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それは姿を変える化け物。妖怪とも幽霊とも呼ばれ、様々なものに姿を変える。
シェイプシフター。
一年前、召喚された直後に黒い塊に喰い殺された慧太の今の姿がそれだった。
――いまじゃ、オレも喰い殺してる側だけどな……!
慧太は地面を蹴り、アスモディアへ肉薄する。羊角を持つ美女魔人は槍を振り牽制――しかしそれをかいくぐり、慧太は手にしたダガーを斧へと変えて一閃する。アスモディアの首を捕らえ、弾き飛ば……したつもりが、飛んでいったのは羊の頭。ボンと音を立てて魔人の身体が羊へと姿を変えたのだ。
変身、いや、身代わりだ。その証拠に、慧太の目の前には血まみれで絶命する羊の死体。アスモディアの姿は数ミータ(メートル)離れた場所にあった。
「シェイプシフターと言うのなら」
アスモディアは怒りのこもった視線を向ける。
「貴方も魔人でしょうが! 何故、わたくしの邪魔をするのっ!?」
「本気でそいつをオレに聞くのか?」
慧太は口元をゆがめた。
「確かにオレはシェイプシフターだ。いや、シェイプシフターになっちまったんだ。こいつに喰われるまでは、正真正銘『人間』だったんだぜ」
まわりにいた魔人たちが、慧太へと襲い掛かる。右から左から後ろから――しかし。
「……邪魔すんなよ」
慧太はそれらを見なかった。何故なら、迫る脅威はすでに慧太の仕掛けた分身体が、必殺の距離で貼り付いていたからだ。
魔人らの影に潜んでいた黒い塊は突然人型になって、その魔人の背中を漆黒の突起で貫いた。彼らは何故、自身が刺されたのかわからないまま、胸や腹を突き抜けた黒い棘状の物体を見やりながら息絶えるのだった。
「……つーわけだから、オレはあんたらと仲良しゴッコするつもりはねえし、むしろぶちのめしてやりたいと思ってる。だから、オレはお前らと敵対する。わかりやすいだろ?」
「ふん、所詮は『化ける』だけしか能がない下等種――!」
アスモディアはローブを翻し――途端に、彼女の豊満な胸、白い素肌が露になった。ローブマントの下は、さながら水着アーマー的で、きわどく露出が強かった――素早く指先で虚空に字を書くように動かすと、炎を具現化した。
「レリエンディール七大貴族がひとつ、カペル家の、このアスモディアを甘く見ないことね!」
ほとばしる紅蓮の炎柱。それがなぎ払うように振り回されれば、慧太はダイブするように飛び込んでかいくぐる。しかし分身体の二体が炎柱に巻き込まれ、そのまま焼け溶けてしまった。
――危っ、なぁ……。シェイプシフター体だとよく燃えるんだよぁ……。
しかし――
「七大貴族? それってお前が大物だってことか? だったらぶちのめした後、オレが吸収してやるよっ!」
慧太は再び突進する。アスモディアは右手を突き出し、再び魔術の構え――
「こんな風に、なっ!」
慧太の身体がシェイプチェンジする。黒髪が長く伸びる。それは黒一色から赤が混じる不思議な髪色へと変わる。
胸もとが膨らみ、背中には漆黒の翼。あわせて衣装も闇色に染まった竜を思わす鱗模様の甲冑に変わる。耳元は狼の耳、額当てには一角獣の角がそびえ立つ。手にした武器は、一角獣の角を思わす槍――その姿に、アスモディアは魔法を放たんとする手を止めてしまう。
「な、サターナ様っ!?」
知り合いだったようだ。まあ、どうでもいいと慧太は思う。アスモディアの魔法詠唱の気を逸らすことが目的の変身なのだから。
一瞬の怯みは、彼女の回避を遅らせた。その右肩を一角獣の槍が抉る。飛び散る血。アスモディアはたまらず後方に跳躍。近くの家屋の屋根の上まで退避する。
「その姿……一年前に行方不明になったサターナ様!? 何故、貴方がその姿に」
「ああ、そういえばそんな名前だっけ、この身体」
慧太はすっかり女体化し、その豊かなバストを見下ろした。
「だいぶ前のことで忘れてたわ」
「サターナ様に何をした!?」
アスモディアの怒号。サターナと言う名の魔人に変身した慧太は意地の悪い笑みを浮かべた。
「何って、オレが取り込んでやったんだよ……だって、オレ、シェイプシフターだもの」
「……まさか、あのサターナ様を下等種が取り込んだというの……?」
信じられない面持ちのアスモディア。
「貴方、先ほどセラフィナ姫に化けていたけど……まさか彼女も取り込んだとか――」
「いや、それはない」
慧太はサターナの顔で言った。
「さすがに、善人か悪人か判断もせずに喰わない」
「……ふぅ。貴方がお姫様を殺してくれていれば、こっちの仕事も終わったんだけどね」
そこでアスモディアは皮肉げに笑んだ。
「まさか、仕掛けが役に立つとになるとは……」
「何がおかしい?」
慧太は問う。アスモディアは残忍な表情を浮かべた。
「だってお姫様は宿にいるんでしょう? そして貴方はここにいる。お姫様は、一人……それがどういう意味かわかるかしら?」
チッ――他の魔人が動いているということか。
慧太はとっさに判断した。サターナという魔人の姿――その背中には漆黒の翼が生えている。地を蹴り、翼のひと掻きで民家ほどの高さに飛び上がると、村の中心部へと視線を向ける。
「逃がすと思ってるのッ!?」
アスモディアが再び魔法起動の型を行う。だが慧太はそれを無視する。
何故なら――雑魚魔人どもを仕留めた分身体の残りを一つにまとめ、アスモディアの背後、その影へと忍ばせていたからだ。女魔人とのお喋りに付き合ったのも、それを悟らせないためだ。
影から伸びた漆黒の手は、アスモディアの起動中の腕を掴み、同時に足、そのむっちりした太ももへと絡みつくと、背後から粘着してその動きを封じる。
「……まさか、わたくしを取り込むつもり!?」
さすがに動揺を隠せないアスモディア。
一方、慧太は宿へと一直線に飛んだ。
宿のまわりに数十の人型の姿があった。取り囲まれた宿。月明かりの下、それらが続々と宿の扉をくぐって侵入を果たす。
それは何とも異様な光景だった。