏の声が聞こえる道を辿る。汚れた手で顔を覆い、濡れた足をハンドルに乗せる。
1人の車内は清々しく、私は思わず笑い声をあげてしまった。
私は愛情が好きだ。
こんなにも行動する力を与えてくれるのだから。
ー本日のニュースです。今朝、○市の車内で、男性の遺体が発見されました。警察によると、練炭を使用した形跡があるため自殺の可能性が高いということです。次のニュースです。本日未明ー
END
コメント
1件
感想やこうしたほうがいいというご指摘待ってます!!考察などすごく嬉しいです。ひとつひとつ読んで楽しませてもらってます!!