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朝。
目が覚めたとき、最初に感じたのは——
「……あったか」
ぼんやりしたまま、キヨは小さく呟いた。
すぐ隣に、人の気配。
(……あ、そうだ)
昨日のことを思い出す。
公園で、声かけられて、ここに来て——
「……うっしー」
ちらっと横を見る。
まだ寝てる。
思ってたより寝顔が無防備で、ちょっとだけ笑いそうになる。
(……変なの)
知らないやつだったはずなのに。
たった一晩で、こんなに安心してる自分がいる。
「……やば」
小さく息を吐く。
依存しそうで、怖い。
でも。
「……まあ、いっか」
今だけは。
そう思ってしまうくらいには、楽だった。
⸻
「……起きてんの?」
少しして、うっしーが目を開ける。
「起きてる」
「早いな」
「そっちが遅いだけ」
「ひど」
少しだけ笑う。
昨日より、空気が軽い。
「体調どう」
「……まあまあ」
正直に答える。
完全じゃないけど、昨日よりはマシ。
「そっか」
それ以上は聞かない。
「今日、病院行くんだっけ」
「……うん」
その言葉で、少しだけ空気が変わる。
現実に引き戻される感じ。
「一緒に行くよ」
「ありがと」
自然に出た言葉だった。
⸻
準備をして、外に出る。
昼前の空気は、昨日の夜よりずっと明るい。
でも、キヨの足取りは少しだけ重かった。
「……やっぱやめたい」
ぽつりと漏らす。
「なんで」
「怖い」
正直すぎる言葉。
「……そっか」
うっしーは、それを否定しなかった。
「でもさ」
少しだけ前を歩きながら、
「知らないままの方が、もっと怖くない?」
「……」
何も言えない。
「俺、ついてるし」
振り返って、そう言う。
その一言が、思ったより効いた。
「……逃げたくなったら?」
「その時は逃げればいいじゃん」
「……は?」
「無理して全部やる必要なくない?」
あっさり言う。
「できるとこまでやればいいよ」
「……」
なんだそれ。
適当すぎる。
でも。
(……ちょっと楽)
完璧にやらなくていいって言われるだけで、こんなに違うんだ。
「……じゃあ、行く」
「ん」
そのまま、並んで歩き出す。
⸻
病院。
白い壁、消毒の匂い。
待合室の空気が、やけに重い。
「……帰りたい」
「まだ何もしてない」
「もう無理」
「早いって」
小さくやり取りしながらも、キヨの手は無意識にうっしーの服を掴んでいた。
「……キヨ」
「なに」
「掴んでる」
「……あ」
慌てて離そうとする。
でも。
「いいよ、別に」
そのままにされる。
「……」
少しだけ、強く握る。
それを、何も言わずに受け入れる。
⸻
名前を呼ばれて、診察室へ。
「……行ってくる」
「ん、外いる」
それだけで十分だった。
⸻
診察は、あっという間に終わった。
でも、内容は軽くなかった。
「……」
診察室を出たキヨは、少しぼんやりしていた。
「キヨ?」
すぐに気づいて、うっしーが近づく。
「……どうだった」
「……できてた」
短く、それだけ言う。
「そっか」
それ以上は、あえて聞かない。
「……どうすんの、俺」
ぽつりとこぼれる。
「……産むのか、とか」
「……」
初めて、うっしーが少しだけ黙る。
簡単に答えられることじゃない。
でも。
「一緒に考えればいいじゃん」
出てきたのは、それだった。
「……は?」
「一人で決めなくていいでしょ」
「……なんでお前が」
「なんでって」
少しだけ笑って、
「今、隣にいるから」
その言葉に、胸がぎゅっとなる。
「……バカじゃん」
「よく言われる」
でも、嫌じゃなかった。
⸻
その帰り道。
少しだけ落ち着いた頃。
「……あのさ」
キヨが口を開く。
「ん?」
「元カレのことなんだけど」
「うん」
「……多分、連絡来る」
「なんで」
「俺、ブロックしてないし」
「なんでしてないの」
「……なんか」
言葉に詰まる。
未練、とかじゃない。
でも、完全に切るのが怖かった。
「まあいいけど」
うっしーはあっさり言う。
「来たらどうすんの」
「……わかんない」
正直に答える。
そのときだった。
——ブブッ
ポケットの中で、スマホが震える。
「……」
嫌な予感がした。
ゆっくり取り出して、画面を見る。
そこに表示されてた名前。
「……来た」
声が少しだけ震える。
「……元カレ?」
「うん」
通知は、一件じゃなかった。
連続で送られてきてる。
「……どうする」
うっしーが、静かに聞く。
「……」
キヨは少しだけ迷ってから、
震える指で、画面を開いた。
『やっぱさ、ちょっと話したい』
『昨日言い過ぎたかも』
『今どこいる?』
『会えない?』
「……っ」
思わず息が詰まる。
都合よすぎる。
でも。
(……揺れる)
そのとき。
「キヨ」
横から、低い声。
「無理に返さなくていいから」
「……」
「今のキヨ、弱ってるから」
はっきり言われる。
「そういう時に戻ると、ろくなことない」
「……」
痛いとこ突かれた。
「……でも」
「でも?」
「一回、話したほうがいい気もする」
正直な気持ち。
逃げたままなのも、嫌だった。
「……そっか」
うっしーは少しだけ考えて、
「じゃあさ」
「うん」
「一人で行くなよ」
「……は?」
「どうせ行くなら、俺も行く」
「いや、それは」
「無理」
即答だった。
「絶対なんかあるし」
「……過保護」
「そうだよ」
あっさり認める。
「だから連れてけ」
まっすぐな目。
「……」
少しの沈黙。
でも。
「……わかった」
キヨは、小さく頷いた。
⸻
返信画面を開く。
『会える』
短く打つ。
送信ボタンを押す指が、少しだけ震えた。
⸻
その夜。
過去と、ちゃんと向き合うことになる。