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柔太朗と別れてから1週間と3日が経った。その間も何度か仁人はディレクターに抱かれた。
その度に自分の体が汚れていくような気がした。
今日はメンバー全員での仕事だった。
別れ話をしてから初めて柔太朗と会う。
仁人は楽屋に入ると、まだメンバーはいなかった。
椅子に腰をかけてスマホをいじる。
すると、ドアの向こう側から足音が聞こえた。
扉が開くと、そこから柔太朗の姿が見える。
仁人の体が固まった。
「お、はよう……」
無視するのもどうかと思い、仁人は柔太朗に挨拶をした。
声は震えていて、細々とした挨拶だった。
「………もう他の男に乗り換えたん?」
柔太朗が仁人に向かってそう言った。
その言葉に、仁人の心臓が止まりそうになる。
「な、んで……」
「よっしーと男がホテルに入るの見ちゃったんだよね。変装してたけどさ、他の人にはバレなくても俺にはすぐ分かるよ」
柔太朗の口角は上がっているけれど、目が笑っていなかった。
冷たい。体が冷えるような目。
柔太朗からそんな目を向けられたことない仁人は冷や汗をかく。
「別れた次の日にホテル入ってるの見たけど、俺と付き合ってる時からその男とデキてた?」
「ちが……」
「何、浮気してたとしか思えないんだけど。1日も経たずに他の男に乗り換えるなんてさ」
「っ………」
「俺と付き合ってる時からソイツと良い感じで、もう俺の事なんてどうでも良くなって別れた。ねぇ、そういうことだよね?」
柔太朗の言葉は止まらない。
大好きだった人から別れ話をされ、その次の日に男とホテルに入るのを見てしまった。
その時は今まで感じたことないほどのショックを受けた。
自分と付き合ってる時からその男とデキていたのか、浮気されていたのか、自分じゃなくてあの男を選んだのか。
怒りとともに悲しみも同時に現れる。
楽屋には重たい空気が流れる。
その空気を飛ばすように、楽屋の扉が開いた。
「おはよー…………どうした?」
楽屋に入ってきた人物は勇斗だった。
勇斗はこの重い空気を察した。
「………俺、飲み物買ってくる」
「お、おう?」
仁人は出入口にいる勇斗の横を通って楽屋を出た。
勇斗はそんな仁人の後ろ姿を不思議に思いながら眺めた。
「なぁ、どしたの。喧嘩でもした?」
勇斗は柔太朗にそう問いかける。
いつも仲が良い2人とは思えないほどの重たい空気だったから、喧嘩でもしたのかと思った。
「………別れた」
「え、まって…は?」
勇斗は理解ができなくて困惑する。
別れた?仁人と柔太朗が?
「いやいや、え?お前らついこの間まで仲良かったじゃん」
「1週間くらい前に俺の事もう好きじゃなくなったから別れたいって言われた」
「嘘だ……だって仁人は柔太朗のこと大好きだったじゃん。俺でもそれは感じてたよ」
「本当は好きじゃなかったんだって。別れた次の日によっしーが男とホテルはいるの見たし。ソイツと付き合うから俺と別れたんじゃない?」
「は、それ、見間違いとかじゃないの。本当に仁人だった?」
「変装はしてたけど、間違えるわけない。あれはよっしーだよ。本人も否定しなかったし」
柔太朗は確信を持った目でそう言った。
柔太朗がそんな自信を持って言うなら、見間違いじゃなくて本当に仁人だったんだろうなと勇斗は思った。
「俺は信じられねぇわ……」
「………俺も信じたくないよ」
柔太朗は細く、小さい声でそう言った。
「柔太朗、この後ひま?」
「うん、何もないけど……」
「じゃあどっか飯行こうぜ。なんでも話聞くよ。俺の奢り」
「……うん、ありがとう」
落ち込んでいる自分をなんとか元気づけようとしてくれる最年長に有難みを感じる。
今日のメンバーとの仕事が終了する。
仁人と柔太朗はさっきの重い空気が嘘のように仕事の時は普段の仲良しな姿だった。
だから、スタッフなどはいつも通りの2人だと思っただろう。
仕事が終わるといつも通り太智は直ぐに帰り、舜太は次の仕事があるからと帰っていった。
