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「……は? 出久一人で行かせるだと?」
アジトに、かっちゃんの低い声が響いた。
テーブルに置かれた任務資料を見下ろし、爆豪は眉間に皺を寄せる。
隣では、出久が資料を手に取って内容を確認していた。
「うん。今回は僕一人で潜入して、情報を持ち帰る任務みたい。二人で動くと目立つ場所だから、僕が適任なんだって」
「却下だ」
「えっ、まだ最後まで説明してないよ!?」
「聞く必要ねえ。却下だっつってんだよ」
「かっちゃん!」
出久が頬を膨らませる。
いつもなら、そんな顔をされたら可愛いだの何だのと構いたくなる爆豪だったが、今は笑う余裕すらなかった。
「お前、何時間かかると思ってんだ」
「順調なら三時間くらい?」
「順調じゃなかったら?」
「……えっと」
「連絡が途切れたら? 敵に囲まれたら? 怪我したら?」
「だ、大丈夫だよ。ちゃんと気をつけるから!」
「その『大丈夫』を俺が何回聞いてきたと思ってんだ、デク」
出久は口を閉じた。
爆豪の声は怒っていた。けれど、その赤い瞳に浮かんでいるのは、単なる怒りではなかった。
怖いのだ。
出久が自分の見ていない場所へ行くことが。
自分の手が届かないところで、出久が傷つくことが。
「……かっちゃん。僕だって、何でもかんでもかっちゃんと一緒じゃないと駄目ってわけじゃないよ」
「……あ?」
「僕もヴィランなんだよ。一人でできることだってあるし、ちゃんと任務だってこなせる」
出久はまっすぐに爆豪を見つめた。
「かっちゃんに守ってもらうだけじゃなくて、僕だってかっちゃんの役に立ちたいんだ」
「誰が、お前が役に立たねえなんて言った」
「でも……!」
「そういう話じゃねえんだよ……!」
爆豪は言いかけて、ぐっと言葉を飲み込んだ。
出久が自分の力で任務をこなせることくらい、誰よりもわかっている。頭も回るし、状況判断もできる。敵を相手にしたときの、あの恐ろしいほど冷静な顔だって知っている。
だからこそ、余計に怖かった。
出久は自分が傷つくことを、時々ひどく軽く考える。
目的を果たすためなら、多少の無理は仕方ないと笑ってしまう。
昔から、そうだった。
「……かっちゃん」
出久がそっと手を伸ばし、爆豪の指先に触れた。
「帰ってきたら、いっぱいぎゅーしていいから」
「…………」
「頭も撫でていいし、好きって何回でも言ってあげる。だから……行かせて?」
「……お前なぁ」
「ね?」
上目遣いで見つめられ、爆豪は顔を覆った。
「……クソが。そういうとこばっか、昔から変わんねえ……」
「えっ、駄目?」
「…………行くなら、条件がある」
「!」
出久の顔がぱっと明るくなった。
「ほんと!?」
「連絡は三十分ごと。予定が変わったら即報告。少しでも危険を感じたら任務を中断して撤退。俺からの連絡には必ず応答しろ」
「うん!」
「それと、絶対に一人で無茶すんな」
「うん、約束する!」
即答する出久に、爆豪はまだ不安そうな顔をしていた。
やがて、出久の両頬をむにっと挟む。
「……帰ってこなかったら、俺が迎えに行く」
「ふふっ、うん」
「笑い事じゃねえぞ」
「わかってるよ、かっちゃん」
出久は爆豪の手に自分の手を重ねた。
「……ちゃんと帰ってくる。かっちゃんのところに」
その言葉を聞いて、爆豪はようやく頬から手を離した。
「……絶対だからな」
「うん。絶対!」
*
出久が出発してから、二時間が経った。
爆豪はアジトのソファーに座り、何度も端末の画面を確認していた。
連絡は来ている。三十分ごとの報告も、今のところ問題はない。
それなのに、落ち着かない。
「……遅え」
最後の報告から、まだ十五分しか経っていなかった。
「……あいつ、今頃何してやがる」
思わず呟き、爆豪は舌打ちした。
たった三時間だ。
たった三時間、出久が隣にいないだけ。
それだけなのに、いつも座っている場所が空いていることも、くだらない話に笑う声が聞こえないことも、ひどく気に障った。
端末を手に取り、メッセージを打つ。
『今どこだ』
送信する直前、指が止まった。
まだ報告の時間じゃない。任務の邪魔をしたくない。
そう思って画面を閉じた、そのときだった。
端末が震えた。
『かっちゃん、順調だよ! あと少しで終わりそう!』
続けて、もう一通。
『帰ったらぎゅーしてね! 僕、もうかっちゃんに会いたい!』
「…………ッ」
爆豪は端末を握りしめた。
「……クソデクが……!」
顔が熱い。
心臓がうるさい。
さっきまで胸の中に渦巻いていた不安が、たった二通のメッセージで少しだけ和らいでしまった。
悔しいくらい、単純だった。
爆豪は短く返信した。
『さっさと終わらせて帰ってこい』
少し考えてから、もう一通。
『俺も会いてえ』
送信した瞬間、既読がついた。
そして。
『えへへっ!! 僕も大好き!!』
爆豪は端末を胸に押し当て、深く息を吐いた。
「……早く帰ってこい、出久」
その声は、誰にも聞かせたくないほど優しかった。
けれど、その十五分後。
端末に届いたのは、予定していた報告ではなかった。
『かっちゃん、ごめん』
たったそれだけのメッセージ。
爆豪の表情から、すっと笑みが消えた。
「……出久?」
すぐに通話をかける。
呼び出し音が鳴る。
一回。二回。三回。
出ない。
「……おい、出久。出ろ」
四回目の呼び出し音が鳴った。
やがて、通話は切れた。
爆豪は立ち上がった。
さっきまで出久が帰ってくるのを待っていた男の目が、冷たく鋭く変わる。
「……誰だ」
低い声が、誰もいないアジトに響いた。
「俺の出久に、何しやがった」
爆豪は上着を掴み、出口へ向かった。
任務の中止も、仲間への連絡も、頭の中で一瞬にして組み立てる。
ただ一つ、どうしても消えない考えがあった。
――出久。
頼むから、無事でいろ。
今すぐ迎えに行く。
だから、絶対に。
俺のいないところで、一人で泣いてんじゃねえぞ。
コメント
1件
うわっ、最後の展開が…! 出久の「ごめん」の一文で一気に空気が変わって、心臓が止まるかと思いました。前半の「ぎゅーしてね」とか「俺も会いてえ」のやり取りが甘くて温かかったからこそ、余計にその後の不安が際立ちますね。爆豪の「俺の出久に何しやがった」のところ、普段の彼からは考えられないほどの執着と恐怖が滲み出ていて、鳥肌が立ちました。早く続きが知りたい…! でも、それ以上に出久の無事を祈る気持ちでいっぱいです。