仁人は逃げるように楽屋を出て行ってしまった。
「よし、飯行くか」
「うん」
柔太朗と勇斗は楽屋を出て廊下を歩く。
「なぁ、やっぱりおかしいと思うんだけど」
「何が?」
「仁人。アイツ、柔太朗のこと好きでたまらないって目で見てたよ。前と一緒、優しくて温かい目で」
「………そんなことないよ」
廊下を歩いていると柔太朗が対面から来た人とぶつかってしまった。
それは、ディレクターだった。
「……あ、すみません!」
「いえ、あ、拾いますね」
ぶつかった拍子でディレクターが持っていた資料が床に落ちてしまった。
勇斗も柔太朗もそれを拾うのを手伝う。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「……あ、まだ何が落ちてる」
まだ拾い忘れた物があったようで、柔太朗がそれを拾う。
それを見て、柔太朗の体は固まった。
「なに、これ……」
「っあ、それ、は……」
柔太朗が拾ったのは、柔太朗が薬物をやっているような写真。
ディレクターが仁人を脅すために使ったものだった。
「は?なんだよこれ」
勇斗もその写真をみて眉を顰める。
「柔太朗、こんなんやってないよな?」
「やるわけないじゃん。合成だよコレ」
ディレクターは顔が青白くなり、小さく震えている。
柔太朗はディレクターを問い詰めようとするが、ここは廊下だということに気づく。
騒いでいたら目立ってしまう。
「……ここだと目立つので、空いてる部屋で話し合いましょう」
柔太朗の声は冷たかった。
「で、何なんですかこの写真」
空いている部屋に入り、柔太朗と勇斗がディレクターを問い詰める。
「ぃや……その……」
「まず、なんで俺のこんな合成写真を作ったのか。この写真を持ち歩いている理由も、全部話してください」
「っ………」
この合成写真を作ったのは仁人を脅して手に入れるため。
これを持ち歩いている理由は、仁人に頼み事をする時、この写真を見せて言うことを聞かせていたから。
「ねぇ話してくださいよ」
「………」
ディレクターはずっと黙っている。
けれど体は震えていて、柔太朗と勇斗の圧にやられているようだった。
最悪な雰囲気の部屋に、電話の着信音が流れる。
それはディレクターのスマホからだった。
ディレクターのスマホの画面が見えた瞬間、柔太朗の表情が険しくなる。
その画面には、吉田仁人と示されていた。
柔太朗がその着信に出ようとスマホを奪おうとした瞬間、電話は切れてしまった。
「なんで、なんで貴方に吉田から電話が来るんですか」
「それは……仕事のことで……」
柔太朗は少し考える。
ディレクターが着ている服にどこか見覚えがあった。
この服。前に仁人が一緒にホテルに入った男と同じ服であることに気づいた。
そして、1つの最悪な考えが浮かぶ。
コイツがこの写真を利用して、仁人のことを……
「お前が、この写真で吉田のこと脅して何かしたんだろ……!!」
日頃の穏やかな柔太朗からは考えられないほどの迫力だった。
ディレクターはそんな柔太朗に驚いて体が固まっている。
勇斗は口は出さないが、少し離れたところからその様子を見守っている。
何かあったら助けられるように。
「言えよ、お前がやったこと、全部」
「っ………わかった」
ディレクターはもう逃げられないと思ったらしく、正直に自分のした事を話し出した。
写真を使って仁人を脅したことも、自分のものにして抱いたことも。
その話を聞きながら、柔太朗も勇斗も表情が険しくなっていく。
その顔には怒りしか無かった。
「よっしーはどこにいんの。教えろよ」
「……駐車場に止まってる車の中で、俺の仕事が終わるの待ってる」
「………もうお前には近づかせない」
「柔太朗、コイツは俺に任せて。お前は仁人の所に行け」
勇斗はディレクターの肩を掴んで柔太朗にそう言った。
肩を掴む勇斗の手からは血管が浮き出ていて、力強く掴んで怒りが滲み出ているのが分かる。
ディレクターは顔を歪ませている。
「ありがとう。行ってくる」
柔太朗は走って駐車場に向かう。
車は何台も止まっており、どこに仁人が乗っているのか分からない。
仁人に電話をかけようかと思った時、仁人のような人が車に乗っているのが見えた。
近づいてみると、そこには暗い顔をした仁人がいた。
車の窓を叩くと、仁人はこちらに気づき、驚いた顔をする。
柔太朗が口パクで開けて、と言うと仁人は車から降りてきた。
「………なんで」
「全部聞いた」
柔太朗がそう言うと、仁人の体は固まる。
「さっきディレクターと話した。全部聞いたよ。アイツが俺の写真でよっしーのこと脅してたのも、よっしーが俺たちのことを守ってくれたのも」
「っ………」
「何も知らなくて、責めてごめんなさい。仁ちゃんは俺のことを守ってくれてたのに」
「違う、柔太朗は悪くない。だから謝らないで。俺が上手くできなかったのが悪い」
仁人は謝る柔太朗を優しい目で見る。
「柔太朗を、グループを守るために何すればいいか分からなくて。結局アイツの言いなりになっちゃった」
仁人は自分を責めるように苦笑いした。
その姿に柔太朗の胸が締め付けられる。
「仁ちゃんが悪いことなんて1つも無いんだよ」
柔太朗は仁人を力強く抱きしめる。
「まって、俺、汚い。聞いたでしょ……俺アイツに抱かれて……」
「汚くない。仁ちゃんは汚くないよ。全部悪いのはアイツ。本当に許せない」
「っ……柔太朗以外に触られるなんて本当に嫌だった。ずっと柔太朗のこと考えてた」
「ねぇ、上書きしたい。じゃないと気が済まない」
「うん。してよ、上書き。全部柔太朗で満たして」
仁人はそう言うと柔太朗に腕を回して抱き返してきた。
「俺ん家行こ。抱えきれないくらいの愛注ぐから」
「柔太朗がそんなこと言うなんて珍しい」
「いつも言わないだけで思ってるよ。愛してるから、仁人のこと」
「俺も愛してるよ。柔太朗」
2人は軽くキスをした。
続きはまた家で。
「ねぇ、ディレクターはどうしたの」
「なんか勇ちゃんが俺に任せてって言うから、任せてきた」
***
「勇ちゃん、あの後ディレクターのこと任せちゃってごめんね。ありがとう」
「全然いいって。ディレクターこの業界追放されたらしいよ」
後日、ディレクターは今回のこと以外にも悪いことをしていたらしく、今までの悪事がバレて追放されたらしい。
「ほんと?追放されたなら良かった。俺達も一安心だわ」
柔太朗はホッとした顔をしてそのまま仁人の方へ向かっていった。
勇斗はその様子を優しい顔で眺めている。
「………勇斗」
「ん?」
少し遠くにいた太智が勇斗に話しかけてくる。
「このディレクターの悪事バラしたの勇斗やろ」
「えー、なんのこと?」
「とぼけんなって。このディレクターのこれまでの悪事探して、この業界から追放されるようにしたのは勇斗の仕業やろ」
「さて、どうでしょう」
勇斗は太智のその言葉にとぼけて笑う。
「まぁ、俺にとっても2人を傷つけた奴が追放されんのは良い事なんやけどさ」
「俺、メンバー大好きだからさ。メンバー傷つけたヤツには容赦ないよ」
「……俺もムカついてるし、言ってくれれば手伝ったのに」
「いいの。こういうことは最年長に任せなさい」
勇斗はそう言って太智に笑う。
メンバー限定の優しい笑顔で。
仁人と柔太朗は、ディレクターの悪事をバラしたのが勇斗だということは知らない。
勇斗も別に言うつもりは無い。
コメント
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**寺島あおい** 第2話、読み終えました……。 仁人がずっと一人で抱え込んでいた事情が明らかになって、胸が苦しかったです。柔太朗が誤解して責めるシーンも、お互いを想い合うからこそのすれ違いで切なかった。でも最後、全部を知った上で「仁ちゃんは汚くない」と抱きしめる柔太朗の言葉に、涙が出そうになりました。勇斗さんがメンバーを思って裏で動いてくれてたのも、じんと来ますね。続きが気になります……!